第697話 オーストラリアでのハプニング
メティス=エルモアが邪神眷属対策チームの教官をしている間に、俺とアリサの結婚式が行われた。盛大な式ではなく、家族と数人の友人だけで行われた結婚式だった。俺の家族として出席したのは、ジービック魔法学院の鬼龍院校長だけである。
純白のウエディングドレスを着たアリサは、目が
結婚式と披露宴は質素に行ったので、ハネムーンは豪華にオーストラリアで楽しむ事に決めていた。最初はヨーロッパと考えていたのだが、俺はヨーロッパで有名になっているようなので、オーストラリアに変更したのだ。
飛行機で日本を発った俺たちは、まずメルボルンへ行って聖パトリック大聖堂の見物やカジノで楽しんだ。それからグレート・オーシャン・ロードの海岸の風景を楽しみ、ケアンズに移動してから、船を借りてグレートバリアリーフの世界最大の珊瑚礁を見物する。
「こうしてずっと過ごしたいわ」
「こういうバカンスは、期間が決まっているから楽しいんだよ」
俺がアリサの肩を抱きながら海を眺めていると、後ろの方で咳払いが聞こえた。
「お二人は新婚なのですか?」
船の船長が質問した。
「ええ、そうですよ」
船長は祝福してくれた。そして、とっておきの場所を案内してくれると言う。
「ここから北に九キロほど行ったところなんですが、赤珊瑚が綺麗なんですよ」
赤珊瑚が綺麗な海を見物した俺とアリサは、オーストラリアの春を楽しんだ。オーストラリアはこれから暑くなるが、日本は寒くなる。
ホテルに戻って少し休んでからレストランへ向かう。そのレストランに有名人が居た。オーストラリアの俳優兼冒険者であるC級のエディ・カッセルズである。何だか荒れた様子で酒を飲んでいる。
「あの人、エディじゃない」
アリサも気が付いたようだ。
「ああ、魔装魔法使いであり、映画俳優でもあるエディ・カッセルズだ」
俺は映画をあまり見ないので、名前と顔を知っている程度だが、アリサは映画に出演していたエディの演技を見た事があるらしい。
エディは結婚したい男のランキングで毎年名前が挙がるほどモテるらしい。羨ましくはない。俺よりもモテる男は掃いて捨てるほど居るので、その中の一人というだけだ。俺はアリサの愛があれば、他は何も要らない。……いや、やっぱり金はあった方が良いかもしれない。
トイレに行っている間に、俺の席にエディが座っていた。どうやらアリサを口説いているらしい。アリサは迷惑そうな顔をしている。
「君、そこは俺の席だ。どいてくれ」
俺が言うと、かなり酔っているらしいエディがムッとした顔になる。
「五月蝿いな、男には用がないんだ。引っ込んでいろ」
オーストラリアの癖がある英語は聞き取り難かったが、何とか理解できた。実力行使するのは早いと判断した俺は、レストランのウェイターを呼んで、どうにかしてくれと告げる。
「わ、分かりました」
ウェイターはもう一人のウェイターを呼んで、二人掛かりでエディを元の席に戻そうとした。その様子を見ていた周りの客が騒ぎ始めた。
「あれはエディじゃない。いやだ、酔っ払っているみたいね」
女性の声が聞こえてきた。
「声が大きいぞ。最近はいい役がもらえないから、機嫌が悪いんだろう」
しっかりと聞こえた。あんたの声も大きいと指摘したくなった。
アリサが席を立って、俺の傍に歩み寄る。
「大丈夫だったか?」
「ええ、付き合えと言われただけよ」
その時、エディが二人のウェイターを突き飛ばして戻ってきた。エディは身長百九十センチほどで、俺より体格が良い。
「その目が気に入らんな。お前は冒険者か?」
「そうだ。あんたも冒険者なら、酔っ払って暴れるな。冒険者の質が落ちたと思われる」
「何だと、どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。俳優としても問題になるんじゃないのか」
それを聞いたエディが何を思ったのか、体内の魔力を循環させてウォーミングアップを始めた。俺とアリサは同時に顔をしかめた。
エディの身体から魔力が溢れ出すと、近くの客の中から心臓を押さえて苦しそうな表情を浮かべる人が現れる。
酔っ払って周りが見えなくなっているな。
「何とかしないと」
アリサが言った。俺は水が入っているコップを掴むと、その水をエディに浴びせた。
「頭を冷やせ」
水を浴びた事でウォーミングアップは止まった。次の瞬間、エディが襲い掛かってきた。しかも、俺に対して飛び膝蹴りを繰り出すという暴挙である。
迫って来る膝を躱しながら、その膝を両手で捕まえ持ち上げる。エディは空中でバランスを崩し、顔面から床へ倒れ込んだ。俺も膝蹴りが当たったように見せ掛けて床に倒れる。周りには俺が被害者だと見えただろう。
ウェイターたちが走り寄って声を掛ける。
「大丈夫でございますか?」
「ああ、大丈夫だ」
俺は頭を振りながら起き上がる。アリサが心配そうな顔で駆け寄り、怪我はないか確かめた。
エディの方を見ると、ピクリとも動かず顔から血が流れ出ている。たぶん鼻血だろう。
「アクション俳優なのに、着地に失敗して鼻血を出しているよ。しかも、気絶している」
ウェイターの一人が呆れたように声を上げた。ここまで見事な自爆だと、呆れるしかないという感じだった。
しかし、気を失うとは思ってもみなかった。C級の魔装魔法使いなんだから、しっかりと受け身くらいは取ると思っていたのである。その姿をジッと見ていて吹き出しそうになった。何だか地面に横たわるカエルのように見えたからだ。
周りの客がガヤガヤと騒ぎ始めた。レストランのスタッフが救急車を呼んだらしい。
「この人、本当にC級なのかしら?」
アリサも疑問に思ったようだ。C級と言ったら、昇級試験でブルーオーガやワイバーンなどの魔物を倒しているはずだ。
「映画俳優だから、特別な優遇でもしたんだろうか。それならオーストラリアの冒険者ギルドに、問題があるという事になる」
ちょっとしたハプニングはあったが、楽しいハネムーンを過ごした俺たちは、日本に戻るために空港へ向かう。
「もう一度来たいな」
アリサが俺の顔を見て言う。俺も楽しかったので頷いた。
「そうだね。今度は夏に行こう。海に潜りたい」
「だったら、『アクアスーツ』の簡易版みたいなものが、欲しい」
「スキューバダイビングじゃダメなのか?」
「ウェットスーツやタンクを装備するのは、大変そうじゃない」
「考えてみるけど、あまり習得できる魔法レベルは下がらないと思うよ」
そんな話をしてから、俺たちは日本行きの飛行機に乗り込んだ。
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