第736話 クィーンスパイダーの卵
襲い掛かってくるクィーンスパイダーを睨むアリサは、『落ち着け』と自分に言い聞かせているように見えた。
次の瞬間、アリサが『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジをクィーンスパイダーに向かって放った。この攻撃にも気付いたクィーンスパイダーが避けようとして横に跳んだ。そのせいで聖光分解エッジが狙った頭を外れ、足二本を切り飛ばして空に消える。
アリサが戦うのを見て思ったのだが、『ティターンプッシュ』に<聖光>を組込んだ生活魔法も創れば良かった。魔法レベルが『20』以内で創れただろうから、突進してくる大型邪神眷属を弾き返す事もできただろう。
クィーンスパイダーがアリサから逃げた。何をするのかと思ったら、巣にある卵を回収してビルに登り始めた。そのビルは俺が何か動くものを見たような気がしたビルだ。
アリサが渋い顔をしている。
「このまま攻撃すると、あのビルが壊れそう」
そんな事を心配していたのか。俺は笑って言った。
「人命に比べたら、ビルくらいどうでもいい。遠慮なく壊していいぞ」
アリサは頷いて『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジを放つ。その時、クィーンスパイダーはビルの窓に足を突っ込み何かを取ろうとしているようだった。
そのクィーンスパイダーの背中を聖光分解エッジが切り裂いた。ダメージを受けたクィーンスパイダーはビルから転落し、背中から落下する。道路に落ちた瞬間、信号機を薙ぎ倒した上に停まっている車を潰した。
その時点ではクィーンスパイダーは生きていた。アリサは用心しながら近付き、『ホーリークレセント』でトドメを差した。
アリサが嬉しそうな顔でこちらに駆け寄り報告する。
「魔法レベルが上がったのよ」
「そうすると、『21』か」
俺たちは喜んでから、クィーンスパイダーの死骸を確認した。ダンジョンの外で死んだ魔物は、消える事はない。例外はあるが、強制的にダンジョンエラーのような状態になるらしい。
巨大な死骸を見て、俺は影から為五郎を出した。為五郎に組み込まれている巾着袋型マジックバッグなら、このサイズの魔物でも収納できると思ったのだ。為五郎に収納するように命じると、巨体がいきなり消えた。その時、まだ壊れていなかった卵が弾かれたように道路に飛び散った。
予想外の事が起きたようだ。マジックバッグはクィーンスパイダーと卵は別物だと判断して撥ね退けたらしい。俺は竹内支部長に連絡して、飛び散った卵の回収をお願いした。この卵が一つでも孵化したら大変な事になるからだ。
支部長はすぐに近くの冒険者に回収の指示を出したらしい。俺たちも探して二個回収した。そして、他の冒険者が二十三個を回収して持ってきた。半分ほどをアリサが破壊しているので、残っているのはこれくらいだったはずだ。後は冒険者ギルドに探してもらうしかない。
「この卵はどうするの?」
「危険な卵だ。破壊するしかないだろう」
俺は地面に置いた二十五個の卵を『ホーリーソード』を使って破壊した。
回収するのを手伝ってくれた冒険者たちが勿体ないという顔をする。
「この卵が孵化して成長すれば、クィーンスパイダーになるんだ。危険なものを残しておく事はできない。協力してくれた君たちには、報酬を出すように竹内支部長に交渉するから」
そう言うと分かってくれたようだ。
「後は毒の糸で作られた巣をどうするかね」
アリサの言葉に頷いた。この糸には毒があるので、慎重にビルから剥がして回収しなければならない。生活魔法使いなら、『ホーリーソード』で糸を切って処分できるだろう。
俺たちは対策本部に戻り、支部長に報告した。
「ありがとう。君たちには感謝の言葉しかないよ」
俺たちは報酬をアリサの口座に振り込む手続きをしてから、クィーンスパイダーの死骸をどうするか話し合った。死骸は政府が買い取る事になるようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
少し時間を遡り、グリムたちが列車を降りて対策本部へ行った頃。グリムたちを監視していた二人の探偵は、グリムたちを追って駅の外へ出た。
街の様子がおかしい事は探偵たちも気付いた。冒険者らしい人々が、町の中を装備を付けたまま走り回っているのだ。グリムたちが急いでどこかに向かっている。それを尾行したのだが、途中でグリムたちを見失う。
「所長、どうしますか?」
探偵の
「この様子は何かあったな。情報を集めよう」
その結果、化け物蜘蛛がダンジョンから出てきたという事が分かった。それも巣を作っているらしい。探偵たちはグリムたちが化け物蜘蛛を退治するために出て来ると予想した。
「よし、その蜘蛛が見える場所で見張るんだ」
「危険じゃないですか?」
「どうせ、冒険者たちが退治する。大丈夫だ」
探偵たちはクィーンスパイダーが巣を張っている近くのビルに入り、グリムたちが現れるのを待った。
ビルの使用者たちは急いで逃げ出したようで、ほとんどの部屋は施錠されていなかった。探偵たちは部屋に入って冒険者たちの様子を見ていた。
「冒険者たちが攻撃しないのは、なぜなんでしょうね?」
「あんなデカい魔物なんだ。いろいろと準備が必要なんだろう」
須崎とクィーンスパイダーが戦い始めると、探偵たちは初めて見る魔物と冒険者の戦いに夢中になった。この時は身の危険を感じていなかったのだ。アホとしか言いようがない。
だが、須崎が殺された瞬間、魔物の怖さを感じた。そして、アリサとクィーンスパイダーが戦いを始めると、魔物が放つ殺気を浴びて心の底まで恐怖した。
そのせいで腰が抜け動けなくなった。クィーンスパイダーがビルに登って来て、探偵たちを見付けて攻撃した時も、恐怖で動けなくなっていた。後もう少しでクィーンスパイダーに殺されるという時、アリサの攻撃が命中した。
クィーンスパイダーが死んで殺気が消えると探偵たちは動けるようになり、這うようにして部屋から出るとエレベーターで一階まで下りた。
「ああ酷い目に遭った。それにしても、あの化け物蜘蛛を倒すなんて、あの二人こそ化け物じゃないですか。この依頼は断りましょう」
所長の殿村が残念そうな顔をする。
「しかし、あの二人の弱点やスキャンダルを探し当てたら、三百万の報酬だぞ」
「でも、あの二人を怒らせたら、おれたちがどうなるか」
そう言って志垣が身震いした。
「しかし、報酬が……」
その時、探偵たちの目の前にクィーンスパイダーの卵が転がってきた。
「こいつは……あの蜘蛛の卵ですよ。卵焼きにしたら、何人分になるんだ?」
殿村がニヤッと笑った。
「アホか。これは金の卵だぞ。売れば、絶対高値で売れる」
大金が手に入ると思った殿村は、
避難していた人々が街に戻ると箱を梱包して探偵事務所へ配送するように依頼した。こうしてグリムたちが知らないところでクィーンスパイダーの卵が流出した。
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