第672話 龍撃ガントレット

 俺は倒れている仙崎が心配になって、『治療の指輪』を使って手当した。これで大丈夫だろう。仙崎はすぐに目を覚ました。だが、用心してもう少し横になっていてもらう事にする。


「ナンクル流は、魔物と戦うのですか?」

 沢村が三橋師範に質問した。

「ナンクル流がという事ではなく、弟子のほとんどが冒険者なのだ」

「もしかして、魔装魔法使いの冒険者ですか?」


 それを聞いて三橋師範が笑う。

「意外な事に違うのだ。儂の弟子は生活魔法使いが多い」

「そう言えば、榊さんも生活魔法使いですね」

「知っていたのかね?」


「三橋さんと顧問の話を聞いて思い出したのです」

 顧問というのは知念の事である。引退して顧問になったのだ。沢村の話を聞いた俺は、ちょっと微妙な気分になった。日本一の冒険者になったはずだが、それほど知名度は高くないと自覚したのである。


 冒険者という業界内では知られるようになったが、それ以外ではまだまだのようだ。積極的にマスコミの取材を受けていないのも原因だろう。


 祝賀会が再開され、一時間ほどで終わって片付けが始まった。片付けも終わると道場生たちは帰り、俺と三橋師範、それに知念、沢村、仙崎だけが残った。


 沢村は、どんな修業をすれば強くなれるのかという質問を三橋師範にした。それに対する三橋師範の答えは、現状に満足する事なく新しい技術や術理を学び、鍛錬する事だというものだった。


 沢村が組手稽古に付き合ってもらえないかと三橋師範に頼む。

「いいだろう」

 三橋師範と沢村が道場の中央に進み出て、向き合った。組手には自由に技を出し合う『自由組手』と最初から決まった動きをする『約束組手』がある。沢村と三橋師範が行うのは、自由組手だ。


 俺と知念、仙崎が見守る中、沢村が三橋師範の懐に飛び込んで、腹にパンチを叩き込もうとした。三橋師範は全身を独楽こまのように回転させながら右の肘で攻撃を弾き、そのまま一回転して左の肘を沢村の鳩尾みぞおちに叩き込んだ。


 俺なら躱せる攻撃だったが、沢村はまともに食らって倒れる。沢村は苦しそうに呻きながら立ち上がれなくなったようだ。


「ん? まさか、終わりか?」

 三橋師範は予想外だという声を上げたが、俺はこういう事になるんじゃないかと予想していた。三橋師範の動きは、魔装魔法や魔導装備を使わなくとも速いのだ。慣れていないと、気が付いた時には倒れているという事になる。


 知念や仙崎の顔を見ると、口と目を開けて驚いている。沢村がこれほどあっさり倒されるとは思ってもみなかったのだろう。


「三橋師範、おれにナンクル流を教えてください」

 沢村と三橋師範の組手を見て、仙崎がナンクル流を習いたいと思ったようだ。

「渋紙市へ来れば教えてやろう」


 知念が溜息を吐いて三橋師範を見る。

「鬼のように強くなっているな。だが、教え方は進歩したのか?」

 三橋師範は知念の視線から目を逸らした。


 その翌日、俺と三橋師範は立岩ダンジョンへ向かった。このダンジョンは中級だが、巨人族の魔物が多いという。


 一層と二層は手強い魔物は居なかったが、三層に下りて森の中を進み始めると、身長四メートルほどのトロールと遭遇した。トロールは手に棍棒を持っている。


「任せろ」

 両手に龍撃ガントレットを装備し、衝撃吸収服を着た三橋師範が前に進み出た。三橋師範は楽しそうに笑っている。


 トロールが近付いてくる三橋師範に気付き、威嚇するように吠えた。それでもスタスタと近付く三橋師範に、棍棒を振り下ろす。三橋師範は棍棒の軌道を見切ってぎりぎりで躱すと、トロールの足に龍撃ガントレットを叩き付けた。


 龍撃ガントレットは、三橋師範が注ぎ込んだ魔力を使いパンチの威力を数倍、数十倍に増強する。命中したトロールの足が爆発したように跳ね上がり、トロールの全身が回転して地面に倒れた。


 三橋師範はトドメを刺すためにトロールの頭に駆け上がり、上から龍撃ガントレットを振り下ろす。頭蓋骨が割れるような音が響き、三橋師範は跳び下がって構えを取る。


 トロールが消えると、三橋師範が納得できないというような顔をする。

「どうかしたんですか?」

「重量のある魔物を龍撃ガントレットで殴ったら、もっと反動があるかと思っていたのだが、考えていたほどではなかったのだ」


 三橋師範は大きな反動があると思い、攻撃を手加減していたらしい。つまり先ほどの戦いで見せた龍撃ガントレットの威力は、手加減したものだったという事だ。


 四層に下りてアーマーベアと遭遇すると、これも任せてくれと三橋師範が言う。

「アーマーベアに接近戦は、危険ですよ」

「この衝撃吸収服があれば、大丈夫だ」

 衝撃吸収服のエネルギー源も無尽蔵ではないので、何度も攻撃を受ければエネルギー切れになる。そこまで攻撃を受ける前に仕留められると考えているのだろう。


 アーマーベアは己の高い防御力を知っている。なので、相手の攻撃を避けようとしない。本当に龍撃ガントレットで仕留められるのだろうか?


 三橋師範は平気な顔でアーマーベアの間合いに踏み込んだ。その瞬間、アーマーベアが三橋師範を引き裂こうと右手の爪を横薙ぎに振る。


 その攻撃をしゃがんで躱した三橋師範は、アーマーベアの脇腹にパンチを叩き込んだ。トロールより重量がありそうなアーマーベアが横に転がった。


 怒りの声を上げたアーマーベアが三橋師範に向かって飛び掛かってくる。その巨体で三橋師範を押し潰そうとしたのだ。その胴体に向かって、龍撃ガントレットがアッパーのように振り上げられる。その一撃はアーマーベアを弾き飛ばした。


 信じられない光景が目の前で繰り広げられていた。小さな人間が、巨体のアーマーベアを殴り倒そうとしているのだ。アーマーベアの口から血が吐き出され、苦しそうに唸る。そして、よろけて倒れようとするタイミングでトドメの一撃が頭に打ち込まれた。


 アーマーベアが消える。自分の師匠だが、怖いと感じた。


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