第743話 プアリィベヒモスの防御力

「作戦は頭に入っているな」

 ブラッドリーがメンバーに確認した。ブラッドリーは普段使っているリジルではなく、剣身が百八十センチほどもある大剣を手に持っている。


 ジョンソンがその大剣に注目すると、ブラッドリーがニヤッと笑う。

「これは魔剣ダインスレイフだ」

 自信がありそうなブラッドリーを見て、ジョンソンはどんな機能を持っているのか気になった。だが、それを尋ねるのは冒険者のマナー違反である。


 ジョンソンは『ペルセウスモード』を発動し、筋力を十五倍、防御力を十倍に強化する。そして、愛剣ジョワユーズを抜いて走り出した。大技が出せなくなるので、思考速度アップを含む素早さを強化する魔法は使わない。


 今回の戦いでは素早さより大技が必要になると判断したのである。プアリィベヒモスに近付いたジョンソンは、『インフェルノスラッシュ』を発動する。


 ジョンソンから溢れ出した大量の魔力が剣を包み込み巨大な刃に変わる。

「ハッ!」

 気合を発して剣を振り抜くと、長さ八メートルの豪翔刃となってプアリィベヒモスへ飛んだ。この豪翔刃はドラゴンさえ、真っ二つにするほどの威力を秘めている。


 その豪翔刃がプアリィベヒモスの胴体に命中した瞬間、巨体に満ち溢れている励起魔力が豪翔刃を弾き返そうと抵抗する。豪翔刃を構成する魔力と励起魔力が少しの間せめぎ合うが、元々のエネルギー密度が高い励起魔力が勝り、豪翔刃を撥ね返す。


「クッ、『インフェルノスラッシュ』でもダメか」

 ジョンソンは唇を噛み締め、後ろに跳んだ。次の瞬間、ジョンソンへ目を向けたプアリィベヒモスが咆哮を放った。それは物理的なパワーにまで高められた音の攻撃であり、ジョンソンは弾き飛ばされた。


 八メートルほど宙を舞ったジョンソンは地面に叩き付けられ転がる。『ペルセウスモード』で防御力を上げていなければ、戦闘不能になっていただろう。但し、ジョンソンの鼓膜は破れて身体がふらふらしている。


 その間に、ブラッドリーがプアリィベヒモスの横に回り込んで、魔剣ダインスレイフの機能である【渦緒素弾かおすだん】を発動した。魔剣ダインスレイフがブラッドリーの魔力を大量に吸い込み、剣身の周りに魔力の渦を巻き始める。


 その魔力の渦が凄まじい速さになり、空間にまで影響を与え始めた。次の瞬間、魔力の渦が変異して渦緒素弾となり、プアリィベヒモスに向かって撃ち出される。


 空間に傷跡を残しながら飛翔した渦緒素弾は、プアリィベヒモスの脇腹に命中して、そこをえぐり始めた。傷口が広がると、そこから励起魔力が溢れ出した。その励起魔力が渦緒素弾を押し出し傷口が広がるのを防ぐ。


 ジョンソンとブラッドリーが時間を稼いでいる間に、八人の攻撃魔法使いたちが準備を終えた。『メテオシャワー』を発動した者が四人、『ブラックホール』を発動した者が四人である。


 まずプアリィベヒモスの上空に魔力衝撃弾がいくつも生まれ、巨大な魔物に向かって急降下を始めた。その途中で音速を超えた魔力衝撃弾がプアリィベヒモスの背中に突き刺さる。だが、ドラゴンよりも防御力が高いので、深く突き刺さる事はなく表面で爆発した。


 プアリィベヒモスの周囲でいくつもの爆発が起き、その間に疑似ブラックホールが飛翔した。ジョンソンとブラッドリーは全力で避難する。二人は作戦が成功して疑似ブラックホールが命中すると思った。


 その時、爆発で舞い上がった土砂に隠れていたプアリィベヒモスの口が光を発した。そして、その巨大な口から紅色のブレスを吐き出す。大量のD粒子がプラズマ化したような高熱の粒子となり吐き出されたのだ。


 それは太陽表面から噴き上がるプロミネンスに似ている。五千度以上の高温で吐き出された紅炎ブレスは、プアリィベヒモスに迫る疑似ブラックホールを薙ぎ払った。高温というだけなら疑似ブラックホールが吸収できたのだろうが、紅炎ブレスにはたっぷりと励起魔力が含まれていた。


 紅炎ブレスで弾き飛ばされた疑似ブラックホールが消えると、魔法を放った攻撃魔法使いたちへ紅炎ブレスが向けられた。攻撃魔法使いたちは慌てて逃げ出す。即座に『フライ』を使って逃げた者は助かったが、『フライ』を使う判断が遅れた二人が高熱のブレスを浴びて死んだ。


 それを見ていたジョンソンは怒声を上げてプアリィベヒモスに襲い掛かった。ジョワユーズに大量の魔力を注ぎ込み次元断裂刃を形成すると、跳躍してプアリィベヒモスの首に振り下ろす。


 次元断裂刃が巨大な首に食い込んだが、励起魔力によりはばまれた。それでも五十センチほど切断した衝撃で紅炎ブレスが止まる。


 プアリィベヒモスの巨大な目が、空中のジョンソンを睨み前足で叩き落とそうとする。『エアリアルマヌーバー』を発動したジョンソンは、魔力で空中に足場を作り、その足場を蹴って空中機動する。


 何とか躱して着地したジョンソンは、汗を噴き出し肩で息をしていた。

「はあはあ、死ぬかと思った」

 そのジョンソンにブラッドリーが近付き、迫って来るプアリィベヒモスに向かって渦緒素弾を放つ。そのタイミングでプアリィベヒモスが巨大な口を開けた。


 紅炎ブレスを吐こうとした口に、渦緒素弾が飛び込んだ。狙ったものではなく偶然だったのだが、これはプアリィベヒモスに大ダメージを与えた。渦緒素弾が喉を抉って肺まで到達したのである。


 大量の血を吐き出して苦しむプアリィベヒモスに、さらなるダメージを与えようと接近するブラッドリーとジョンソン。その時、プアリィベヒモスが口から高熱の熱気を吐き出した。それは紅炎ブレスを生成するために使われるはずだった熱エネルギーが、呼気と一緒に吐き出されたものらしい。


 ジョンソンとブラッドリーは高熱の呼気を浴びて重度の火傷を負う。ジョンソンは逃げながら中級治癒魔法薬を取り出して飲んだ。その御蔭で死なずに済んだが、ダメージは大きかった。


 ハインドマンはジョンソンたちがダメージを負ったのを見て、仲間たちに『ブラックホール』で攻撃するように指示した。


 空間を捻じ曲げ全てを吸収しようとする疑似ブラックホールが四つ飛翔を開始した。その中の二つが、まだ苦しんでいるプアリィベヒモスに命中。ダメージにより励起魔力の量が減ったからなのか、疑似ブラックホールがプアリィベヒモスに食い込み貪欲に吸収する。


 プアリィベヒモスの肉体を粉砕し吸い込む疑似ブラックホールは、巨獣の内臓を食い荒らし心臓まで達して消えた。だが、まだプアリィベヒモスは死ななかった。


「もう一発だ」

 ハインドマンが声を上げる。

「無理です。魔力がありません」

 ハインドマン以外の攻撃魔法使いは、もう一発『ブラックホール』を発動するだけの魔力が残っていなかったらしい。ハインドマンは一人だけ『ブラックホール』を発動する。


 その疑似ブラックホールがプアリィベヒモスの頭に命中した。大ダメージを負って死にかけていた巨獣は、その一撃で死んだ。巨体が光の粒となって消えたのを確認したハインドマンは、地面に倒れているジョンソンに駆け寄る。


「大丈夫か?」

 地面に横たわるジョンソンは、顔や腕に酷い火傷を負っていた。だが、中級治癒魔法薬の効果で少しずつ火傷が回復しているのが分かる。


「全然大丈夫じゃない」

「そうみたいだな。ゆっくり休んでくれ」

 ハインドマンは一人だけ連れてきた生命魔法使いを呼んで、ジョンソンとブラッドリーの手当を頼んだ。


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