第740話  政治家とタヌキ

 俺は慈光寺理事長からクィーンスパイダーの卵の顛末てんまつを聞いた。亡くなった乗組員の人たちは気の毒だけど、クィーンスパイダーの子供が仕留められたと聞いてホッとした。


「クィーンスパイダーの子供が、アメリカに上陸したら、と思うとゾッとしますね」

 アリサの言葉に頷いた。あのまま貨物船がアメリカの西海岸へ乗り上げたら、最初は普通の事故として取り扱われただろう。その間にクィーンスパイダーがアメリカに上陸し、野生動物を捕食しながら成体となり、また卵を産んだらと考えるとゾッとする。


「そう言えば、アリサが倒したクィーンスパイダーの死骸は、オークションでアメリカが丸ごと落札したらしい。十億円ほどになったと聞いた」


「凄い、これで研究費に困らないかな。ところで、プッシュ系の邪神眷属用魔法を創るという話はどうなったの?」


「その件は、ちょっと迷っているんだ」

「何を迷っているの?」

「『ティターンプッシュ』に<聖光>を付与すると、習得できる魔法レベルが『15』を超えるみたいなんだ」


 魔法レベルが『15』より大きいという事は、才能が『B』以上でないと習得できないという事になる。そうなると、習得できる人数がグッと減る。


 アリサが分かったというように頷いた。

「だったら、何か別のものを削るしかないんじゃない」

「そうなんだ。それで何を削るか迷っているんだよ」

 アリサとメティスを交えて話し合い、『ティターンプッシュ』の射程を二十メートルから十五メートルに縮め、D粒子形成物のサイズを直径一メートルから七十センチに小さくしたものに<聖光>の特性を付与する事にした。


 これにより習得できる魔法レベルが『15』になった。ぎりぎり才能が『C』でも習得できるレベルである。


  俺は賢者システムを立ち上げて、すぐに新しい魔法を創った。基本は『ティターンプッシュ』と同じなので時間は掛からなかった。名前を『カーリープッシュ』にする。『カーリー』はヒンドゥー教の戦いの女神である。


 この魔法に付与した特性は<聖光><ベクトル制御><衝撃吸収>の三つになる。大型の邪神眷属の突進を跳ね返す事ができるだろう。但し、巨獣ベヒモスの突進は、<衝撃吸収>の特性でも吸収しきれない。


 <衝撃吸収>の特性はほとんどの衝撃を吸収するが、それにも限度がある。巨獣ベヒモスの突進は限度を超える。


「『カーリープッシュ』も魔法庁に登録するんでしょ?」

「もちろんだ。一年ほど前から魔法レベルが『20』以下の生活魔法を登録する作業を始めているからね」


 魔法レベルが『15』を超える生活魔法使いが増えてきたので、魔法庁に賢者の名前で登録している。但し、『プロジェクションバレル』だけは、登録せずにバタリオンのメンバーだけに教える事にした。


 『プロジェクションバレル』は射程が長く、兵器に簡単に応用できるので秘匿したのである。他の魔法も兵器として使えるのだが、比較的射程が短いので使い所が難しい。人間が相手なら、普通の銃の方が使いやすいだろう。


 『カーリープッシュ』を創った翌日、俺はアルゲス電機へ向かった。月に一回の会議があるのだ。アルゲス電機の本社に到着し、会議室に入ると菅沼社長や堀越専務を始めとする重役たちが待っていた。


「遅れましたか?」

「いえ、まだ時間前です」

 堀越専務が答えた。この堀越専務は技術畑から専務になった人物で、励起魔力発電システムの開発の中心的存在である。


「報告から先に済ませておきましょう。イギリスの電力会社SAエナジーが、十二基の黒鉄製発電プラントを発注してくれました」


 菅沼社長の報告を聞いた俺は、笑顔になった。

「これでやっと黒字になりそうですね」

「はい。ですが、黒鉄の産出量を考えると、年間二百基ほどが限度になりますので、鋼鉄製発電プラントの開発を急がねばなりません」


 黒鉄製発電プラントが稼働するようになれば、実績が生まれる。そうなると、励起魔力発電システムを欲しがる電力会社は増えるだろう。まだ日本の電力会社からは注文がないが、世界が励起魔力発電システムを欲しがり始めれば、日本の電力会社も動くと思っている。


「それと資源エネルギー庁の高橋長官が、励起魔力発電システムの開発に協力するようにと、各電力会社に話されたようです」


 高橋長官は約束を守ったようだ。後は邪魔する政治家やマスコミを排除するだけである。新しい事を始めようとすると、なぜか邪魔する政治家やマスコミが出て来る。


 日本にとって利益になる事を邪魔する者たちが居るのを、俺は常々不思議に思っていた。しかも、政治家の中には政治献金という名前の賄賂を要求するものも居る。


「株はどうなっていますか?」

 自社株買いを実施したので、その結果を確認した。

「今は値上がりしていませんが、SAエナジーからの受注が知られると急騰すると思います」


 自社株買いにより市場に出ている株が少なくなっているので、なおさら高騰するだろう。大量の株を持っている俺としては、ちょっと楽しみだ。


「ただ少し気になる事があります」

 菅沼社長の顔が曇った。

「それは?」

「代議士の美濃部みのべ先生が、励起魔力発電システムの安全性に問題があると言い始めたのです」


「どんな点を問題にしているのです?」

「それが具体的な事は言わずに、安全性が証明されていないと主張しているようです」


「その代議士を調べてみよう」

「分かりました」


 アルゲス電機の本社を出て渋紙市へ戻った。散歩を兼ねて屋敷まで歩いていると、河川敷のところにバタリオンのメンバーであるチサトの姿が見えた。


 河川敷に下りてチサトの傍まで行くと、チサトが猫の群れを見ているのが分かった。

「何をしているんだい?」

「あっ、グリム先生。コムギを見ていたんです」


 シャドウパペットのコムギが、その群れを率いるように先頭で歩いていた。その群れを見ていて、俺は首を傾げた。ちょっと見慣れない動物が群れの中に居たのだ。


 コムギが俺を見付けて近寄ってきた。

「コムギ、何で猫の中にタヌキが居るんだ?」

 それを聞いたコムギが、ハッとしたような表情を見せる。そして、ゆっくりと後ろを振り返り群れの後ろに居たタヌキに視線を向けた。


 コムギもちょっと違うな、とは思っていたようだ。それからコムギとタヌキが見つめ合う。

「ニャアア」

 問題ないというように、コムギが鳴いた。コムギが良いと言うなら俺としては問題ない。


 コムギは時々川に潜って魚を捕まえて猫に与えているようなので、それを狙ってタヌキが近付いたのだろう。まあ、コムギがタヌキでも良いと思っているなら俺が干渉する事でもない。ただ見物する人が増えそうだ。


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