第739話 クィーンスパイダーの子供

 甲板に出た二人は『カタパルト』を使って身体を放り投げ、距離を取って階段に注目する。そして、そこからクィーンスパイダーが出てくる瞬間を待った。


 その姿勢でしばらく待ったが、クィーンスパイダーは出て来ない。

「待ち伏せしているのを見抜かれたか」

 村田が呟いた。

「どうしますか?」

「広い場所に出て来るのを嫌がっているようだ。倒すためには、船内を探して仕留めるしかないな」


「狭い船内を探すんですか? 気が進まないですね」

「あいつを放置する事はできない。仕留めるぞ」

 波多野と村上は、用心しながら階段に近付いた。D粒子センサーを使って、何も居ない事を確かめて階段を下りる。


 二人のD粒子センサーの探査範囲は半径五十メートルほどである。船内で使うには十分なものであるが、精度はグリムの一割にも達していなかった。


 まだ生活魔法使いとしての経験が浅い二人は、D粒子センサーの反応で人間なのか魔物なのかを判断するのは難しかった。


 と言っても、同じくらいの経験しかない生活魔法使いと比べれば、優秀な方だ。教官のエルモアに普段からD粒子センサーを鍛えるようにと言われたので、チームのメンバーはD粒子センサーの訓練を続けていたからだ。


「近くにクィーンスパイダーは、居ないようだ。もう少し船尾へ移動しよう」

 二人は薄暗い通路を船尾へ進んだ。発電機が動いているので通路の照明は無事なのだが、元々照明の数が少ないので、全体的に薄暗く感じる。


 途中の機関室近くで、D粒子センサーが反応した。何かが船尾楼へ行くのを感知したのである。二人は甲板に出て船尾楼のドアがある方向へ向かう。


 そのドアが破壊され、大きな穴が開いていた。

「気を付けろ」

 村上の警告に、波多野が頷く。開いた穴から中に入ると、血の臭いを感じた。波多野は反射的に魔力バリアを前方に展開する。


 次の瞬間、毒糸が飛んできて魔力バリアに当たった。村上が『ホーリーキャノン』を発動し、聖光グレネードを撃ち出す。その攻撃に対して、通路に居るクィーンスパイダーが数本の毒糸を飛ばした。


 空中で聖光グレネードと毒糸が交差。その衝撃で聖光グレネードが爆発し、<聖光>を付与されたD粒子が飛び散った。


 残念ながら、途中で爆発したのでクィーンスパイダーは無傷である。

「クソッ、反応が速い」

 波多野は『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジを放った。それに気付いたクィーンスパイダーが、通路の壁に向かって跳躍し、壁に貼り付いた。その動きは成体となったクィーンスパイダーより素早い。


「おいおい、あれを避けるのかよ」

 波多野が悔しそうに言った。そう言った瞬間、クィーンスパイダーが素早い動きで襲い掛かってきた。接近戦を嫌った波多野は、後ろに跳ぶ。


 波多野とすれ違うように前へ出た村上が『ホーリーソード』を発動し、聖光ブレードを振り下ろす。その攻撃がクィーンスパイダーの足二本を斬り飛ばし、胴体に深い傷を負わせる。


 チャンスだと思った波多野が、同じ『ホーリーソード』で攻撃しようとした。だが、クィーンスパイダーが逃げ出した。


「逃がすな!」

 村上が叫んで追った。波多野も『ホーリーソード』を中止して駆け出す。追い詰められたクィーンスパイダーは自分から甲板へと向かった。


 広い甲板に出たクィーンスパイダーが待ち構える。村上が先頭に立って甲板に出ようとした時、十数本の毒糸が襲った。村上は魔力バリアを展開して何とか毒糸を防いだ。


 次の瞬間、今度は波多野が村上の横をすり抜け、『ホーリーキャノン』を発動して聖光グレネードを撃ち込んだ。その攻撃がクィーンスパイダーに命中すると、<聖光>の特性が付与されたD粒子が爆散しクィーンスパイダーをボロボロにする。


 そこに村上が飛び込んで、『ホーリーソード』でトドメを刺した。クィーンスパイダーの子供が動かなくなったのを確かめた二人は、ホッとして座り込んだ。


「生まれたばかりの子供なのに、これほど手子摺てこずるんだ。成体だったら、どれほど厄介なんだろう」


 二人を運んだ飛行艇に合図すると、同乗していた四人の自衛官がロープを使って貨物船によじ登って来た。

「はあはあ……魔法で飛んでいける二人が羨ましいですよ」

「そのためには、厳しい訓練が必要なんですよ」


「この貨物船は、どうなるんです?」

 波多野が自衛官に尋ねた。

「この船はパナマ船籍ですが、アメリカの会社がレンタルしているようなので、アメリカが引き取るようです」

 自衛官は倒れているクィーンスパイダーの子供を見ながら言った。


「この船に生存者が居ないか捜索します。手伝ってもらえませんか?」

 全員で手分けして捜索する事になり、船の隅々まで探した。この船には四十名ほどの乗組員が居たはずなのだが、倉庫に吊るされていた一人を除いて発見されていない。


「この船に卵を持ち込んだアイハムは、乗っていなかったんでしょうか?」

 波多野が村上に尋ねた。

「どうだろう? 乗っていたけど、クィーンスパイダーに殺されたという事もあり得る」


 貨物船にある部屋を一つずつ開けて確かめていた羽多野たちは、小さな貨物室のドアを開けた。ここの鍵はブリッジにあったものを使っている。


 ドアを少し開けた瞬間、何か爆ぜるような音がしてドアに何かが命中した。波多野は五重起動の『プッシュ』で反撃するとドアを閉めた。


「今のは拳銃の発射音だろ?」

 村上が声を上げた。波多野は頷き、もしかするとアイハムかもしれないと考えた。耳を澄まして中の気配を探る。すると、うめき声が聞こえる。ドアを少しだけ開けて中を覗くと、誰かが床に倒れていた。『プッシュ』が命中したようだ。


 二人はその男を縛り上げ、甲板まで運び上げた。その後、自衛官たちも甲板に戻り結果を教えてくれた。それによると、二十人ほどの乗組員の遺体が糸に包まれていたのを発見したらしい。


 クィーンスパイダーは二十人ほどを食べて三メートルほどに成長し、残りは保存していたという事のようだ。


 気分が悪くなるような話だ。生き残った男はアイハムだった。但し、クィーンスパイダーから受けた恐怖で少しおかしくなっている。


 それを尋問すると、少しだけ情報が得られた。テロ組織の狙いは、この貨物船をアメリカ西海岸の陸地に乗り上げさせ、クィーンスパイダーをアメリカに放つ計画だったらしい。


 テロ組織を許さないアメリカへの報復だったのだろうが、やり方が汚すぎると波多野たちは思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る