第744話 二匹のベヒモス
ジョンソンとブラッドリーは、生命魔法使いが手当をして回復した。その間に、ハインドマンたちはドロップ品を探し、魔石と槍、小さな箱、躬業の宝珠らしい水晶球が見付かった。
ハインドマンが鑑定モノクルで調べると、槍は『ホルススピア』と分かった。エジプト神話に出て来る天空神ホルスが所有する槍らしい。神話級の魔導武器という事だ。
そして、小さな箱を開けると、種が出てきた。それを鑑定すると『初級ダンジョンの種』と判明する。
「問題は、これだ」
ハインドマンが水晶球を持ち上げて言う。
「こいつは間違いなく躬業の宝珠だな」
回復したブラッドリーが水晶球を見詰めながら言う。それを鑑定モノクルで調べると『天翼』と分かった。
ドロップ品の内容を聞いたジョンソンは、首を傾げた。ドロップ品の中に、『ベヒモスの牙』がなかったので不思議に思ったのだ。ベヒモスなら『ベヒモスの牙』を残すと予想していたのである。
それから死んだ仲間の遺体を探したが、全てが焼けてしまい何も残っていなかった。
「犠牲者が出るかもしれないと覚悟していたが、これを報告するのは辛いな」
暗い顔をしたハインドマンが言った。それはジョンソンも同じだったので、溜息を漏らした。
ジョンソンたちは地上に戻り、地元の冒険者ギルドに報告した後、アメリカに帰った。そして、東海岸にある陸軍基地へ行き、巨獣討伐チームの責任者であるマクミラン中将とステイシーが待つ会議室に向かった。
「報告を聞こう」
中将が巨獣討伐チームの顔を一人ひとり確かめる。今回のベヒモス討伐遠征でリーダー的な役割を果たしたブラッドリーが討伐に成功した事と躬業の宝珠を含むドロップ品を手に入れた事を報告した。
次に攻撃魔法使いの纏め役だったハインドマンが、二人の攻撃魔法使いが戦死した事を報告した。それを聞いたステイシーが目を見開き唇を噛み締めた。マクミラン中将は眉一つ動かさず冷徹に受け止めたようだ。
中将はドロップ品を受け取って一瞬だけ喜んだような表情を浮かべた。
「中将、その『天翼の宝珠』はどうするのです?」
ステイシーが尋ねた。
「適切な者が使う事になるだろう」
「それは軍内部の者が使うという事ですか?」
「そうだが、何か不満かね?」
ステイシーは厳しい顔をして中将を見た。
「『天翼』という躬業は、かつて聖パルミロが所有していた病気を癒す躬業です。軍人には似つかわしくないと思います」
マクミラン中将がステイシーを睨んだ。
「軍にも、軍医という医学知識を持った存在が居る」
「医学知識だけでなく、豊富な魔力を持っている者でないと、その躬業は使い熟せないと思います。議会に報告して話し合うべきでしょう」
「また議会かね。時間ばかり掛かって、何も決められないのが議会だ」
「『天翼』は一刻を争うという性質の躬業ではありません。少し時間を掛けて話し合っても良いでしょう」
「今回の巨獣討伐で二人の犠牲者が出た。軍の決定通りに、ハインドマン君に『御空の宝珠』を使わせていたら、犠牲者は出なかったのではないかね?」
その質問を聞いたステイシーが顔を強張らせた。議会はブラッドリーを推し、軍はハインドマンを推していたのだ。ただ『御空の宝珠』の事が議会に知られる前は、軍人に使わせるつもりだったという噂もあるので、本当にハインドマンに使わせたいのかは分からない。
「そうかもしれないわね」
ステイシーは二人の犠牲者の事を考えると、中将の言葉に反論できなかった。
中将がハインドマンに視線を向けた。
「今回の作戦で、ベヒモスを仕留めたのは君だ。まだ決定ではないが、『御空の宝珠』は君が使う事になるだろう」
ハインドマンが厳しい顔のまま頷いた。その後、報告を終えたブラッドリーたちと中将が去り、ステイシーとジョンソンだけが残った。ステイシーがジョンソンに残るように指示したのだ。
「ジョンソン、今回のベヒモス戦をどう思いますか?」
「死に掛けて、こう言うのも変ですが、ベヒモスが弱かったように思う。それにドロップ品の中に、『ベヒモスの牙』がないのが気になりますね」
「私も『ベヒモスの牙』の事は気になっていた。もう少し詳しく調査したいのだけど、どう調査すればいいのか、分からないのよ」
「そうだ。グリム先生に聞くのはどうです」
ステイシーは日本の賢者の事を思い出した。賢者としての仕事を続けながら、A級九位にまでなっている男だ。ステイシーの記憶の中には、鮮明な思い出として残っている。
「グリム殿か。そう言えば、しばらく会っていないわね」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その日、俺は天音と一緒に励起魔力発電システムの改良点を話し合っていた。
「励起魔力を直接的に電気へ変換する方法が分かれば、簡単なんだけど」
「<放電>の特性を応用できないのですか?」
「あれはD粒子一次変異の特性だからな。金属などに付与する事はできない」
その時、執事の金剛寺が作業部屋に入ってきた。
「グリム様、ステイシー様とジョンソン様がお見えになりました」
電話で来る事を知っていた俺は、応接室へ行った。金剛寺が応接室へ案内したと言ったのだ。
俺たちが応接室と呼んでいるのは、客室だった部屋を応接室にリフォームしたものだ。アルゲス電機の者が屋敷に来る事が増えたので、リフォームしたのである。
「お久しぶりです」
俺がステイシーとジョンソンに挨拶すると、二人は再会を喜んでくれた。ただステイシーの顔が厳しいままなのが気になった。
「ところで、アメリカの巨獣討伐チームがベヒモス討伐に成功した」
ジョンソンが報告するように言った。
「……それはおめでとうございます」
俺が祝福すると、ジョンソンが戦いの様子を話してくれた。
その話からジョンソンたちが戦った巨大な魔物がプアリィベヒモスだと確信した。リビアのダンジョンに居るベヒモスは、『ブラックホール』などの攻撃で仕留められそうな化け物ではなかったからだ。
「ステイシー本部長、顔色が優れない様子ですが、どうかしたのですか?」
俺がステイシーを気遣って声を掛けると、彼女が鋭い視線を俺に向ける。
「ベヒモスについて、何か知っているなら、教えて欲しい」
どうするか悩んだ。もう一匹のベヒモスが居る事は、いずれ分かるだろう。その時に一度倒しているからと油断すれば、全滅するかもしれない。
「ジョンソンさんたちが倒したベヒモスは、プアリィベヒモスというベヒモスで、本物のベヒモスではありません」
「何だってえー!」
ジョンソンが大声を出して驚いた。ステイシーは目を丸くして驚いている。
「それは証拠があるんでしょうね?」
「証拠というものはないですが、俺は両方のベヒモスを見ています。そう言えば、写真もあります」
万里鏡に映し出された光景を、カメラで撮影する事もできたので、俺はエルモアに撮影を頼んで、両方のベヒモスについての記録を残していた。
その写真を取り出してジョンソンとステイシーに見せた。
「これがコリマダンジョンのプアリィベヒモス、こっちが本物のベヒモスです」
「……ま、間違いない。我々が戦ったのは、プアリィベヒモスです」
ジョンソンとステイシーの顔から血の気が引いて、青白くなった。
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