第656話 天音の仙棍術

 俺は一層の草原を見回し、ゴブリンくらいしか居ないのを確認した。そのゴブリンが俺たちを見付けて駆け寄ってくる。


「私が倒します」

 モイラが前に進み出た。アメリカに戻ったモイラは、あまりダンジョンへは行かせてもらえず、魔法レベルはそれほど上がっていない。やっと『12』になったと聞いている。


 ゴブリンが棍棒を振り上げて走ってくる。もう少しで五メートルという距離まで近付いた瞬間、モイラが三重起動の『ブレード』を発動し、D粒子の刃を横に薙ぎ払った。


 D粒子の刃がゴブリンの首を切り飛ばし、ゴブリンがゆっくりと倒れるのをモイラは見詰める。年齢を考えると冷静なものだ。


「いいじゃない。モイラは斬撃系が得意なの?」

 天音が尋ねた。

「得意ではないです。ただ一撃で決まるので、よく使います」


 という事は、射撃や砲撃系の命中率が悪いという事だ。どうしてだろう? 魔法制御には問題ないし、慎重に狙って魔法を放っているように見えたけど。


 モイラが目を細めて遠くを見ているのに気付いた。

「視力が悪いのか?」

 モイラが目を伏せて頷いた。

「少し視力が落ちたようなのです」

「早く言ってくれれば良かったのに、アリサが『視力回復の指輪』を持っているから、借りて視力を回復させればいい」


 モイラが花が咲いたように喜びの表情を浮かべる。

「ありがとうございます」

「それから『干渉力鍛練法』の鍛錬を集中的にやろう。目が見えなくてもD粒子センサーだけで敵の位置が分かるようになるんだ」


 天音が俺に顔を向ける。

「グリム先生、モイラに厳しすぎるんじゃないですか」

 俺が言い返そうとした時、モイラが大きく首を振った。

「大丈夫です。私は早く強くならなければいけないんです」


 モイラがアメリカ政府から自由になるためには、A級冒険者になる必要がある。それにA級冒険者になれば、様々な危険にも対応できるようになるだろう。


「モイラには、もう一体護衛用のシャドウパペットを付けるかな」

「エイブだけで十分です」

「いや、エイブの実力は、C級になったばかりの冒険者というところだろう。邪神を崇拝する組織が、活溌に活動を始めたようだから、俺も傍にいられない事もあるだろう。少なくともB級冒険者並みの実力を持つシャドウパペットが必要だ」


 モイラはB級冒険者と聞いても、ピンと来なかったようだ。

「エルモアや為五郎は、どれくらい強いのですか?」

「そうだなあ。アリサが新しい生活魔法の魔法回路コアCを作れるようになって、使える魔法を一新したから、A級の百位以内に入ると思う」


 天音がモイラに目を向ける。

「B級冒険者というと、アリサや千佳くらい強いという事よ」

「そんな凄いシャドウパペットが、必要になるという事ですか?」

 モイラが不安そうな目になるのを見て、俺は微笑んだ。

「大丈夫だ。念のためだから」


 フランスのエミリアンから聞いたのだが、賢者を狙っていた組織の動きは止まっているらしい。過度に心配する必要はないと思うが、油断は禁物であるのでモイラの戦力を増強しようと思う。


 俺たちは新型ホバービークルに乗って一層から六層までを通過した。そして、七層の墓地エリアに入った。ここにもファントムは居るのだが、十一層の廃墟より少ないので素早く通過しよう。


 少ないがファントムが居るので、この層はホバービークルではなく歩いて進む事にした。すると、スケルトンの集団と遭遇した。


「グリム先生、試したい事があるので、あたしに任せてください」

 天音が言い出した。

「いいけど、気を付けろ」

 スケルトンは八体ほど居るのだが、天音なら大丈夫だろうと任せた。その天音は金剛棒を取り出した。黒く軽い金属で出来ているらしい六角柱の棒は、先端部分だけドリルのように捻れている。


 天音は独特の歩法で歩き出す。それは軸のブレがない歩き方だった。重い武器を持っているのに、それを感じさせない歩き方で進みスケルトンに接近する。


 天音の身体から魔力が溢れ出し、身体と金剛棒を包み込む。その金剛棒がスケルトンに向かって凄まじい勢いで振り下ろされた。スケルトンの頭蓋骨を粉砕した金剛棒は回転して別のスケルトンの足を粉砕しながら薙ぎ払う。


 天音は金剛棒を持つ位置を次々に変え、そのリーチを変幻自在に変えながら攻撃しているようだ。そして、天音の手から金剛棒が離れる瞬間が増え始めた。


 金剛棒を魔力で操っているらしい。金剛棒が凄まじい速度で大気を切り裂き始め、瞬く間にスケルトンを粉砕していく。


「これが『仙棍術』か。凄まじいな」

 全てのスケルトンを倒した天音が戻ってきた。モイラが目を輝かせている。

「凄かったです」

「まだまだよ。『仙棍術』は棒の速さが音速を超えてからが本番らしいけど、あたしのは音速に達していないの」


 音速を超えると衝撃波が生まれるはずだが、身体を覆う魔力は衝撃波から身を守るためかもしれない。


 七層を通過した後、八層と九層はホバービークルで飛んで十層に下りた。ここは一層と同じ草原であるが、棲み着いている魔物は、アーマーボア、ビッグシープ、ブラックハイエナである。ゴブリンより一ランク上の強さを持つ魔物であり、D級冒険者であるモイラには相応しい練習相手だった。


 最初にブラックハイエナの群れと遭遇する。その群れは九匹の集団で俺たちを見付けると駆け寄ってきた。


 今度はモイラが前に出て相手をする。『ホーリーキャノン』を発動し、聖光グレネードを群れの真ん中に叩き込んだ。着弾した聖光グレネードが爆発し、周囲に居るブラックハイエナを吹き飛ばす。


 その一撃で四匹のブラックハイエナが死んだ。残りの五匹が次々にモイラに襲い掛かる。モイラはモラルタを抜いて構えた。


 グリムに教わった通りに斬撃を繰り出してブラックハイエナを仕留めた。まだぎこちない点はあるが、十分にブラックハイエナを仕留めるだけの技量はある。


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