第692話 アスタロト

 三つの『賢望の鍵』を手に入れた俺は、二十五層へ向かった。海底トンネルを抜けて二十五層へ下りると、砂漠の乾いた風が、髪の毛を掻き乱す。


 俺は影からエルモアを出した。

『これからどうするのですか?』

「中ボス部屋を覗いて、どんな中ボスか確かめる」

 俺はまだ中ボスを確認していなかった。『賢望の鍵』を集める前に中ボスを知ると気が散ると思ったので、わざと調べなかったのだ。


 中ボスを確かめる前に、気になっていた本を確かめる。アクアドラゴンのドロップ品である本は、何も保護されていなかったようで、一部が濡れていた。保護されている場合もあるのだが、今回は違ったらしい。パラパラとページをめくってみると文字がにじんでいる箇所もある。


 マルチ鑑定ゴーグルで鑑定してみると、『鋼心の技 奥義』と表示された。十四層の遺跡で発見された『鋼心の技 基礎』の奥義らしい。


「この奥義が必要になるような魔物と遭遇するんだろうか?」

『それは分かりませんが、習得した方がいいでしょう』

「そうだな」

 『鋼心の技 奥義』の濡れている部分をタオルで拭いて、水分を取り乾かす。完全に乾かすには時間が掛かりそうなので、途中でやめてマジックポーチⅧに仕舞うと、砂漠の中心にあるドームに目を向ける。


 俺たちはホバービークルに乗ってドーム状の建物へ飛んだ。途中、ギガントスコーピオンが砂漠を歩いているのを見付けても無視する。


 ドームに到着して入り口の近くにホバービークルを着地させ、そのホバービークルを仕舞う。俺とエルモアが入り口から中に入ると、通路の先に大きな部屋が見えた。


 俺たちは大きな部屋の前まで行って覗いた。野球場ほどもある空間がそこにあった。そして、その空間の中央に一体の悪魔が立っていた。俺は心眼を使って悪魔を解析する。それは悪魔の大公爵であるアスタロトだと分かる。


 体格は人間とさほど変わらない。燕尾服のような衣装を着ており、手には杖を持っている。真っ赤な髪と彫りの深い顔で、口には鋭い牙が見える。悪魔と言えば、アメイモンやオリエンスと戦っているが、それらとはタイプが違うようだ。


 俺とアスタロトの目が合った瞬間、ニヤリと笑った悪魔が『シャリト・・・・』と叫んだ。次の瞬間、俺の身体が部屋の中に吸い込まれる。


「嘘っ、何でだ?」

 俺は咄嗟に光剣クラウ・ソラス取り出して構える。以前に光剣で悪魔を仕留めた事があったので、無意識に光剣クラウ・ソラスを選んだらしい。その直後に多機能防護服のスイッチを入れる。


『壁のようなものが発生して、エルモアが中に入れません』

 メティスの報告で、俺はアスタロトを睨んだ。俺が中ボス部屋に吸い込まれたのも、エルモアが入れないのもこいつのせいらしい。


 『ホーリークレセントⅡ』を発動し、聖光分解キーンエッジをアスタロトへ飛ばした。アスタロトは余裕の態度で何かを叫んだ。


 その言葉が響き渡ると聖光分解キーンエッジがなぜか消滅する。

「どうして?」

『あの悪魔の言葉は、何らかの効果を持っているようです』

「厄介な。魔法が使えないという事か」


 アスタロトが笑い声を響かせながら、何かを投げた。凄まじい速度で飛翔した投げナイフが、多機能防護服に当たってポトリと地面に落ちる。頭から血の気が引く音を聞いた。


 俺は連続で『クラッシュボール』を発動し、アスタロトに向かってD粒子振動ボールをばら撒いた。アスタロトがニッと笑い、『ニエブル・・・・』と叫ぶ。


 D粒子振動ボールが失速し、地面に落ちて消えた。俺は顔をしかめる。全ての魔法が使えないのなら、厳しい戦いになる。


 アスタロトがまた何かを投げた。俺は【超速視覚】を使い始めていたので、それが投げナイフだと分かり、光剣クラウ・ソラスで弾き飛ばす。


 俺はアスタロトに向かって走り出した。こうなったら接近戦で決着をつけようと考えたのである。光剣クラウ・ソラスに魔力を流し込んでフォトンブレードを形成する。


 フォトンブレードの間合いに入った瞬間、斬撃をアスタロトに振り下ろす。アスタロトは杖を突き出した。その杖の先端からシールドのようなものが発生し、フォトンブレードを弾く。その衝撃で手から光剣クラウ・ソラスが飛んだ。


 アスタロトが踏み込んで、俺の腹目掛けて蹴りを放つ。反射的にステップして躱し、アスタロトのあごにカウンターパンチを打ち込んだ。アスタロトが倒れ、そこに『クラッシュソード』を振り下ろそうとした。だが、倒れているアスタロトが何かを叫んだ瞬間、空間振動ブレードが消失した。


「クソッ」

 俺はアスタロトの顔に蹴りを入れた。アスタロトが怒りの声を上げ、蹴りには蹴りで反撃した。だが、多機能防護服が蹴りの威力を吸収する。本来なら凄まじい威力があるのだろうが、全く衝撃を感じない。


 アスタロトの顔から馬鹿にするような笑いが消え、慌てたように立ち上がると距離を取る。俺は神剣グラムを取り出し、『アキレウスの指輪』に魔力を注ぎ込んで素早さを上げる。そして、斬撃の間合いに踏み込んで神剣グラムの斬撃を打ち込もうとした。


 だが、途中で何かに撥ね返される。アスタロトは結界のようなもので防御しているようだ。『アキレウスの指輪』へ注いでいる魔力を止めて溜息を漏らす。

「魔法も剣もダメか」

 俺は『フラッシュムーブ』を使って後ろに飛び、収納アームレットからホバーキャノンを取り出した。『プロジェクションバレル』を発動して磁力発生バレルを形成し、ホバーキャノンと接合すると乗り込んだ。


 操縦者が居ないので飛び回る事はできないが、その場で磁力発生バレルの先端をアスタロトへ向け、引き金を引いた。一発目は外れてドームの壁にヒビを走らせる。照準を調整して再度引き金を引く。すると、磁力発生バレルから飛び出した砲弾がアスタロトの結界に当たり、その身体ごとドームの壁まで弾き飛ばす。


 壁にめり込んだアスタロトの結界が消え、その口から血が吐き出される。人間なら絶対死んでいるところだが、悪魔は死なない。俺は続けざまに引き金を引いて極超音速の砲弾をアスタロトに叩き込んだ。


 砲弾がドームの壁に命中して轟音を響かせる。俺が全ての砲弾を撃ち終わった時、アスタロトの姿は消えていた。エルモアが光剣クラウ・ソラスを回収し、こちらに走って来る。


『倒せたようですね』

「磁力発生バレルから、発射される砲弾は魔法ではなく、その運動エネルギーで飛んでいるから、変な声では妨害できなかったようだ」


 アスタロトは声で魔法を妨害する事ができたようだが、その効力は近くでないと発揮できなかったらしい。アスタロトが消えた場所まで行くと、白魔石<中>と二つの『限界突破の実』が落ちていた。俺はそれらをマジックポーチⅧに仕舞うと、『賢望の宝玉』を探した。


 ドームの内部を見回すと、部屋の隅に祭壇のようなものがあった。それを調べると、『賢望の鍵』を置くのだと思われる穴が三箇所ある。


「よし、試してみよう」

 俺は『賢望の鍵』を取り出して祭壇に近付いた。


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