第658話 奪われた『神言』の影響

 実戦訓練を終えた俺たちは、地上に戻ると冒険者ギルドへ行って魔石を換金した。俺たちが帰ろうとした時、冒険者たちがアメリカで起きた事件の噂をしているのが耳に入った。


「フィラデルフィアにある魔法庁の研究所から、凄いものが強奪されたんだって」

「ああ、ダンジョン産の凄い新魔法を奪われたと、聞いたぞ」


 それを聞いて、俺は溜息を漏らした。まだ凄い新魔法だったら、マシだった。慈光寺理事から話を聞いたのだが、奪われたのは『神言』という躬業の宝珠だったという。


 言葉に力を乗せて精神攻撃するという躬業で、アメリカは大騒ぎになっているらしい。アメリカ政府は、その件を世界各国の政府に通知し、対策を取るように警告したようだ。


 グリーンアカデミカの主要メンバーは、ほとんどの者が『鋼心の技』を学んでいるので大丈夫だろう。だが、C級未満の者は修得できないので対策を考える必要がある。


 『神言』の躬業を習得した者を捕縛するか倒せば一番簡単なのだが、誰が習得したのかさえ分からない。普通に考えれば指導者のピゴロッティなのだが、躬業を習得した者は前線に出て活動しなければならない。


 本当にピゴロッティが、そんな危険を冒すだろうか? という疑問がある。とは言え、『神言』の躬業は一つしかないかもしれないのだ。配下に習得させるには貴重すぎる。


 俺とモイラは天音と別れてグリーン館に帰った。食堂へ行くと根津が夕食を食べていた。

「お帰りなさい」

「ただいま、金剛寺さんはもう帰ったんだな?」

「ええ、珍しく早めに帰りましたよ」


 金剛寺から娘の誕生日なので早く帰ると聞いているので問題ない。夕食はトシゾウたち執事シャドウパペットが用意したらしい。


 トシゾウたちは、今では日本、フランス、中華の料理を作れるようになっており、その料理の技量も素晴らしい。一流料亭や高級レストランに比べれば劣るが、居酒屋で出される料理並みに旨い。


 俺としては、それで十分だった。カレーがあるというので、カツカレーを注文した。モイラも同じものを頼む。日本食が好きになったようだ。


 食事をして風呂に入ると、モイラは眠そうにしていたので、部屋で寝るように言った。俺はボーッとテレビを見ながら『神言』の躬業について考え始める。


『何を考えておられるのですか?』

 メティスが話し掛けてきた。

「精神攻撃に対する防御についてだ」

『それは分析魔法の『マインドリサーチ』で、洗脳された者を探し出すか、習得できる者に『鋼心の技』を習得してもらうしかないのでは』


「そうだな。でも、『マインドリサーチ』を使える者は、アリサと『マインドリサーチ』の魔法回路コアCを持っている俺だけしか居ないからな」


『アリサさんに『マインドリサーチ』の魔法回路コアCを、大量生産してもらっては如何ですか?』


「ゴーレムコアが、それほど大量にないから大量生産とはいかないが、『マインドリサーチ』の魔法回路コアCを作製してもらい、警備用シャドウパペットに装備させよう」


 グリーン館に出入りする者を『マインドリサーチ』でチェックできるようにすれば、問題ないだろう。グリーン館に関しては解決しそうだが、この方法を世界に広めるのは難しい。


 魔法回路コアCを作製するには、ゴーレムコアが必要なので大量に作製できないのだ。それに『鋼心の技』を習得するには、C級冒険者に匹敵する魔法制御が可能でなければならない。


 政府の閣僚や高級官僚が『鋼心の技』を習得するのは無理だろうし、ダンジョン産の魔導装備で精神攻撃を防ぐものもあるが、それは数が少なく高価なものである。


『結局、『神言』の躬業を習得した者を、どうにかするしかないのです』

「そうだな」

 と言っても、ディオメルバの組織はヨーロッパやアメリカを中心に活動しているので、日本で生活している俺にはどうしようもない。ステイシーに期待したのだが、彼女は邪神関係の仕事から外されたらしい。


 冒険者育成庁からダンジョン対策本部へ移った時から、ステイシーは躬業の宝珠を管理していた魔法庁へ口出しできなくなったようだ。


 ステイシーは冒険者育成庁の長官と魔法庁の委員も兼務していたのだが、冒険者育成庁を辞める時に魔法庁の委員も辞めてしまったのだ。ちなみに、冒険者育成庁は消滅してメンバーは魔法庁に吸収されたらしい。


 ステイシーは権力欲が強く、人を支配しようとする傾向がある。だが、その実行力はずば抜けており、日本の政治家の中に匹敵する実行力の持ち主は居ないだろう。


 やり方は乱暴だが、邪神眷属対策においては結果を残している。ただ強引なやり方が災いして敵も多いようだ。


『ディオメルバは、『神言』の躬業を奪って、何をするつもりでしょう?』

「あの組織の最終的な狙いは、封印されている邪神ハスターを解放する事らしいから、アメリカ軍が保管しているギャラルホルンを奪うつもりなのかもしれない」


『アメリカ軍は、どこに保管しているのでしょう?』

「それは軍事機密になるから、部外者は分からない。ただ『神言』を使う者なら、調べる事も可能かもしれない」


『ギャラルホルンが奪われる恐れもある、と考えておられるのですか?』

「そうなると、邪神が復活する事も前提に行動計画を立てる必要がありそうだ」


『邪神ハスターは、ダンジョン神でも倒せず封印した存在です。倒せるのでしょうか?』

 その質問を聞いて、俺は溜息を漏らす。

「はあっ、それが一番の問題なんだよな。……ただ邪神を倒す鍵を、巨獣が持っているらしいから、まず巨獣を倒す」

『レヴィアタンとベヒモスですね。どちらも強敵です』


「邪神に比べれば、まだ勝てそうだけど……」

 その二匹に有効そうな魔法は『クロスリッパー』くらいしかないので、すぐに巨獣退治に行くというのも無謀だろう。ちなみに、クラッシュ系はジズにもあまり効果がなかったので、レヴィアタンとベヒモスにも効果は薄いだろうと考えている。


『新しい魔法を考えるなら、まず攻撃魔法『スキップショット』の調査を続けましょう』

 メティスの提案に頷いた。『スキップショット』は、賢者バグワンが言っていた<障壁跳躍>の効能を組み込んだ魔法のようだ。


 俺とメティスは『スキップショット』を分析し、<障壁跳躍>がどんな仕組みになっているかを研究した。『スキップショット』の魔法だけだったら、何も分からなかっただろうが、俺には空間構造の知識があったので、その知識を利用して分析した結果、その仕組みが判明した。


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