第727話 励起魔力発生装置のテスト

 鍛錬ダンジョンに入った俺たちは、一層を最短ルートで通過して二層に下りた。八つの連なる山を見ながら、奥の岩山へ向かう。


「ここら辺で、試してみよう」

 他の冒険者が居ない場所で、小型励起魔力発生装置を地面においてスイッチを押した。小型励起魔力発生装置は周囲からD粒子を吸い込み、装置内部で二つの塊に分けた。双方ともテニスボールほどの大きさをしており、励起魔力の結界に包み込まれている。


 その二つが回転を始めた。左右に分かれた塊は同じ方向ではなく逆向きに回転をしており、それが次第に高速になっていく。そして、二つが車のタイヤのような円盤状に変形した後、両側から押し付けられた。


 左右に分かれて逆回転するD粒子の円盤が接触した瞬間、D粒子同士がぶつかって一部が励起魔力に変換されて流れ出した。


 小型励起魔力発生装置の導線から外部に流れ出した励起魔力は、周囲に広がり始める。

「第一段階は成功です」

 天音がホッとしたように言った。俺もホッとする。


 アリサが俺に顔を向ける。

「この励起魔力が、どれほどのエネルギーか、計算できる?」

「励起魔力の形だと難しいな。これを熱エネルギーに変換する方法もあったから、そうしてから計算しよう」


 試しに、長時間稼働させても大丈夫かを試してみた。およそ二時間ほどで最初に吸い込んだD粒子を消費し、励起魔力が途切れる。


「D粒子が尽きるまで、ちゃんと動いたか。最初のテストは成功だな」

「帰ったら、分解してチェックします」

 天音が張り切って言った。


 俺は頷きながら小型励起魔力発生装置を仕舞う。

「問題は連続運転だな。連続で運転できないと発電システムには使えない」

 アリサが頷いた。

「どうやってD粒子を補充するかね。回転しているD粒子の円盤に補充するのは難しいんじゃないの?」


 それを聞いた天音が頷いた。

「そうなの。円盤の中心軸から補充するしかないと思うのだけど、難しいのよ」


 俺たちは地上に戻り、小型励起魔力発生装置を一度分解してチェックした。大きな問題はないようだが、一部に不具合があり、改良が必要な点も発見された。


 俺たちは何度もテストを繰り返しながら改良を加え、連続運転も可能な試作品を作り上げた。その試作品は励起魔力を熱に変換し、その後に電気に変換する仕組みになっていた。その電気エネルギーを計測する。


 熱でエネルギー量を計測しても良かったのだが、熱の単位であるジュールで言われても、ピンと来なかったのだ。


 小型なのに出力されるエネルギー量は多く、熱を電気に変換した場合の電気出力は千七百キロワットほどになった。但し、励起魔力から熱、熱から電気へと変換する過程でロスするエネルギーがあるので、元の励起魔力がどれほどのエネルギーかを計算するのは難しい。


 火力発電の発電設備一基で最大のものが、百万キロワット級だと聞いた事がある。それに比べれば、千七百キロワットなど小さいが、発電所の発電設備と試作した励起魔力発電システムは規模が違う。試作品は軽トラに載せられるほど小さいのだ。


「ここまで来たら、魔法庁に魔導特許として登録しよう」

 天音が不安そうな顔をする。

「登録は賛成なんですが、勝手に真似して励起魔力発電システムを製造する者が、出て来ませんか?」


「そうしようとする者は居ると思うけど、発明の内容を魔導特許と営業秘密に分けて保護するようにすればいいと弁護士から聞いた事がある」


 俺はシャドウパペットなどの魔導特許を持っている。それを魔法庁に登録する時に、弁護士に相談したのだ。その時に聞いた情報である。


 魔導特許は公開されるが、営業秘密は非公開だという話だった。

「この時点で魔導特許を登録するのは、どうしてなの?」

「この先は、発電機を製造するメーカーや電力会社の協力が、必要だと考えているからだ。特に発生した熱を電気に変換する部分は、メーカーに任せた方がいいと思う」


 発電に関して素人の俺たちが、発電設備全ての製造を行うというのは無謀だと考えたのである。それに半年以上開発を続けている。そろそろ休暇をとっても良い頃だ。


 俺たちは魔法庁に励起魔力発電システムの魔導特許を出願した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 イギリスのシンクタンクであるリゼール研究所は、最近になって日本の魔法庁に登録される魔導特許のチェックを行い始めた。それは日本で重要な魔導特許がいくつか登録されたからだ。


 逸早いちはやく重要な魔導特許の内容を知り、調査した後にイギリスの企業に仲介するというのが目的である。リゼール研究所は元々最新技術を調査し、企業に紹介して新しい事業を提案するのが仕事であったが、それを魔導特許にまで広めたのだ。


「所長、また日本の魔法庁に重要だと思われる魔導特許が登録されたようです」

 魔導特許部門の責任者であるダルトンが、パークス所長に報告した。

「ほう、どんな魔導特許なのかね?」


 パークス所長は一見優しそうな紳士だが、本質は貪欲な男だった。

「それがD粒子から『励起魔力』というものを発生させる発明らしいのです」

 所長は首を傾げた。『励起魔力』という日本語らしい単語は、初めて聞いたからだ。


「その励起魔力というのは、何なのだ?」

「魔力をパワーアップしたようなエネルギーなのだそうです」

「ふむ、それが重要だと判断した理由は?」

「励起魔力を電気に変換できるからです」


 パークス所長が目の色を変えた。

「何だと! それは本当なのか?」

「事実です。日本の魔法庁が確認しています。ただ規模が分からないのです。発電所を建設できるほどなのか、小型発電機程度なのか、はっきりしていません」


「燃料は何になるのかね?」

「始動時に、励起魔力が必要なのですが、動き出してしまえば発生した励起魔力が使えるので、燃料は必要ないらしいのです」


「それはあり得ない。神ではないのだから、無から有は生み出せないはずだ」

「そういう意味でしたら、周囲のD粒子を燃料にしているようです」


「歴史に残るような画期的発明じゃないか。素晴らしい。もう少し情報を集めてくれ」

「分かりました」


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