第742話 コリマダンジョンの隠し部屋

 光に包まれたジョンソンは、次に気付いた時にはドーム状の空間に転送されていた。周りを見るとミノタウロスらしき姿が目に入った。


 落ち着いて魔物の姿を確認すると、ただのミノタウロスではなく、ミノタウロスフェンサーだと分かった。身長二百五十センチ、普通のミノタウロスより細くスピードがありそうな体形をしている。魔物がニヤッと笑い、手に持つ細剣を構えた。


 ジョンソンは慌てて『ヘルメススピード』を発動。これは素早さを十倍にする魔法である。そうしたのには理由があり、ミノタウロスフェンサーが素早い魔物として有名なシルバーオーガよりもスピードがある、という噂を思い出したのだ。


 魔法が発動した瞬間、空気が重くなる。普段なら抵抗を感じないのに、水の中を動いているような感覚になった。そして、視野が狭くなったように感じる。


 ジョンソンは周囲の状況を把握しようとD粒子センサーを使い始めた。これはグリムから学んだ事だ。ジョンソンほどの魔装魔法使いなら、ミノタウロスフェンサーと高速戦闘を行えば、八割の確率で勝てるだろう。


 残りの二割はミスである。高速戦闘で一度でもミスを犯せば死に繋がる。ブラッドリーほどの達人なら、柔軟な対応力でミスをカバーする事もできるが、ジョンソンには難しかった。それがA級二位と十位の差だ。


 ジョンソンとミノタウロスフェンサーが同時に地面を蹴って距離を詰める。ジョンソンが繰り出す斬撃を簡単に受け流して反撃するミノタウロスフェンサーは手強かった。このミノタウロスが『フェンサー』、日本語に直すと『剣士』と呼ばれているのは、剣の技量が相当なものだからだ。


 ミノタウロスフェンサーが細剣をジョンソンに向かって突き出した。その鋭い突きを剣で払ったジョンソンが、ミノタウロスフェンサーの首目掛けてジョワユーズの刃を送り込む。


 その斬撃をミノタウロスフェンサーの細剣が受け止めた。強いとあらためて感じたジョンソンは、後ろに跳んで距離を取る。


 着地した時に舞い上げた砂塵が、ゆっくりと宙を舞う。ミノタウロスフェンサーが距離を詰めてきた。ジョンソンは舞い上がった砂塵を剣で弾き、ミノタウロスフェンサーの目に向かって飛ばす。


 ミノタウロスフェンサーは反射的に目の前に腕を上げて砂塵を受け止める。次の瞬間、ジョンソンが五重起動の『ブレード』を放った。D粒子の刃がミノタウロスフェンサーの腕を斬り落とす。


 ミノタウロスフェンサーが口を開けて何かを叫び、腕の傷口から血が噴き出す。ジョンソンは噴き出した血のアーチを潜り抜けてジョワユーズをミノタウロスフェンサーの胸に突き立てた。


 ジョンソンの手に心臓が脈動する感触が伝わり、剣を突き刺した事で止まる。手強かった魔物が死んだ。ジョンソンは『ヘルメススピード』の魔法を解除した。その瞬間、ミノタウロスフェンサーの腕から噴き出した血が空中で光の粒になって消える。


 ジョンソンはフウッと息を吐き出した。そして、ドロップ品を探し始めると魔石と剣を見付けた。


「そうだ。才能の木はどこだ?」

 ジョンソンが見回すと、部屋の奥に一本の木があった。たくさんの実が生っており、その中には水色の実もあった。ジョンソンは生活魔法の色である水色の実を一つ摘み取る。


 その時、またもジョンソンの身体が光に包み込まれ、転送の罠があった場所まで戻った。

「『才能の実』は一個だけしか採取できないのかよ。このダンジョンはケチだな」


 もう一度行けるか罠のスイッチを探してみたが、なくなっていた。何度も確認したので、間違いない。一度使うとスイッチの場所が移動するのかもしれない。


 ジョンソンが諦めて野営の場所まで戻ると、仲間たちがガヤガヤと話している。ジョンソンが転送の罠を発動させてしまった事には気付いていないようだ。腹が減ったので携帯食を食べてから、寝る用意を始めた。


 そして、寝袋に入ってから手に持っている『才能の実』を口に放り込んだ。噛み砕いで呑み込むとニヤッと笑う。これで生活魔法の才能が『D』になった。


 身体に熱を感じ始めたジョンソンは、寝袋に入ったままジッとして耐えた。そうしている間に寝てしまったようだ。


 翌朝、起きるとハインドマンが先に起きてコーヒーを淹れていた。

「おはようさんです。早いですね」

 ハインドマンが挨拶を返し、コーヒーを飲むかと誘う。


 ジョンソンとハインドマンはコーヒーを飲みながら話し始めた。

「隠し部屋を探しているようだったが、見付かったのか?」

「ええ、見付けましたよ」

 ハインドマンが驚いた顔をする。

「どうやって見付けたんだ?」


「あれは隠し部屋というより、転送の罠だったようです」

「どういう事だ?」

「転送させられた先に、ミノタウロスフェンサーが待ち構えていました」

 それを聞いたハインドマンが笑う。


「それで『才能の実』を手に入れたのか?」

「もちろんですよ。生活魔法の才能が『D』になりました。これで『ウィング』や『クラッシュボール』を習得できます」


 他の者たちも起き、周りが騒がしくなり始めた。ジョンソンたちは中ボス部屋を出てプアリィベヒモスが居る三十一層へ向かう。


 三十層の中ボス部屋まで行って一泊してから、三十一層へ進んだ。三十一層は広大な草原でアーマーラプトルやスパイクボアなどと遭遇したが、問題なく倒した。


「気付いているか?」

 ハインドマンがジョンソンへ問う。

「ええ、この先に化け物が居ますね」

 この先に小山があり、その先に途轍とてつもない存在感を放つ化け物が居ると感じていた。それはジョンソンやハインドマンたちだけではなく、チームの全員が感じているようで全員が厳しい顔になっている。


「あの小山に登って、ベヒモスを確認する」

 ブラッドリーが指示を出し、ジョンソンたちは山に登り始める。

「そう言えば、躬業の宝珠はどうなったか、知っていますか?」

 ジョンソンが『御空の宝珠』について尋ねると、ハインドマンが首を振る。


「まだ決まっていない。今回の討伐で誰が活躍したかで、決めると言っていた」

「そうすると、あまり活躍しない方がいいのかな」

「何でだ?」


「躬業を手に入れた者は、邪神との戦いに強制参加でしょ」

 それを聞いたハインドマンは頷いた。

「確かにな。だが、邪神が勝利したら、人類は滅亡という事もある。戦っても戦わなくても死ぬという事だ。だったら、私は戦って死にたい」


 ジョンソンはハインドマンの顔を見た。その顔から強い意志が感じられた。そんな話をして山の頂上まで来ると、向こう側に悠然ゆうぜんと歩いている化け物の姿を目にした。


 全長四十メートル、カバの胴体に猪の頭、全身が灰色の毛で覆われている化け物だ。その全身から覇気が溢れ出し、見た者に恐怖を与えた。


「これがベヒモスか。恐ろしい」

 ハインドマンが呟いた。


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