第735話 地上のクィーンスパイダー

 俺は支部長らしい人物に声を掛けた。

「今、忙しいんだ。後にしてくれ」

 支部長はかなりテンパっている様子で、俺の顔さえ見ようとしていない。


「A級冒険者の榊ですが、何か手伝える事はありませんか?」

 その言葉を聞いた支部長が俺に目を向ける。

「本当にA級……のグリム先生ですか?」

「そうです」


 支部長がホッとした顔をする。

「ありがたい」

「どういう状況なのです?」

「中級の淀川ダンジョンから出てきたクィーンスパイダーが、途中の建物を壊しながら、あそこに巣を張ったのです。ほんの二十分ほどで巣が出来上がったので、我々は何もできませんでした」


「卵を産んだのは?」

「巣が出来上がると、すぐに産んだのです。それからは卵を守っています」

 クィーンスパイダーは卵の近くに陣取り、巣に近付く者を攻撃するという。

「死傷者は?」

「死者が七名、負傷者が五十名ほどです」

 やっぱり死者も出ているのか。この状況で卵が孵化すると、クィーンスパイダーの子供が人間を襲うのだろうな。


 俺はエルモアを影から出した。

「あの卵はどれくらいで孵化すると思う?」

『蜘蛛系の魔物が地上で卵を産んだという例は、アフリカのタンザニアで起きた一回だけです。その時は産んでから一週間ほどで孵化したようです』


 頭に直接届いた言葉を聞いた支部長は、驚いた顔をする。

「このエルモアは、特別な機能を持つシャドウパペットなのです」

 アリサが説明した。

「そうなのですか。それにしても一週間ですか。討伐を急がせて正解だったようですな」


 この支部長は竹内たけうちという名前だそうだ。その竹内支部長は所属する冒険者の中で最も技量が高い者に、クィーンスパイダーを攻撃するように指示を出したらしい。


 俺はマルチ鑑定ゴーグルを出して、クィーンスパイダーを鑑定した。すると、<邪神の加護>を持っている事が分かった。


「攻撃に向かわせた冒険者を、呼び戻してください。あいつは邪神眷属です」

「まさか?」

 俺はマルチ鑑定ゴーグルを支部長に渡した。それで確認した支部長は、伝令を向かわせた。だが、一足遅かったようだ。


 伝令が到着する前に、B級の攻撃魔法使いである須崎すざきが戦いを始めてしまったのだ。須崎は『インフェルノ』でクィーンスパイダーを攻撃した。


 高熱の炎がクィーンスパイダーを包み込み、焼き尽くそうと燃え上がる。だが、クィーンスパイダーどころか、その巣さえも燃えなかった。


 炎の中から現れたクィーンスパイダーは無傷だった。この時点で須崎は邪神眷属ではないかと思ったはずだ。その直後、クィーンスパイダーの反撃が始まった。


 普通のクィーンスパイダーの糸は、毒を含んでいない。だが、こいつの糸には毒があった。その毒糸を須崎に向かって発射した。ワイヤーロープのような毒糸が投げ槍のように飛んで須崎を襲う。須崎が何とか回避できたのは、魔力で毒糸を飛ばしており、魔力を感知する事で毒糸の軌道が分かったからだ。


 須崎は邪神眷属用の『デビルキラー』を発動し、クィーンスパイダーに向かって放った。これは破邪徹甲魔力弾と呼ばれているもので、『デスショット』の徹甲魔力弾に<破邪光>の効能を付与したものだ。


 須崎が破邪徹甲魔力弾を放つと同時に、クィーンスパイダーも数本の毒糸を放っていた。空中で破邪徹甲魔力弾と毒糸がすれ違い、破邪徹甲魔力弾がクィーンスパイダーの胴体に命中し貫通した。クィーンスパイダーの胴体から体液が噴き出し地上を汚す。


 一方、クィーンスパイダーから放たれた数本の毒糸は、須崎に向かって飛翔し、その中の一本が須崎の右足の太腿を貫いた。


 双眼鏡で見ていた支部長が悲鳴のような声を上げる。

「須崎君……す、すまん、私の責任だ」

 竹内支部長がこうべを垂れて唇を噛み締めている。その姿を見ると、俺は何とも言えなかった。


「あのクィーンスパイダーは、私が倒します」

 アリサが宣言する。俺はアリサに顔を向けた。

「大丈夫なのか?」

「怖いのは毒糸だけみたいだから、問題ないと思う」

「分かった。だけど、俺も一緒に行こう。サポートするよ」


 アリサは頷き、支部長に『必ず倒します』と言って対策本部を出た。俺もエルモアを残して対策本部を出る。途中にあったロッカールームで、俺とアリサは多機能防護服に着替えた。アリサの多機能防護服は新しく作ったものだ。


 そして、ビルの外へ出るとアリサと一緒にクィーンスパイダーの巣へ向かう。線路沿いの道を進んで、巣の近くまで来た。周辺のビルは一般人の避難が完了しており、冒険者と警官以外は誰も居ないらしい。


 近くのビルの窓にチラリと動くものを目にした。

「支部長に避難が完了しているか、確認してくれ」

 俺はメティスに頼んだ。メティスはエルモアを通して支部長に確認する。

『大丈夫です。周辺は冒険者と警察が責任を持って、避難させたそうです』


「俺の見間違いかな。戦闘準備だ」

 俺とアリサは『マナバリア』を発動し、D粒子マナコアを腰に巻く。それから多機能防護服のスイッチも入れた。


 アリサが周囲を見回すと、何人かの冒険者と警官が、クィーンスパイダーを見上げているのを発見した。手を出さないように言われているようだ。とは言え、間近で須崎が殺されるのを見た彼らの顔は青かった。


 アリサがクィーンスパイダーに近付くと気付かれた。化け物蜘蛛が多数ある目をアリサに向け、毒糸を飛ばす。アリサは魔力バリアを展開して毒糸を防いだ。


 魔力バリアに毒糸が当たって弾き返されると、アリサは『ホーリーキャノン』を発動し、聖光グレネードを放った。聖光グレネードに気付いたクィーンスパイダーは、本能的に危険だと察知して巣から飛び下りた。


 飛翔する聖光グレネードは、巣に命中した瞬間に<聖光>が付与されたD粒子を爆散させる。そのD粒子が高温の炎でも焼かれなかった蜘蛛の糸をボロボロにして何本も断ち切り、卵の半分ほどを壊した。クィーンスパイダーは卵を狙われたと思ったようだ。


 激怒したクィーンスパイダーが、素早い動きでアリサに襲い掛かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る