第745話 グリムとステイシーの交渉

「その本物は、どこのダンジョンに居るのです?」

 ステイシーが尋ねた。

「ギブアンドテイクです。先にプアリィベヒモスが何をドロップしたか、教えてください」


 ステイシーが苦笑いしてから答えた。

「いいわよ。ドロップ品は『ホルススピア』『初級ダンジョンの種』『天翼の宝珠』よ」

「へえー、『天翼の宝珠』がドロップしたのか」

 『天翼』は聖パルミロの躬業である。パルミロが死んだので、躬業の宝玉としてドロップしたという事だろうか。そうなると、それぞれの躬業は世界で一つだけという事になる。


「さあ、ベヒモスの居場所を教えて」

「リビアのブレガダンジョンです」

 それを聞いたステイシーが顔をしかめる。アメリカとリビアの関係は最悪であり、アメリカ人がリビアのダンジョンに潜る許可を得るのは、不可能に近かった。


「ブレガダンジョンに潜るとしたら、隠密作戦になるわね」

「リビア政府に内緒で潜るのですか?」

 ジョンソンが尋ねた。

「仕方ないでしょう」


 俺は肩を竦めて助言する。

「やめた方がいいですよ。本物のベヒモスは、プアリィベヒモスより十倍は手強いです」

 ジョンソンが振り返って俺の顔を見る。

「マジ?」

「マジです。現在の巨獣討伐チームでは、全滅しますよ」


 それを聞いたステイシーとジョンソンが溜息を吐いた。

「あなたなら、ベヒモスを倒せる?」

「今の俺では無理です。でも、諦めてはいません」


 ステイシーがジョンソンに顔を向けた。

「グリム先生と二人にしてくれない」

「分かりました。グリム先生、鍛錬ダンジョンに入りたいんだが、許可してもらえないか?」

「いいですよ。エルモアに案内させます」


 ジョンソンがエルモアと一緒に出て行くと、ステイシーが俺に問う。

「ベヒモスを倒す生活魔法を創れそうなの?」

「今は研究中です。不可能だとは思っていません」


「なら、私もベヒモスを倒せる攻撃魔法を研究してみるわ。しかし、『ブラックホール』でさえ通用しない魔物だと、発想の転換が必要ね」


 俺も発想の転換が必要かもしれないな。単に神威エナジーを使った魔法というだけでは、ベヒモスにも通用しないかもしれない。まして、邪神には通用しないと思った方が良いだろう。


「グリム殿は、巨獣を狙っているのね?」

「可能なら倒そうと思っていますが、俺は勝てる目処めどが立つまで待ちます」

「邪神の復活まで、後数年しかないのよ。呑気に待ってられるの?」

「俺はソロで戦っていますからね。慎重なんですよ」


「あなたが慎重? そうは思えないわね」

 そう言われると返す言葉がない。確かに無茶な事をしてきたという記憶はある。だが、そんな時でも勝てる可能性があった。だが、ベヒモスだけはまだ勝てる可能性を見出せない。


「それだけベヒモスが、強敵だという事です。直接ベヒモスを見れば、ステイシー本部長も感じますよ」


 ステイシーが考えるような顔をした。

「一度本物のベヒモスを見てみたいわね」

「本物を見たら、心の底から震えますよ」


 その言葉を言った時、俺はベヒモスを見た時の事を思い出していた。ベヒモスはそれだけ畏怖の念を与える存在だという事だ。


「我が国は焦っていたようね。グリム殿と話ができて有益だったわ」

 その後も少し話をしたが、重要な情報は得られなかった。最後に『初級ダンジョンの種』の話が出て、天逆鉾を貸して欲しいという話になった。


「天逆鉾は貸しますけど、ちゃんと返してください」

 ステイシーが笑った。

「信用して欲しいわね。我が国はそんなケチな事はしないわよ」

 念のため借用書を用意して、ステイシーにサインしてもらう。それから天逆鉾を貸した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ステイシーたちがアメリカに帰り、俺は励起魔力発電システムの仕事に戻った。事業は順調に発展し、もう一歩で励起魔力発電システムを購入する日本の電力会社が出てきそうだという時、例の代議士先生が特殊エネルギー安全委員会というのを立ち上げた。


 そして、委員会から励起魔力発電システムについて説明して欲しいという依頼が来た。

「どう思います?」

 菅沼社長が俺に尋ねた。

「あの美濃部先生か。柴田電機の勝浦社長と親しいという噂を聞いた。アルゲス電機の評判を落とそうという事じゃないか?」


「評判を? 目的はなんです?」

「その委員会で、励起魔力発電システムが問題になったとなると、アルゲス電機の株価は下がる。そこで株を買おうというつもりなんじゃないかな」


 俺と菅沼社長は、特殊エネルギー安全委員会に参加した。その委員会には二十名ほどの国会議員が参加しており、美濃部が薄笑いを浮かべて待ち構えていた。


「忙しい中、ありがとうございます。早速ですが、励起魔力発電システムの安全性について、説明をお願いします」


 俺は励起魔力発電システムがD粒子を使って発電している事を説明し、燃料がD粒子なので爆発する事もないし、燃える事もないと話した。


 美濃部が俺に視線を向けた。

「日本は地震の多い国です。もし大規模な地震が発生した場合でも、その励起魔力発電システムが大丈夫だと言えますか?」


 その目が笑っていた。原子力発電でも火力発電でも、大規模な地震が発生した時は何か事故が起きる可能性はある。それは励起魔力発電システムでも同じだ。


「大規模地震の場合でも、火力発電などと比べて事故が起きる可能性は低いでしょう」

 俺の答えを聞いた美濃部は渋い顔になった。答えが気に入らなかったらしい。


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