第733話 本格商品の開発

「新しい事業を立ち上げよう、というお話でしたが、どのような事業でしょう?」

「この会社の主力商品は自家発電設備ですが、電力会社から火力発電設備を受注した実績もありますよね。その蒸気タービン発電の技術を活かした新商品を考えています」


「蒸気タービン発電の実績はありますが、我が社が得意なのは小型蒸気タービン発電です」

「それで構いません。我々は、燃料をほとんど必要としない発電システムの開発に成功しました。その改良と販売を任せたいのです」


 菅沼専務が理解できないという顔をする。

「燃料を必要としないというと、太陽光発電とか風力発電に近いものなのでしょうか?」

「自然界にあるエネルギーという意味なら、近いかもしれません。その発電システムは我々の周囲にあるD粒子を燃料としているのです」


 俺は励起魔力発電システムについて説明した。それを聞いた菅沼専務が目を丸くする。

「それが本当だとしたら、エネルギー革命が起きます」

「それは少し大袈裟です。ただ励起魔力発電システムが普及すれば、人々は安価な電気を手に入れられるでしょう」


 俺は宣言した通り、宇喜多社長を退任させた。ほとんどの株を売っているので、宇喜多と宇喜多電機の関係は、単なる少数の株を持つ株主という事になる。そこで会社名を『アルゲス電機』に変えた。アルゲスというのはギリシャ神話に出て来る単眼の巨人で、兄弟とともにゼウスの雷を鍛えたと言われている。


 その間にアルゲス電機の株価は、急激に上がった。アルゲス電機の株を公開買付けしたからだが、なぜアルゲス電機を手に入れたのか、一部の者しか知らなかった。


 俺は資金を出して励起魔力発電システムの開発を命じた。そして、社長には菅沼専務を指名する。菅沼専務を調査したが、真面目な人物で信用できるようだ。


 前社長である宇喜多が馬鹿な事をしていても、会社が潰れなかったのは菅沼専務が頑張っていたからのようだ。


 社長に就任した菅沼には、少しの間なら赤字になって良いと伝えた。その代わりに全力で励起魔力発電システムを完成させるようにと指示する。


 その結果、業績が落ちた。それが世間に広まると上がっていた株価が落ち始め、柴田電機の勝浦社長はすぐに売りに出したようだ。メティスがアルゲス電機に自社株買いをさせるように提案した。勝浦社長のようなハイエナに株を渡さないためである。


 励起魔力発電システムの改良は順調に進んでいる。試作品として製造した朱鋼製の励起魔力発電システムは改良され、グリーン館に設置された。元々グリーン館の電気代を節約しようと始めたのが、励起魔力発電システムの開発だったので、初期の目的を達成した事になる。


 現在、アルゲス電機では朱鋼を黒鉄に替えた励起魔力発電システムを開発している。本当は普通の鋼鉄に替えたかったのだが、かなり規模を大きくしなければならないと分かった。そこで黒鉄で代用できないかと研究したのだ。


 千七百キロワットの発電能力を持つ朱鋼製の励起魔力発電システムは、軽トラに載せられるほど小型化できた。だが、朱鋼を黒鉄に替えた場合、その五倍ほどの大きさにしないと安全に運用できないようだ。そして、三ヶ月に一回ほど定期整備が必要になる。


 電気出力に関しては、サイズを変えずに一万キロワットまでなら増大できるという。アルゲス電機では、一万キロワットの発電能力を持つ黒鉄製発電プラントを商品化する事にした。


 この商品化には、イギリスのリゼール研究所を通じて提携した電力会社であるSAエナジーも協力している。俺はリゼール研究所と組む事にしたのだ。


 菅沼社長の発案で資源エネルギー庁に働き掛けて、開発に協力をお願いした。資源エネルギー庁の長官である高橋たかはしは官僚らしくない人物で、日本のためになると判断したら臨機応変に動いてくれるらしい。


「その黒鉄製発電プラントは、いくらで販売するつもりなのです?」

 俺が菅沼社長に質問する。

「四十億円ほどでは、どうでしょう?」

「火力発電より少し高く、という事ですか?」

「はい、励起魔力発電システムは燃料費が必要ない代わりに、整備費が高額になりますから、それらを考慮して計算しました」


 火力発電プラントなら三十五億円ほどになるはずだ。それに比べて四十億円というのはどうだろう? 確かに整備費が高額になるのは事実だが、それより火力発電の燃料費が高いと思う。菅沼社長は安く売ってシェア拡大に力を入れようという考えらしい。


 だが、シェア拡大より利益優先にしたい。と言うのは、黒鉄を使用しているので、それほど量産できないと考えているからだ。


 黒鉄製発電プラントで確実に利益を上げ、その利益で量産できる鋼鉄製発電プラントを開発しようと考えたのだ。俺は販売価格を火力発電プラントの倍にしようと提案した。


「燃料費が必要なくなるというのは、大きなメリットです。ですが、価格を倍にして売れるでしょうか?」

「高額になった分は、削減された燃料費の四年分で取り戻せます」


 リゼール研究所にも相談してみた。すると、火力発電の倍という価格は妥当であるという答えが返ってきた。イギリスでは電力需要が多い都市の近くに新しい発電所を建設し、黒鉄製発電プラントを設置する計画が進んでいるらしい。なぜ都市の近くなのかというと、送電ロスを防ぐためである。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 何ヶ月も経済活動を中心に仕事をしていたら、無性に旅行へ行きたくなった。慣れない仕事をして、ストレスが溜まっているのだ。そこでアリサと一緒に九州の温泉地へ行く事にした。


 目的地は大分県の別府温泉である。俺たちは列車に乗ってのんびりと九州まで向かった。

「一緒に温泉なんて、初めてじゃない?」

 アリサが嬉しそうな声を上げる。

「そうだな。美味しいものを食べて、ゆっくり温泉に入ろう」


 アリサが後方の席をチラリと見た。

「ところで、何で尾行されているの?」

 渋紙市の駅から、二人の男が尾行しているのは気付いていた。それにアリサが気付いたようだ。


「アルゲス電機の件かな。もしかすると、新聞記者かも」

 アリサが首を傾げる。

「新聞記者にしては、人相が悪いけど」

「途中でいてから、ホテルに行こう」

 アリサが面白くなったという顔をして頷いた。


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【あとがき】

『生活魔法使いの下剋上』の書籍化を担当する編集部からの企画で、1/27(金)12:00にWEB版をフォローしている読者に宣伝メールが送信する事になりました。

限定SSも収録されていますので宜しくお願い致します。

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