第734話 楽しい温泉旅行

 別府駅に到着した俺たちは、ホテルに行かずに公園に向かった。木々が生い茂る公園に入ると、俺とアリサは走り出す。大きな木の後ろに素早く隠れた。


「追って来るかしら?」

「諦めるような連中には見えなかった」

 俺たちは公園の入り口を見張リ始めた。すると、二人の男が公園に入ってきて、キョロキョロと見回す。俺たちが見付からなかったので、二人は手分けして探し始めた。


 その一人が、俺たちが隠れている木の傍まで来た。俺が男の前に飛び出すと、驚いたという顔をしてから逃げようとする。俺はそいつの腕を取ってねじ上げた。


「いたた……何をするんだ?」

「俺たちを尾行したからだ。誰に頼まれた?」

 その男は口を固く閉じて、俺を睨み返した。その時、もう一人の男が駆け寄ってくるのが目に入る。


「所長を放せ!」

 駆け寄った男が叫び声を上げた。アリサが叫んだ男を睨んだ。

「あなたたち、もしかして探偵なの?」

 アリサは『所長』という呼び方から、探偵事務所を連想したのだ。アリサの質問を聞いた男は、明らかに動揺した。


「当たったようだな。誰に頼まれた?」

「我々には守秘義務がある。暴力を振るえば、警察に訴えるぞ」

 守秘義務を守るような真っ当な探偵には見えなかったが、仕方ないので腕を放した。二人の男は逃げるように去って行った。


「誰に雇われた探偵だか、見当が付いているの?」

「分からない。だけど、柴田電機の勝浦社長か、宇喜多じゃないかと思う」

「宇喜多? ああ、宇喜多電機の社長だった人ね。クビにしたあなたを恨んでいるのかしら?」


「恨んでいるだろうが、まだ宇喜多かどうかは判断できない」

「どうするの?」

「相手が探偵を使っているのなら、こちらも探偵を使って調べればいい。万里鏡を使って自分で調べる事も考えたが、馬鹿らしくなった」


 ホテルに到着した俺たちは、部屋に入るとアルゲス電機の顧問弁護士に連絡した。そして、事情を話して探偵に依頼するように頼んだ。


「大丈夫?」

 アリサが心配そうな顔になっている。

「心配ない。用心はしているから、足をすくわれる事はないだろう。ただ魔物より人間の方が、厄介な気がするよ」


「私もそう思う」

 俺たちはゆっくり温泉を堪能してから、美味しい料理を食べた。とり天や地獄蒸し料理は絶品だった。その後、部屋でくつろぎながら話し始める。


「ところで、天音と千佳が姉川ダンジョンで手に入れたドロップ品をどう思う?」

「『挑発の手斧』の事を言っているのかい。あれは面白すぎる」

 俺とアリサは『挑発の手斧』の話題で盛り上がり笑った。


 翌日、俺たちは別府温泉の観光スポットであるコバルトブルーの温泉『海地獄』や『血の池地獄』を見て回り、二つの違う温泉に入った。


「また尾行されている」

 アリサが溜息を吐いた。

「尾行を撒くのは簡単さ」

 俺とアリサは、D粒子センサーで探偵たちの動きを確認しながら、簡単に尾行を撒いた。それから宿泊場所を小さな温泉旅館に変え、二度と尾行されないようにした。


 こうして温泉と旨い料理を堪能した俺たちは、渋紙市へ戻るために列車に乗った。ただ尾行を撒いたはずの探偵が列車に乗り込んできた。俺たちを見失ったので、駅で見張っていたらしい。


 探偵たちは、気付かれないようにするというのもやめたようだ。堂々と俺たちの隣の席で見張り始めた。こいつら何のために見張っているのだろうか? ここまで来ると嫌がらせとしか思えない。


 気付かれないように見張るのなら、何かスキャンダルを見付けて後で使う事もできるだろうが、ここまで堂々と見張るようでは嫌がらせだ。


 俺はわざとアリサとイチャイチャして見せ付ける事にした。

「あーん」

 アリサが別府で買ったプリンをスプーンで掬って俺の口元に持ってくる。俺は口を開けてパクリと食べた。


 探偵たちは、何でこんなのを見張らなきゃならないんだ、という顔をしている。たぶん『爆発しろ』とでも思っているのだろう。


 俺たちは探偵たちをからかいながら旅を楽しみ、大阪駅に到着した。列車が動き出すのを待っていると、中々動き出さない。三十分ほどした時、混乱しているような声で線路の近くに魔物が現れたという車内アナウンスがあった。


「地元の冒険者で倒せる魔物?」

「さあ、詳しい事を聞いてみよう」

 俺たちは列車を降りて、駅員にどんな魔物か尋ねた。

「それが巨大な蜘蛛の魔物だそうです」

 巨大な蜘蛛というと、クィーンスパイダーや母神スパイダーを思い出す。そんな化け物蜘蛛が暴れたら、大勢の被害者が出る。


 俺たちは駅を出て冒険者ギルドへ向かった。冒険者ギルドへ行くと、ガランとして冒険者が居ない。全員で蜘蛛退治に行ったのだろうか?


 受付に近付き状況を聞いた。

「ダンジョンの外に出たのは、クィーンスパイダーです。しかも、ビルとビルの間に巣を作って卵を産んだんです」


「卵だって……」

 ダンジョンの魔物が産卵するとは知らなかった。ダンジョンの外に出たのが、原因だろうか? 俺たちはクィーンスパイダーの居る場所を教えてもらい、そちらに向かう。


 高いビルとビルの間に、蜘蛛の巣が張られていた。大きさが百メートル以上もありそうな蜘蛛の巣で、それを構成する糸は、ワイヤーロープのように頑丈そうだ。


「巣の中心を見て、あれが卵じゃない?」

 アリサが指差したところに、白い蜘蛛の糸で出来た大きな丸い塊があった。その中に直径八十センチほどの卵が数十個も入っているのが透けて見えた。


「これはヤバイな。支部長を探そう」

 俺たちは巣の近くに対策本部みたいなものがあるだろうと見当を付けて探した。すると、近くの小さなビルに冒険者が出入りしているのを見付けた。


 その小さなビルに入り、対策本部を見付けて入る。支部長らしい四十代の男が、窓から見える巨大な蜘蛛の巣を見ながら指示していた。


「あの巣が燃えるか確かめたか?」

「ダメです。『プロミネンスノヴァ』でも燃えませんでした」

 だいぶ混乱しているようだ。しかも街中で『プロミネンスノヴァ』を使うとは……被害を覚悟して対応する事に決定したのだろうか?


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