第725話 鳴神ダンジョンの海底城
俺は久しぶりに冒険者ギルドへ向かった。何か用があるという訳ではなく、資料室で最新の情報をチェックしようと思ったのだ。
俺が冒険者ギルドに入ると、受付のマリアが声を掛けた。
「グリム先生、時間がありましたら、支部長室へお願いいたします」
支部長が、俺に話があるらしい。何かあったのだろうか? 俺は支部長室へ向かう。
支部長室に入ると、支部長が何か資料を用意していた。
「支部長、何か用ですか?」
「急ぎの用ではないのだが、グリム君に頼みたい事があるのだ」
「何でしょう?」
「政府は邪神眷属対策チームを育ててくれた事に、感謝している」
「あれはエルモアの仕事です」
「いや、そのエルモアを貸してくれたのは、グリム君だ」
支部長の話では、先月北海道のダンジョンから、邪神眷属の宿無しが外に出たらしい。その宿無しはゴブリンキングで、ダンジョンの管理をしていた冒険者ギルドの職員に怪我を負わせて山の中に消えたという。
その後、邪神眷属対策チームに討伐の命令が出て、チームは北海道へ飛んだ。そして、警察と協力して山狩りを行い、無事にゴブリンキングを討伐したらしい。
「それらの実績を認めた政府は、邪神眷属対策チームの顧問に、グリム君を迎えたいと言っているんだ。これが待遇などが書かれた資料になる」
「お断りします」
俺は考えるまでもなく即答した。支部長が困ったような顔をする。
「ちょっとは考えてくれよ」
「考えても同じです。お断りします」
近藤支部長が溜息を吐いた。
「まあ、そう言うだろうと思っていたよ。この件は仕方ないと思っている。たぶん日本政府だと、大きな権限を与えてくれないだろうし、報酬も大した額は出せない」
アメリカではステイシーに大きな権限と資金を与え、その能力を発揮できる環境を整えてくれたらしい。だが、日本政府が民間人に大きな権限を与えてくれるとは思えない。そんな名前だけの役職など欲しくなかった。
「用件がそれだけなら、失礼します」
「待ってくれ。もう一つあるのだ」
「と言うと?」
「ミスター・ジョンソンとミスター・ハインドマンが、鳴神ダンジョンをチェックした時、二十四層の海に大きな魔力を持つ存在がヒットしたらしい」
「二十四層の海なら、シーサーペントじゃないのですか?」
「結果的には、シーサーペントの亜種だったらしい。だが、そいつと戦って倒し、ドロップ品を回収している時に、海底に城を発見したそうなのだ」
「海底城ですか。ジョンソンさんたちは調べたんですか?」
「時間がなかったので、少しだけ調査してから戻った、と言っていた。調査は不十分であり、探せば何か発見できるかもしれない」
「俺に調査して欲しい、と言うんですか?」
「鳴神ダンジョンで活動している冒険者の中で、二十四層の海を調査する適任者は、君しか居ないのだよ」
「どうしてです? 後藤さんが居ますよ」
「彼は海中での活動が苦手で、シャドウパペットに任せているそうだ」
そうだった。ほとんどの冒険者は、水中での活動が苦手だったのだ。もちろん、攻撃魔法や魔装魔法にも水中活動を支援する魔法は存在する。
しかし、生活魔法の『アクアスーツ』や『ライトアクアスーツ』のように、水中戦を想定した本格的な魔法はないようだ。
「分かりました。俺も興味がありますから、調べてみます」
「感謝する。報告も頼むよ」
面白い事を聞いた俺は、準備をしてから鳴神ダンジョンへ向かった。
鳴神ダンジョンで活動する冒険者は、年々増えているようだ。ダンジョンハウスでチームの仲間を待っている冒険者も多く居て活気がある。
着替えてダンジョンに入ると、一層の転送ルームへ行った。そこから二十五層へ移動して二十四層へ進む。そして、『アクアスーツ』を使って海中を海底城へ向かった。
この海にはプチロドンや巨大ウツボが多いので面倒だ。ジョンソンたちはどうやって調査したのだろうか? スキューバダイビングの装備で潜ったのか?
海中を進んでいるとプチロドンが近付いてきた。オムニスブレードを構えた俺は、迫って来るプチロドンの頭に神威エナジーの刃を叩き付けた。頭を割られたプチロドンが、海中で消える。
魔石が海底へと落ち始めると、ネレウスが追い掛けて回収する。そうやって魔物を倒しながら海底城まで来た。
この海底城は竜宮城のように海中に建てられた城ではなく、地上に建てられた城が海に沈んだもののようだ。竜宮城なら鯛やヒラメの舞い踊りが見れたのに、などと馬鹿な事を考えながら城に近付く。
城はドイツのホーエンツォレルン城に似ていた。地上では壮麗で重厚な城だったはずの城が、暗い海底で眠っているように見える。水中カメラを取り出した俺は、何枚か城の写真を撮った。
城の中に入ると、慎重に一つ一つの部屋を確認する。もちろん、中は暗いので暗視ゴーグルを装着していた。一時間ほど経過した頃、四十畳ほどもありそうな広間を発見。
何だ? 広間の壁にタペストリーが飾られていた。不思議な事に、海中で波打つタペストリーは全然劣化していなかった。そのタペストリーに描かれているのは、ダンジョン神と邪神ハスターが戦う絵だった。
俺がダンジョン神と呼んでいるのは、本当の神である『摂理の支配者』ではなく、外なる神『混沌の化身』と戦った後に『摂理の支配者』が代理として用意した神の事である。
ダンジョン神の手には神剣ヴォルダリルらしい剣が握られており、その切っ先から黒い帯のようなものが放射され、邪神ハスターを切り裂いている。
俺は水中カメラでタペストリーの写真を撮った。それから探索を続け、書庫を探し当てた。ほとんどの本は水に浸かってダメになっていた。
だが、一冊だけ革のようなもので密閉されている本があり、それを回収し収納アームレットに仕舞う。その後、時間を掛けて調べたが、収穫はタペストリーと一冊の本だけだった。
ただ空になった宝箱がいくつかあったので、ジョンソンたちが中身を回収したのだろう。さすがA級冒険者だと言うしかない。海底城は広いので一回の調査で全てを調べられない。俺は本を回収した時点をもって、今回の調査を終了にした。
地上に戻った俺は一冊だけ回収した本を調べようと思い、ダンジョンハウスで本を取り出して包んでいる革を開ける。すると、『励魔術の応用』という本が出てきた。
中身を読んでみると、励魔術の基礎原理とその応用方法が書かれていた。その中に天音が研究すると言っていた魔導工学による励起魔力の発生に応用できそうな方法も書かれていた。
「面白いな。これは大発見かもしれないぞ」
『何が大発見なのです?』
「この本に、新しい発電システムを構築できるヒントが、書いてあったんだ」
『規模は原子力に匹敵するものなのですか?』
「それは分からない。だが、一千キロワット程度の発電システムだったとしても、燃料が不要なので画期的な発明になる」
この時代はエネルギー不足で、人類の活力が停滞していた。そのエネルギーもダンジョンから産出する魔石を頼りにしているので、価格が高いものになっている。
活気のある産業がダンジョンに関係するものだけという世界において、もしコストが安い発電システムが開発されれば、人類全体にとって福音となるだろう。
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【あとがき】
今回の投稿により、『第16章 巨獣と躬業編』を終了します。
次章も宜しくお願いします。
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