第698話 A級ランキング三位

 帰国した俺たちは、屋敷で『アクアスーツ』の簡易版について話し合った。

「『アクアスーツ』は、水中で高速移動するために強力なエネルギー源が必要だったから、励魔球を使用しているのよね?」


「そうだよ」

「高速移動を諦めれば、励魔球なしでも大丈夫なんじゃないの?」


 <励起魔力>の特性を使う事で、習得できる魔法レベルは大きく上がってしまう。そこで<励起魔力>の特性を省けないかと、アリサは考えたのだ。


「しかし、<励起魔力>を使わないと短時間しか使えなくなる」

「そうなの?」

 俺は頷いた。それだけ励魔球から生み出される励起魔力は、強力なエネルギーなのだ。


「励魔球を小さくする事はできる?」

「できるけど、それでも使用時間は短くなる」

「速度を時速三十キロほどにした場合は、どれほど潜っていられるのかしら?」


 俺は賢者システムを立ち上げてシミュレーションしてみた。すると、二十分ほどという計算になる。

「二十分ほどだな」

「水中の魔物と戦うには、十分な時間だと思う。でも、海で遊ぶのに使うには不十分かな」


「でも、スキューバダイビングで、大きなタンクを背負って潜った場合でも、長くて一時間ほどだと聞いた事がある。二十分潜って、また浮上して魔法を使えばいいんじゃないか?」


「そうね。でも、スーツ部分を諦めてブレスマスクだけを作る魔法なら、どう?」

「それだと、励魔球は必要ないな。普通の魔力を使っても、四十分ほど使える魔法になるんじゃないか」


 アリサと相談しながら、『ライトアクアスーツ』という生活魔法を創り上げた。<励起魔力><分子分解><ベクトル制御><衝撃吸収>の四つの特性を使い、最高時速三十キロで二十分ほど使える魔法になった。しかも、習得できる魔法レベルをぎりぎり『15』にしたので、魔法才能が『C』の者でも頑張れば使えるようになる。


 『ブレスマスク』の生活魔法については、アリサが『ライトアクアスーツ』を基にアレンジして作成する事にした。これは<分子分解>の特性を使うだけなので、習得可能な魔法レベルは『6』になると思う。


 アリサと一緒に屋敷で暮らすようになって一ヶ月、ようやく新しい生活に慣れた頃にエルモアが戻ってきた。


「対策チームはどうなった?」

『『ホーリークレセント』を習得できる魔法レベルにまで、鍛えました』

「へえー、三ヶ月でそこまで鍛えたのか。スパルタだな。どうやったんだ?」


『一日置きにダンジョンに潜って、魔物を倒し尽くすという訓練をしてもらいました』

「冒険者なら訓練じゃなく実戦なんだが、邪神眷属対策チームにとって訓練になるのか」

『魔物を倒すノウハウを教えて、効率よく倒せるようにしましたから、それで魔法レベルの伸びが良くなったのでしょう』


 メティスは指導する相手が鍛えられた警察官だけだったので、かなり無理したスケジュールでチームを鍛えたらしい。


しごかれた警官たちは大変だったかもしれないが、結果オーライかな」

『オーストラリアはどうでした?』

「楽しかったですよ。次に行く時は、メティスも一緒に行きましょう」

 アリサが微笑んで答えた。それから創った『ライトアクアスーツ』と『ブレスマスク』について知らせた。


 季節は冬になり、この地方では珍しく雪が積もった。久しぶりに暖炉に火を入れ、アリサと二人で揺れる火を眺めながら話し始めた。


「魔法庁に登録した『ライトアクアスーツ』と『ブレスマスク』だけど、『ブレスマスク』がオーストラリアで好調だそうよ」


「『ライトアクアスーツ』は習得できる生活魔法使いが少ないから、仕方ないだろう。それに季節を考えると、オーストラリアで好調というのも頷ける」


 話している途中で、根津が来て話に加わった。

「グリム先生、ようやく魔法レベルが『15』になりましたよ」

 根津は魔法レベルが『15』になるまで、三年ほど掛かっている。なのに、対策チームの者は数ヶ月で『15』になったのは、不思議な気がする。


 しかし、考えてみると、対策チームの警官たちは、資料が揃っているダンジョンへ潜って魔物を倒し、戻って来るだけだったのでダンジョン探索のやり方についてはほとんど知らない。魔物を倒す技術の習得以外は、ほとんどパスした状態なので、対策チームを辞めて冒険者に転職したとしても苦労するだろう。


 それに根津は魔法レベルが『15』で習得できる生活魔法はほとんど習得しているが、対策チームの者たちはメティス=エルモアが指定した魔法だけを習得している状態なので、追加で学ぶ時間も必要だろう。


「冒険者ギルドで聞いたのですが、イタリアのピサダンジョンで、新たな石碑群が発見されたそうですよ」

 根津が新情報を教えてくれた。

「石碑に書かれていたのは、どんなものだったのだろう?」

「それについては、調査中だそうです」


 気になった俺は、フランスのエミリアンに電話を掛けて聞いた。その石碑群には躬業みわざについての情報が書かれていたものがあったらしい。


 俺が石碑群について考えているとアリサが直接見に行けば良いと言う。

「ここで悩んでいても仕方ないから、行ってみるか」

 アリサを誘ったが、研究したい事が溜まっているので留守番するという。俺は一人でイタリアへ行く事にした。


 イタリアの冒険者ギルドに連絡すると、地元の冒険者が調査に向かうというので、一緒に連れて行ってくれるように頼み、承諾されたので急いで準備をしてイタリアへ飛んだ。


 イタリアの空港では冒険者ギルドの職員であるダルボラが迎えてくれた。

「グリム先生、イタリアへようこそ」

 俺は挨拶してピサダンジョンへの案内を頼んだ。

「任せてください。ところで凄い情報が入ったのです」


 俺は首を傾げた。何の情報だか見当も付かなかったからだ。

「その情報というのは?」

「A級ランキング三位のレベッカ・ションティさんが、調査に参加すると言い出したのです」


「へえー、業績と名前しか知らないが、凄い人なんだろうな」

「一部では『鋼鉄の女』と言われている女傑です。お会いできるのが楽しみですよ」


 俺たちはピサダンジョンへ向かい、ダンジョン前でレベッカに会った。A級三位の冒険者であるレベッカは、四十代半ばの意思の強そうな攻撃魔法使いの女性だった。俺はレベッカを見て、アメリカのステイシーを思い出した。


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