第662話 南禅ダンジョンの九層

 南禅ダンジョンの一層は荒野である。この荒野にはブルースコーピオンやアーマーベアが居るだけなので、由香里はホバービークルで移動する事を提案した。


「ホバービークルというのは、何なの?」

 朱里が尋ねた。

「空飛ぶ乗り物です。実際に見てもらいましょう」

 由香里が収納ペンダントから、ホバービークルを出した。収納ペンダントは、千佳からホバービークルを借りた時に、一緒に借りたものだ。


 由香里がスイッチを入れると、ホバービークルが宙に浮き上がる。それを見た朱里が感心したような顔をする。


「へえー、本当に空を飛ぶんだ」

「嘘なんか言いませんよ」

 ホバービークルに乗り込んだ四人は、階段へ急いだ。アーマーベアなどの魔物と遭遇したが、戦わずにホバービークルで躱して先に進む。


 階段まで行って二層へ下りた。二層は広大な草原だった。棲み着いている魔物は、アーマーボアやキュクロープス、ワイバーンなどである。


「ここにはワイバーンが居るので、歩いて行きましょう」

 由香里が提案すると、他の三人が頷いた。三人と話しているうちに、由香里がもうすぐB級になると聞いたリーダーの朱里が、由香里に意見を聞くようになったのだ。


「三人は南禅ダンジョンで活動を始めて長いんですか?」

「まだ三年くらいよ」

「でも、冒険者ギルドに救出作戦を任されるくらいなんだから、実績があるんでしょ」


 三人が顔を見合わせて笑う。

「実績と言っても、三人でアイスドラゴンを倒したくらいだから、由香里の方が凄いんじゃないの」


「自慢できるのは、仲間と一緒に氷神ドラゴンを倒した事くらいです」

「ええーっ、氷神ドラゴンを倒したの。凄いじゃない」

 ひよりが大きな声を上げた。氷神ドラゴンはアイスドラゴンの上位種なのだ。その強さはアイスドラゴンの数倍だと言われている。


 そんな事を話していると、由香里のD粒子センサーに魔物の存在が引っ掛かった。どうやら単眼の巨人であるキュクロープスが近付いて来るようだ。


「キュクロープスが近付いてきます。戦闘準備!」

 由香里が声を上げると、朱里が剣を抜き、ひよりが槍を取り出した。尚美は素手のまま敵を探している。


「敵はどこなの?」

 キュクロープスを見付けられなかった尚美が、由香里に尋ねた。

「二時の方角から近付いてきます」

 由香里がそう言った瞬間、岩陰から五メートルほどの巨人が姿を現した。朱里とひよりが何かの魔法を発動し、キュクロープスに向かって走り出す。


 二人は魔装魔法使いなので、筋力を強化する魔法を使ったのだと由香里は思った。朱里がキュクロープスの足に斬撃を叩き込む。


 その武器である剣は魔導武器らしい。防御力の高いキュクロープスの足が切断された。苦痛の叫びを上げたキュクロープスが倒れ、その首にひよりが槍を突き出しトドメを刺す。


「お見事」

 思わず由香里が声を上げた。それほど二人の手並みは洗練されていたのだ。

「キュクロープスくらいなら、問題ないですよ」

 朱里の言葉を聞いて、頼もしいと由香里は思う。


 二層を無事に通過して三層、四層と進み、五層の中ボス部屋で休憩してから先に進んだ。ホバービークルで進めるところはホバービークルを使ったので、予定より早く九層へ到着した。


 九層へ下りてからは、慎重に進む。廃墟エリアなので様々なアンデッドがうろうろしている。特にスケルトンナイトとファントムが多いようだ。


 朱里たちはファントムを聖属性付きの武器で始末しているようだ。それが普通なのだが、生活魔法使いは『ホーリーブリット』や『ホーリーソード』で始末する事が多くなった。


 生命魔法が使える由香里もファントムに遭遇した時は『ホーリーソード』で攻撃するようになっていた。その時もファントムが近付いた瞬間、右手の人差し指と中指だけを伸ばして剣印を結んだ由香里が、三重起動の『ホーリーソード』を発動し、剣印を振り下ろす動作と同時に聖光ブレードをファントムに向かって振り下ろす。


『あううっ』

 お馴染みの声が頭の中に響くと、ファントムが消える。その様子を攻撃魔法使いの尚美が見ていた。


「今のは生命魔法なの?」

「いえ、これは生活魔法です。邪神眷属用の魔法なんですが、霊体型アンデッドにも有効なんです」


 尚美は羨ましそうな顔をした。それに気付いた由香里が、少しの才能があれば習得できる魔法だと教える。


「残念ながら、生活魔法の才能は『E』なのよ」

「『E』だったら、魔法レベルが『5』まで上げられますから、今使った『ホーリーソード』が習得できます」


 さり気なく生活魔法を宣伝しておく。それから先に進み、クィーンスパイダーゾンビの姿を発見した。クィーンスパイダーゾンビは、倉庫のような建物を蜘蛛の糸でまゆのように包み込んでいた。


「あの糸には、毒があるから気を付けてね」

 朱里が注意した。普通のクィーンスパイダーは毒の糸など持っていないのだが、ゾンビになると毒の糸を使うようになるらしい。


「救助するチームは、あの倉庫の中で待っているそうよ」

 クィーンスパイダーゾンビを倒さないと、救出できないようだ。これから助ける冒険者たちは『前途洋洋ぜんとようよう』というふざけた名前のチームである。


 そのチームはクィーンスパイダーゾンビと戦って、二人が怪我を負ったので倉庫に逃げ込んだらしい。だが、クィーンスパイダーゾンビが毒の糸で倉庫を包み始めたので、怪我をしていない一人が逃げ出して冒険者ギルドに助けを求めたようだ。


 朱里が由香里に顔を向ける。

「あの蜘蛛は、私たちが倒しますから、由香里は、ここで待機していて」

「分かりました。でも、助けが必要な時は、声を上げてください。援護しますから」


 朱里たちは武器を構え、クィーンスパイダーゾンビに向かって進み出た。


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