第738話 卵の行方

 邪神眷属対策チームの波多野はたのは、チームリーダーの森繁もりしげが会議室に呼んでいると聞いて急いだ。会議室に入ると、先輩の村上むらかみが先に来ていた。


「村上先輩、邪神眷属ですか?」

「分からない。何の情報も聞いていないんだ」

 森繁が会議室に入ってきた。


「二人とも聞いてくれ。冒険者ギルドの慈光寺理事長から連絡が入った。ある探偵事務所で殺人事件が起きた。この事件には魔物の卵が関係しているらしい」


「卵、どういう事ですか?」

 波多野は意味が分からずに尋ねた。

「大阪にクィーンスパイダーが現れ、B級冒険者によって倒された事は知っているだろう?」


 波多野と村上は頷いた。

「そのクィーンスパイダーが邪神眷属だったというのは、ニュースで聞きました」

「報道機関には発表されなかった事がある。クィーンスパイダーは卵を産んだのだ」


 クィーンスパイダーの卵が散らばり、それを回収して壊したが、全部を回収できたか確認できていない事を、森繁が説明した。


「その卵から生まれた魔物は、邪神眷属になるのでしょうか?」

 波多野が質問すると、森繁が溜息を吐いた。

「分からない。ただ邪神眷属になると仮定して、我々は動くべきだと考えている」


 村上が森繁に目を向けた。

「殺された探偵と卵の関係は?」

「その探偵たちは、クィーンスパイダーと冒険者が戦っていたところに居合わせ、卵を手に入れてブラックオークションに出そうとしていたらしい」


 ブラックオークションとは、違法に手に入れた物の取引をする違法オークションである。出品された物のほとんどが盗品なので、警察もマークしていたようだ。


「それと殺人現場にあったはずの卵が紛失している事から、クィーンスパイダーの卵が欲しかった何者かが、探偵を殺して卵を奪ったのだと思われる」


「その卵の価値はどれほどなんですか?」

 波多野が気になった点を質問した。

「オークションに出品されれば、億単位で落札されるだろう」

「そういう事だと、人を殺してでも奪いたいと思う者が、居るかも知れませんね」


「問題は、クィーンスパイダーの卵が後二、三日で孵化するかもしれない、という事だ」

 その情報を聞いた波多野と村上は、険しい顔になる。もし孵化したクィーンスパイダーの子供が暴れ始めたら、大惨事になると考えたのだ。


「卵を奪った者の手掛かりはあるのですか?」

 村上が確認した。

「地元警察の捜査で、事件直前に外国人らしい人物が探偵事務所に入ったのが、確認された」


「それだけでは犯人を特定できません」

「ところが、目撃者の証言を基に似顔絵を作ったら、国際手配されている中東テロ組織のラウル・アイハム・ウトバに似ている事が判明した」


「テロ組織ですか。そのアイハムの目的は何でしょう?」

「卵を使ったテロを計画しているのではないか、と警察上層部では考えている」

 森繁の話によると、犯人がアイハムならアメリカを狙ってテロを仕掛けるだろうという事だった。


 波多野と村上は捜査している地元警察に合流し、万一卵が孵化した場合はすみやかに討伐しろという命令だった。


 二人は地元警察と一緒に捜査を開始し、三日後にアメリカ行きの貨物船との連絡が途絶えたという情報を入手する。しかも、アイハムらしい人物も目撃されている。


「どう思う?」

 村上が波多野へ尋ねた。

「その貨物船に、卵が積まれていて孵化したのなら、つじつまが合います」

「確認するしかないな。飛行機を手配してもらおう」


 数時間後、波多野と村上は自衛隊の飛行艇へ乗り込み、貨物船を追い掛け始めた。そして、数時間後にアメリカに向かって前進している貨物船に追いつく。


 着水した飛行艇から『ウィング』を使って飛び立った波多野と村上は、貨物船の甲板に着地した。二人が周りを見回すと人の姿が見えない。


 波多野が村上に目を向ける。

「どう思います?」

「おれたちが甲板に着地したのに、誰も来ないというのはおかしい」


 波多野と村上は『マナバリア』を発動し、D粒子マナコアを腰に巻く。クィーンスパイダーが毒糸を飛ばすという情報を得ていたので、用心のためである。


 船内に入ると、ブリッジに向かう。ブリッジに入った二人は顔をしかめた。床が血で汚れていたのだ。しかし、遺体はなかった。


「おかしいな。何で遺体がないんだ?」

 村上が声を上げると、波多野はある可能性に気付いて気分が悪くなる。

「もしかして、食べたという事はないですかね?」

「……嫌な予想だが、そういう事もあるかもしれない」


 二人はブリッジを出て船尾へ向かった。途中、倉庫から音がしたので中に入る。倉庫の照明を点けると、積み上げられている特殊鋼などが確認できた。


「あそこを見ろ」

 村上が指差す方向に目を向けると、糸でぐるぐる巻きされている人間の遺体が、天井から吊るされていた。


「マジか。こんなのは映画でしか見た事がなかったのに」

 波多野が周囲を見回すと天井に穴が開いていた。その穴から侵入したようだ。その時、殺気を感じて魔力バリアを展開する。


 次の瞬間、魔力バリアに毒糸が当たり撥ね返した。そして、三メートルほどもあるクィーンスパイダーの子供が姿を現す。


「ヤバイ、こんな狭いところだと不利だ。撤退するぞ」

 二人が倉庫から急いで通路に出ると、それをクィーンスパイダーが追ってきた。船尾に向かって走る二人は、階段を甲板へと駆け上がる。


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