第661話 南禅ダンジョンの救出作戦

 渋紙市総合病院で働いている君島きみじま由香里は、急いで検査室へ向かった。検査室に入ると、医療魔法士の責任者である西本にしもとが由香里を見て口を開く。


「追加で検査のオーダーが入った。申し訳ないが、患者さん三名の追加を頼めないか?」

「分かりました。三名なら引き受けます」


 由香里は検査台の横に置いてある椅子に座ると、患者を呼んだ。

「これから『ボディスキャン』の魔法を使って、検査します。検査台の上に横になってください」


 四十代くらいの男性の患者が、検査台に横になる。それを確認した由香里は、『ボディスキャン』を発動。魔力が患者の胴体部分を包み込んだ瞬間、頭の中に患者を輪切りにしたような画像が次々に浮かんだ。


 その中に胃の画像があった。腫瘍のようなものを見付け、それに嫌な感じを受ける。『ボディスキャン』を使っている時に、こういう嫌な感じを持った時は重大な病気である事が多い。


 その画像は自動的にイメージ画像記録装置に流れ込んで、三十六枚撮りのフィルムに焼き付けられた。この病院で使っているイメージ画像記録装置は、最新型なので自動化が進んでいる。


 由香里は検査報告書に気になった胃の腫瘍について書き込んだ。由香里はフィルムを取り出して、報告書と一緒に現像室へ送るように助手に頼む。


 検査室には医療魔法士ではない検査助手というサポート役がおり、その助手が細かい手伝いをしてくれるのだ。


 由香里は次々に患者を検査する。そして、六人目が終わった時、西本が交代するように言う。『ボディスキャン』は大量の魔力を消費するので、一日に何度も発動する事はできない。


 由香里は不変ボトルを所有しているので魔力は問題ないが、精神的な疲れは必ず残る。患者の命に関わる事なので、細心の注意を払って『ボディスキャン』を使わなければならないからだ。


「ふうっ、六人連続はキツイ」

 由香里が愚痴をこぼすと西本が済まなそうな顔をする。

「申し訳ない。院長には医療魔法士を増やすように頼んでいるんだが、腕のいい医療魔法士は各病院で奪い合いになっているんだよ」


 由香里は現状を知っているので、仕方ないと思っていた。検査を受ける患者の数を減らせれば良いのだが、それも難しい。『ボディスキャン』による検査をしないと、診断できない患者が多いからだ。


 一番の対策は医療魔法士を増やす事なのだが、これも難しい。医者ほどではないが、多くの医学知識が必要な職業だからである。


「それじゃあ、お先に失礼します」

 由香里が西本に声を掛け、着替えるためにロッカールームに向かう。そこで着替えて病院を出ようとした時、救急車が停まって怪我人らしい患者が病院に運び込まれた。交通事故らしい。


 救命救急センターのスタッフが、付添の人に患者が何かアレルギーを持っていないか質問している声が聞こえた。


「魔法薬です。社長は魔法薬がダメなんです」

 珍しいのだが、魔法薬に対してアレルギーを持つ人も居る。それを聞いた由香里は、嫌な予感を覚えて救命救急センターへ向かった。


 救命救急センターの治療室は、戦場のように騒々そうぞうしかった。

「内臓からも出血があるようだ。治癒魔法薬を使うしかないな」

「ダメです。患者は魔法薬にアレルギーを持っています」


 その患者は全身に傷があり、それらの傷から血が流れ出していた。

「伊狩先生、魔法で手当しましょうか?」

 由香里が救急医に声を掛けた。

「おっ、君島さんか。頼む」


 由香里は患者の近くまで来て、中級治癒魔法薬に匹敵する効果がある『パナケイア』という生命魔法を発動した。すると、横たわっている患者の傷が一斉に塞がり始めて出血が止まる。そして、脈拍、呼吸、血圧などのバイタルが安定した。


「凄いな。生命魔法使いの魔法は、発動する者の技量で大きく効果が違うのが欠点だが、君島さんの生命魔法は最高レベルじゃないかな」


 伊狩が言ったように使い手の技量によって効果が違うという点が問題になって、生命魔法より魔法薬を治療に使うという病院が多い。


 この病院もそうであり、医療魔法士は治療より検査で働いている。ただ『ボディスキャン』による検査は、代替手段がないので、仕方がないという面もある。


 昔ならMRIやCTなどが使えたのだが、高度な電子機器が使えなくなった現在では、レントゲン検査くらいしか代替手段がない。


 そんな事があった数日後、院長から呼ばれたので院長室へ向かった。部屋に入ると、院長と見知らぬ五十代の女性が待っていた。挨拶を交わし椅子に座る。


「京都の南禅ダンジョンで、ある冒険者チームが遭難したようなのだ。その救援チームに参加して欲しいという依頼があったのだが、どうだろう?」


「どうして医療魔法士の自分に、声が掛かったのでしょう?」

「遭難したチームの二人が怪我をしており、治療が必要なのです」

 女性が状況を説明した。その女性は南禅ダンジョンの近くにある冒険者ギルドの支部長補佐らしい。詳しい話を聞くと、チームの一人が地上に戻って助けを求めたようだ。


 怪我人が出たという話だが、普通の切り傷などなら魔法薬で治療できるので、骨折を含む重傷なのだろう。


 由香里は考えて、引き受ける事にした。上級ダンジョンに入れる医療関係者というのは、日本では自分しか居ないのかもしれないと思ったのだ。


「それで、どんな魔物を相手に怪我をしたんですか?」

「クィーンスパイダーゾンビなのです」

「というと、九層の廃墟エリアですか?」

 南禅ダンジョンは由香里も潜った事があり、グリーン館の資料室で資料を読んで調べた事もあるので知識はあった。


「そうなのです。クィーンスパイダーゾンビも問題なのですが、それは同行する冒険者が倒してくれるはずです」


 クィーンスパイダーゾンビくらいなら、同行するという冒険者に任せれば良いだろう。そう判断した由香里は、怪我人の治療だけに集中して準備をする事にした。


 由香里は千佳が保管している旧型のホバービークルを借りる事にした。新型はアリサが保管しているのだが、まだ操縦した事がない。


 翌朝、由香里は京都へ向かった。南禅ダンジョンへ行くと、救出チームである『イシュタル』が待っていた。このチームは女性だけ三人のチームで、藤堂とうどう朱里あかり松島まつしまひより、北条ほうじょう尚美なおみのC級冒険者で構成されている。


「私は君島由香里です。よろしくお願いします」

 三人の自己紹介を聞いたので、由香里は自己紹介した。社会人になったので、一人称は『私』に変えている。


「私たちの事は、『朱里』『ひより』『尚美』と呼んで」

 リーダーらしい朱里がそう言った。

「でしたら、私は『由香里』でいいです」

「分かった。ところで、元は攻撃魔法使いだったと聞いているけど、生命魔法と攻撃魔法が使えるという事でいいのね」


「いいえ、それだけじゃなく生活魔法も使えます。戦闘は生活魔法が中心です」

「へえー、そうなの。多才なのね」

 由香里は状況を詳しく聞いてから、南禅ダンジョンへ入った。


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