第657話 促成教育
モイラとブラックハイエナとの戦いを見ていた俺は、モイラには体術を教える必要があると感じた。まだ十三歳なので身体が成長途中だ。この歳から鍛えれば、体術に関しても一流になれるだろう。
生活魔法にはクラッシュ系の魔法があるので、生活魔法使いは防御力が高い魔物でも割と容易に倒せる。問題はスピードのある魔物である。そのために体術は重要なのだ。
俺たちはアーマーボアを探して草原を歩き回り始めた。そして、二十分後にアーマーボアと遭遇する。
「モイラ、クラッシュ系の魔法を使わずに、アーマーボアを倒すんだ」
「分かりました」
モイラは俺が贈った衝撃吸収服のスイッチを入れて前に進み出る。
「先生、なぜクラッシュ系はダメなんですか?」
天音が俺に尋ねた。
「クラッシュ系ばかりを使っていると、魔物の防御力が分からなくなるんだ。だから、モイラにはクラッシュ系を使わずにアーマーボアを倒してもらう」
モイラは土埃を上げながら迫ってくるアーマーボアを真剣な顔で見詰めていた。そして、五重起動の『ジャベリン』を発動し、D粒子の槍を放った。
クイントジャベリンは、アーマーボアの背中に命中して弾かれた。モイラは驚いた顔をして急いで五重起動の『カタパルト』を発動し、身体を斜め横に放り投げる。
空中に放り出されたモイラは、『エアバッグ』を使って着地。敵を見失ったアーマーボアは、急停止してモイラを探して方向転換する。
アーマーボアの鼻息は荒く、モイラを睨むと突撃を開始した。モイラは『ジェットブリット』を発動し、D粒子ジェット弾をアーマーボアに向かって放つ。
空気を吸い込み圧縮しながら飛翔したD粒子ジェット弾は、圧縮した空気を高熱でプラズマに変え、アーマーボアに浴びせた。
アーマーボアは地面を転げ回ってプラズマの炎を消そうとする。その様子を見たモイラは、七重起動の『ジャベリン』を発動し、D粒子の槍をアーマーボアに放った。
今回はアーマーボアの装甲を貫通して肺を破壊。アーマーボアは立ち上がろうとしたが、倒れるとそのまま消えた。
「た、倒しましたよ」
モイラが疲れた顔で声を上げた。戦っていた時間は短いものだったが、精神的に疲れたようだ。
「どうだった?」
「アーマーボアの防御力の高さを感じました。アーマーボアって、こんなに強かったんですね」
いつもは『クラッシュボール』で仕留めていたので、アーマーボアの防御力の高さを初めて感じたらしい。
その後も二匹のアーマーボアとモイラを戦わせ、魔物が邪神眷属だった場合を想定した戦い方も教えた。
それから戦いの場所を十一層に移した。ここでの課題は霊体型アンデッドであるファントムを倒す事だ。モイラは、聖属性を付与した短剣を持っているが、今回は『ホーリーキャノン』や『ホーリーブリット』、それに『ホーリーソード』を使って倒してもらう。
廃墟の町を歩くと、まずスケルトンソルジャーと遭遇した。モイラが前に出て『ホーリーブリット』を発動し、聖光ブリットをスケルトンソルジャーの頭蓋骨目掛けて放つ。
その一撃でスケルトンソルジャーが消えた。次にファントムと遭遇したが、モイラは冷静に『ホーリーソード』を発動し、聖光ブレードで斬り捨てた。
『あううっ』
ファントムが断末魔の叫びを放って消えると、モイラは目を丸くして驚いていた。ファントムの叫びは、直接脳に響いてくるので、驚いたのだろう。
俺と天音はそれを見て微笑んだ。偶にファントムなどの霊体型アンデッドが怖いという冒険者が居るのだが、モイラは大丈夫なようだ。
その代わりグールなどの腐った肉体を持つ魔物は、苦手なようだ。あの臭いで吐き気がするという。俺も最初はそうだったが、最近では慣れた。
一方、天音はグールを発見した瞬間、殲滅している。あの臭いが苦手らしい。
「グリム先生、あの臭いを防ぐ魔法は創らないんですか?」
「それは考えなかったな。モイラへの課題にしよう」
それを聞いたモイラは、嬉しそうに笑う。
天音はモイラに視線を向けた。
「ところで、モイラは普通の勉強はどうしているの?」
「アメリカで高校レベルの教育まで受けています」
俺はモイラの教育レベルが高いという事は知っていたので驚かなかったが、天音は非常に驚いたようだ。
「天才……なの?」
「違います。アメリカが試験的に取り入れた教育方法を試しただけです」
賢者養成プロジェクトの中には、促成教育という実験もあったらしい。俺も魔力を体内循環させ脳を活発化する方法を知っているが、アメリカはこれを活用して通常の数倍の早さで知識を身に付ける、という実験をしたようだ。
その結果、モイラは十二歳の頃には、高校卒業レベルの知識を身に付けた。なので、次に学校に入るとしたら、大学だという。詳しく聞いてみると、そのやり方は洗練されていてアメリカは進んでいると感じた。
「それを早く知っていれば、大学受験の時に苦労しなかったのに」
天音が悔しそうに言った。
「でも。大学受験の頃には、脳を活性化させる方法は知っていたんじゃないか?」
俺が指摘すると、精神的に疲れるので英単語や歴史の記憶とかくらいにしか使っていなかったらしい。
アメリカの方法が広まれば、教育に革命が起きるんじゃないかと思った。但し、脳の活性化には魔力の制御が必要なので、ダンジョンで活動して魔力を増やす必要がある。
「でも、そのやり方にはリスクもあるんです」
モイラが言った。
「そのリスクというのは?」
「何人かが、うつ病になったんです」
精神に負担を掛け過ぎたのかもしれない。この事は国家的事業として取り組むべきだろう。それとは別に、モイラがほとんど学校に通った事がないというのが気になった。
A級になったら、大学で勉強させるのも良いかもしれない。俺はダメだったが、若いモイラなら大学生活を楽しめるだろう。まあ、俺も大学に入ろうと思えば入れるだろうが、大学で孤立しそうなのでやめた。
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