第17章 停滞する世界とエネルギー革命編

第726話 励起魔力発電システム

 D粒子の雲が地球を覆った時、集積回路などの精密電子部品が使えなくなった。そのせいで最先端の電子機器が使えなくなり、エネルギー産業や農業にも影響が及んだ。


 石油の産出量は以前の三割ほどに減り、石炭も七割ほどに落ち込んだのだ。しかも、原子力発電所が停止して電気エネルギー不足となった。


 人々はダンジョンから産出される魔石を燃料として電気を作り出す魔石発電炉に希望を託したが、魔石は冒険者が命を賭けて魔物と戦い手に入れるものであり、産出量を簡単に増やせるものではなかった。


 そのエネルギー不足に一つの希望が生まれた。俺と天音が考えていた魔導工学を使った励魔術の実現と、その励魔術から生み出される励起魔力を使った発電である。俺たちはそれを『励起魔力発電システム』と名付けた。


 俺は励魔術を使って発電する魔法を開発し、それを魔法回路コアCにすれば解決するのではないかと考えた。だが、試しているうちに魔法回路コアCに重大な限界がある事が分かった。


 魔法回路コアCの耐久回数である。組み込む魔法にもよるのだが、魔法回路コアCは五百回ほど使用すると耐久限度が来て崩壊するのである。


 魔法を普通に使う場合なら、五百回もあれば十分である。だが、発電という目的だと十分ではなかった。魔法回路コアCが大量生産できるものなら方法もあっただろうが、貴重なゴーレムコアが必要なので大量生産はできない。


 俺の研究が行き詰まった頃、天音が励起魔力発電の開発に参加したので、それぞれが別の角度から研究を進めるという事になった。


 そんな時、俺が鳴神ダンジョンから『励魔術の応用』の本を持ち帰った。海底城を調査してタペストリーと本を発見した事は冒険者ギルドにも報告した。但し、タペストリーについては写真も提出したが、本についてはタイトルしか報告しなかったので、本の中身は俺だけが知っているという状況である。


 俺はアリサに天音を呼ぶように頼んだ。

「用件を聞いてもいい?」

「ダンジョンで『励魔術の応用』という本を発見した。俺と天音が研究している励起魔力発電にも関係しているようなんだ」


「へえー、凄いものを手に入れたのね。少し見せてよ」

 俺は『励魔術の応用』をアリサに渡した。アリサは神殿文字も勉強しているので九割ほどは読める。ただ専門用語を使っている部分は、難しいらしい。


「アリサ、何を読んじぇるの?」

 ハムスター型シャドウパペットのマリオンがアリサが座っている椅子に跳び上がり、アリサの膝の上に乗った。マリオンはまだ訓練中だが、自由に動き回り、発音にちょっと問題があるが喋れるようになっていた。


 ちなみに、俺のハムスター型シャドウパペットである忠次郎は、亜美に譲った。忠次郎と亜美のハムスター型シャドウパペットの桜は兄妹のように仲良くなっており、引き離すのが可哀想になったのだ。


「『励魔術の応用』という本よ」

 マリオンはアリサの膝の上から背伸びして本を読み始めた。メティスが神殿文字を教えたので読めるのだ。


「読めるけど、分かんない」

 マリオンは励魔術を知らないので、内容を理解できなかったらしい。予備知識がないので理解できないのも仕方ないだろう。それに喋り方も幼い感じがする。これは個性なのかもしれない。


 アリサは天音を屋敷に呼んだ。挨拶した天音がアリサに視線を向ける。

「いきなりどうしたの?」

「凄い発見があったの。それが励起魔力発電に関係するものだったので、天音を呼んだのよ」


「という事なんで、作業部屋に行こう」

 俺が言うと、天音が頷いた。俺は作業部屋に移動すると、『励魔術の応用』を取り出して天音に見せた。


 天音は本を手にとってパラパラとめくってみたが、天音には読めない。

「読めません」

「これは『励魔術の応用』という本なんだ」

「どんな内容なんですか?」


 俺は本に何が書かれているかを説明した。その中にD粒子を制御する方法として、励起魔力を結界のように使いD粒子を操作する方法が書かれていた事を教える。


「その励起魔力結界は、魔法で作り出すのですか?」

「いや、魔道具で実現できるらしい。但し、相当な強度が必要で小型化するんだったら、材料に朱鋼以上に頑丈な素材が必要だ」


 朱鋼を使えば、縦・横・高さのそれぞれが五十センチほどのサイズになる励起魔力発生装置が作れるようだ。


「グリム先生、まず試作品を作って見ましょう」

 天音が目を輝かせて言った。

「分かった。そうしよう」


 その日から、俺と天音、それにアリサを加えた三人で励起魔力発生装置の開発が始まった。と言っても、開発に専念できた訳ではない。


 天音は工房に注文があれば、その製作をしなければならないし、アリサもモイラや咲希、チサトの育成や他の研究があったからだ。俺も封鎖ダンジョンに潜ったりして冒険者の活動をしていたので、専念できなかったのだ。


 冒険者としての活動をしなければ、A級ランキングの順位が下がる。それでは特級ダンジョンに潜れなくなるので冒険者の活動を続けざるを得ない。


 秋になって封鎖ダンジョンが解除され、俺は潜って生活魔法の『才能の実』と『限界突破の実』を一つずつ手に入れた。『才能の実』は千佳、『限界突破の実』は根津に渡す。千佳は『C+』から『A』に、根津は『C』から『C+』になった。


 千佳はA級を目指すと言っていたので、才能が『A』になった方が良いだろうと考えたのだ。ちなみに、魔法レベルは『20』になって限界だったらしい。


 開発に集中していた訳ではないが、着実に試作品は完成に近付き、季節が冬になったある日に小型励起魔力発生装置の試作品が完成した。


 グリーンアカデミカの鍛冶工房で、俺とアリサ、天音が小型励起魔力発生装置を見下ろしていた。

「とうとう完成です」

 天音が感無量という感じで言った。開発を開始してから半年が経っている。画期的な発電システムの開発期間としては短いが、『励魔術の応用』という大きなヒントがあったからだ。


 俺たちは小型励起魔力発生装置を鍛錬ダンジョンに持ち込み、そこで動かしてみる事にした。


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