第702話 レベッカの交渉

 レベッカとの話を終えた俺は、冒険者ギルドの近くにあるホテルに泊った。部屋に入ると、影からエルモアを出してから『界理の宝珠』を取り出す。


『躬業の宝珠を使うのですか?』

「ああ、この躬業は空間に関するものだ。<空間振動>や<編空>、<跳空>の特性を使った魔法を創る時に役立つと考えたんだ」


『なるほど、そうかもしれません』

 俺は部屋のベッドに横になると、『界理の宝珠』に魔力を流し込んだ。その瞬間、意識が途切れて気付いた時には、部屋の天井近くに浮いていた。また幽体離脱したらしい。


 その状態で空間を漂っていると、膨大な知識が流れ込んで来て、俺の魂に刻まれた。界理は次元を超えた空間を見る事ができる目だった。俺の意識が神威エナジーを消耗して次元を超え、別次元の空間に干渉できるらしい。但し、今のところ干渉力が弱く、大した事はできないようだ。


 俺は魂を身体に戻して起き上がった。

『界理を手に入れたのですか?』

「ああ、使い熟すには時間が掛かりそうだけど、面白い躬業だ」

 界理と心眼を同時に使えば、転送ゲートの原理も分かるかもしれない。まあ、そんな研究をしている暇は、当分なさそうだけど。


 俺はホテルで一泊した翌日、日本へ戻った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 レベッカは『魔儺の宝珠』をどうするかで悩んでいた。アメリカ政府はエリア51の事件を契機に、躬業の宝珠を探していた。レベッカにも躬業の宝珠を手に入れたら、多額の報酬と冒険者ギルドの実績ポイントを与える事を約束していた。


 金も欲しいが、A級三位というポジションを守るために実績ポイントも欲しい。そして、『魔儺の宝珠』という躬業の宝珠を実際に手に入れると、今度は『魔儺の宝珠』をアメリカ政府に渡すのが惜しくなった。


 それだけ『魔儺の宝珠』は魅力的な力だったのだ。だが、レベッカもそろそろ引退を考える時期だという自覚がある。このタイミングで力を追い求めても、冒険者人生の最後に重大な過ちを犯す事になる。


 考え抜いた末に『魔儺の宝珠』を使ってアメリカ政府と交渉する事にした。飛行機でアメリカに飛んだレベッカは、賢者のメリッサ・ステイシーと、そのオフィスで面会した。


「レベッカ・ションティさんでしたよね?」

「ええ、レベッカと呼んでください」

「なぜ、魔法庁の長官ではなく、ダンジョン対策本部の本部長である私に?」


 レベッカのアメリカ側担当は、魔法庁長官ランドルだったので、何かを交渉するならランドル長官と交渉すべきだとステイシーは考えた。


「これから話す事の重要性を一番理解できるのは、賢者であるステイシー殿だと考えたのです」

 ステイシーは探るような視線をレベッカに向けた。その視線を受け、レベッカがニコリと微笑む。


「いいでしょう。話を聞きます」

 レベッカはピサダンジョンで石碑群を調査した事と、その石碑に躬業を得る情報が刻まれていた話をした。


 それを聞いたステイシーは身を乗り出して話の続きを促した。

「私とグリムは、二十五層の中ボス部屋へ行き、フェンリルの像を破壊しました。その瞬間、転送の仕組みが動き出したのです」


 レベッカはバハムートと戦い倒した事、それから躬業の宝珠を得た事を話した。

「なるほど、あなたとグリムが、それぞれ躬業の宝珠を手に入れたのですね?」

「ええ、これです」

 レベッカは躬業の宝珠を取り出し、ステイシーに見せた。

「その宝珠をアメリカ政府に売ってくれるという事で、いいのかしら?」


 それを聞いたレベッカは静かに首を振って否定する。

「どういう事?」

「売るのではなく、あるものと交換したいのです」

「あるものというのは?」


 レベッカが真剣な目でステイシーを見詰めて口を開いた。

「アメリカ政府が所有している『賢者システムの巻物』です」

 それを聞いたステイシーが驚いて立ち上がった。

「どこから聞いた?」


 アメリカ政府が所有している『賢者システムの巻物』というのは、ステイシーが冒険者育成庁長官だった頃に起きた事件で手に入れたものである。


 その頃、才能がある少年少女を集め、何とか賢者にしようとダンジョンで活動させていた。そして、攻撃魔法使いの少年が、宿無しのブルーオーガと相打ちになるという事件が起きた。その時のブルーオーガが『賢者システムの巻物』をドロップしたのだ。


 しかし、その巻物を使うはずの少年が相打ちとなって死んでしまった。結局、巻物だけがアメリカ政府に残ったのである。


「それは秘密です。それより攻撃魔法の賢者システムと躬業の交換という提案は、如何ですか?」

「その躬業というのは、本当に賢者システムに匹敵するものなの?」


 レベッカは『魔儺の宝珠』について説明した。それを聞いたステイシーは考え込んだ。『魔儺の宝珠』は想像以上に魅力的な躬業だったからだ。


 アメリカ政府が『賢者システムの巻物』を使わなかったのには理由がある。相打ちになって死んだ少年の親と裁判になり、『賢者システムの巻物』が裁判所に差し押さえられていたのだ。


 裁判が終わって『賢者システムの巻物』が死んだ少年の所有物と決まり、アメリカ政府が買い取った。政府側の弁護士は『賢者システムの巻物』を隠しておけなかったのかと思ったらしいが、その存在を知っている人間が大勢居たので隠せなかったらしい。


「なるほど、『魔儺の宝珠』は賢者システムに匹敵するかもしれないわね」

「『魔儺の宝珠』の希少性は、賢者システム以上です。賢者システムはいくつも発見されていますが、『魔儺の宝珠』は一つだけなのです」


「しかし、賢者システムなら、魔法を創れるようになるから、大勢の人が恩恵を受けます。しかし、『魔儺の宝珠』は違います」


 ステイシーの反論にレベッカが笑う。

「ふふふ……、ステイシー殿も気付いているでしょう。攻撃魔法の賢者が『魔儺の宝珠』を使えば、魔儺を使った魔法を創れるはずです」


 ステイシーは頷いた。

「いいでしょう。政府と交渉します」


 その後、ステイシーは政府と交渉して『賢者システムの巻物』と『魔儺の宝珠』を交換する許可をもらった。


 アメリカ政府は『賢者システムの巻物』なら後で手に入れられるが、『魔儺の宝珠』を手に入れるのは難しいと判断したらしい。


 『賢者システムの巻物』を手に入れたレベッカは、攻撃魔法の新しい賢者となった。そして、『魔儺の宝珠』を使ったステイシーは、魔儺を使った攻撃魔法の開発を始めた。


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