第699話 レベッカ・ションティ

「A級のレベッカ・ションティさんですね。さかき緑夢ぐりむです」

 レベッカがジロリと俺を睨んだ。

「最近活躍している生活魔法使いか。日本からわざわざ来るとは、余程石碑に興味があるようね」

「ピサダンジョンは、邪神関係の石碑が発見された事で有名ですから」


 レベッカは邪神と聞いて不快そうに顔を歪めた。その表情はどういう意味なんだろう? 邪神に対して嫌悪感を持っているという事なのだろうか?


「まあいい、石碑がある二十六層に一緒に行く事になるのだから、よろしく頼むわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 挨拶を終えた俺は、ダンジョンハウスで装備に着替えた。多機能防護服の上にベストタイプの革鎧を着ており、腰にはマジックポーチⅧ、腰の後ろには神威刀を差している。これが最近の狩りのスタイルだ。


 今回の調査チームは俺を含めて六人、レベッカ以外は地元のB級とC級の冒険者である。そのB級冒険者の中に冒険者ギルドから転送ゲートキーを預かっている者が居た。


 転送ゲートキーを持っているのは、B級冒険者のオルランドという魔装魔法使いで調査チームのリーダー的存在らしい。俺たちはオルランドを先頭にダンジョンに入った。


「それじゃあ、転送ルームに向かいます」

 A級の俺やレベッカが居るので、オルランドは丁寧な言葉を使っている。一層にある転送ルームは、歩いて十五分ほどのところにあるらしい。ホバービークルを使うほどの距離ではないと判断したので、俺も歩いて付いて行った。


「ここが転送ルームです」

 小さな丘にあるトンネルが転送ルームへ続いているという。そこに入ると転送ルームのドアがあり、転送ゲートキーを使って中に入った。それから転送ゲートで二十五層へ移動し、外に出ると森が広がっていた。


「この森には、ファイアウルフが居るので用心してください」

 ファイアウルフと戦った経験はないが、C級だと苦戦するほどの強さがあるようだ。地元の冒険者たちが先頭で進み、俺とレベッカが最後尾で並んで進む。


「グリムは、ヴェルサイユダンジョンへ潜った事がある?」

 レベッカが英語で話し掛けてきた。

「ええ、その時にレヴィアタンを見ました」

「そう、あれを見たのね。だったら、倒せると思う?」

「難しいと思います」


 俺は『アクアスーツ』や『アクアリッパー』、『スキップハープーン』などを創ったが、レヴィアタンの姿を思い出すと必ず勝てると断言できるだけの自信はない。それほど巨大で強烈な存在感を持つ魔物だったのだ。


「無理だとは言わないのね」

「これでもA級九位ですから」

「でも、自分の力を過信してはダメよ。たとえA級九位でも、レヴィアタンには勝てないわ」


 俺はレベッカに目を向けた。

「A級三位のレベッカさんでも、レヴィアタンには勝てませんか?」

「無理よ。それに海の中での戦いになれば、誰もあの化け物には勝てないでしょう」

 俺も初めてレヴィアタンを見た時には、そう思ったのでレベッカの評価は妥当なものだと思う。ただレヴィアタンに勝てないと思うのは、レヴィアタン用の魔法を賢者が開発していないからだとも考えている。


 俺以外に巨獣用の魔法開発に乗り出す賢者が出て来れば、状況は変わるだろう。ただそういう巨獣用魔法は、魔法レベルの高い冒険者にしか使えないものになるだろうから、A級のトップクラス専用になると思っている。


 その時、魔物の気配を感じて左手の方向に目を向けた。その方向を指差して声を上げる。

「向こうから魔物が来る」

 英語で言ったので、オルランドたちも通じたようだ。俺が指さした方へ目を向ける。すると、巨大な狼が姿を見せた。体長三メートルほどの狼で、その肉体を覆っている毛は真っ赤である。


「ファイアウルフです」

 オルランドが教えてくれた。そして、地元冒険者たちが武器を持って構える。レベッカも二匹の蛇が絡み付いたような模様がある杖を取り出した。


 俺は神剣グラムを取り出して構えた。ファイアウルフが素早い動きでオルランドに襲い掛かった。オルランドは鋭い爪の攻撃を躱し、魔導武器の槍オリンディクスをファイアウルフの胴体に突き刺した。


 ダメージを負ったファイアウルフは、飛び跳ねて槍を抜くと近くの冒険者に炎を吐き出そうとする。それを目にしたレベッカは『デスショット』を発動し、徹甲魔力弾でファイアウルフの頭を貫いた。ファイアウルフは地面に倒れ光の粒となって消えた。


 見ていた俺は少し驚いた。レベッカから魔力を感じて徹甲魔力弾が放たれるまでの時間が、驚くほど短かったのだ。俺が『パイルショット』を放つ時と互角の早さだったので、レベッカもかなり早撃ちの修業をしたのだろう。


 その後、何度かファイアウルフと遭遇したが、全てレベッカが『デスショット』で倒した。中ボスが居ない二十五層の中ボス部屋に到着し、そこの階段から二十六層へ下りた。


 二十六層は山岳地帯だ。険しい山が連なる地形で、その山の中の一つに洞穴があり、そこから石碑群がある空間へと行けるという。


 同じような山がいくつもあるので、俺には石碑群がある山がどれだか分からない。万里鏡を使ってアストラル体でここまで来たとしても、その洞穴を見付けるには時間が掛かっただろう。


 前回アストラル体でダンジョンに潜った時は、ベヒモスや多頭竜のクルシェドラという目印があったので、簡単に目的地まで辿り着けた。だが、今回の石碑群は遠くから感じ取れるような目印がないのでアストラル体で探しながら行くという事になる。


 オルランドの案内で目的の山まで行き、洞穴に入った。中は暗かったので、俺は暗視ゴーグルを装着する。レベッカは何か魔法を使ったようだ。目の周りに魔力で形成された何かが張り付いている。


 他の冒険者たちは懐中電灯を使っている。五分ほど歩くと大きな空間へ出た。そこには多数の石碑が立てられており、その一つ一つに秘蹟文字や神殿文字で文章が刻まれている。


 ただ石碑の半数ほどが倒れており、調査するためには石碑を持ち上げなければならないようだ。オルランドたちは生活魔法の『Dジャッキ』を使って石碑を持ち上げようと計画していたらしい。


 イタリアの冒険者の間にも生活魔法が広がっているのを知り、嬉しくなった。だが、『Dジャッキ』だと石碑が傷付くかもしれない。そこでシャドウパペットで持ち上げて立て直す事を提案した。


 レベッカが俺に目を向ける。

「この石碑は五百キロくらいありそうだわ。そんな重いものを持ち上げられるシャドウパペットを所有しているの?」


 俺は頷くとエルモアと為五郎、ネレウスを影から出し、倒れている石碑を立てるように命じた。エルモアたちが簡単に石碑を持ち上げるのを、オルランドたちは見守る。


「凄え、こんなシャドウパペットもあるのか」


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