第655話 ステイシーとジョンソン

 アメリカが保管している躬業の宝珠が奪われたと聞いて、ステイシーは唇を噛み締めた。

「あれほど厳重に保管するように伝えたのに、馬鹿どもが」

 ステイシーは現場の調査をしたいと申し出たが、警護の問題もあり許可が下りない。そこでジョンソンを呼び出す事にした。


 数日後、ジョンソンがステイシーの前に訪れた。ジョンソンはステイシーの顔を見ると、嫌な予感を覚えた。


「何の御用でしょう? ヨセミテダンジョンへ潜る予定なので、忙しいんです」

「魔法庁の研究施設から、躬業の宝珠が奪われました。その現場を調査に行きます。一緒に付いて来てもらえますか?」


 ジョンソンは首を傾げた。

「私は調査向きの人間ではないですよ」

「知っている。今回はディオメルバのアジトだった場所へも行くつもりなの。護衛として付いて来て欲しいのよ」


 ジョンソンは承諾した。ステイシーはジョンソンにとって命の恩人だった。彼が若い頃、レッドオーガに襲われて危機一髪というところを助けてもらったのだ。


「いいですけど、専属の護衛を雇った方がいいんじゃないですか?」

 ステイシーがジョンソンに目を向けた。

「いい考えね。グリム先生に頼んでみましょう」

「えっ、シャドウパペットの護衛ですか?」


 ステイシーがニコッと笑い頷いた。

「以前から欲しいと思っていたのよ。今度の調査が終わったら、日本へ行こうかしら」

 ジョンソンは心の中でグリムに謝った。結婚間近の貴重な時間をステイシーに奪われる事になると思ったのだ。


 ステイシーが鋭い視線をジョンソンに向けた。

「何か失礼な事を考えていなかった?」

 この人が魔女じゃないかという噂があるのを、ジョンソンは思い出す。

「いえ、何も考えていませんよ」


 ホバーバイクが完成するまで、ヨセミテダンジョンへ潜るのを延期しようと考えていたので、ジョンソンのスケジュールに問題はなかった。ただステイシーと一緒に行動するのは肩が凝るのだ。


 ちなみに、肩が凝るという言い方は日本独自のもので、外国では同じ症状を首が痛いと表現するらしい。


 数日後、ステイシーとジョンソンはフィラデルフィアへ車で向かう。その車の中でジョンソンは、ステイシーに尋ねた。


「ところで、奪われた躬業の宝珠は、どんな躬業だったのです?」

「『神言しんごん』の躬業よ。一種の精神攻撃で、強力な防御能力を持たない者は、その躬業を持つ者の言葉に逆らえない、という躬業よ」


「そういう力をパルミロも持っていました。同じようなものなんですか?」

「パルミロの精神攻撃は、魔法の一種よ。魔法で催眠状態にするというようなものだと推測しているわ。でも、『神言』の躬業は、言葉に力を持たせるものらしいの」


「どう違うのです?」

「パルミロの魔法や『支配のサークレット』は、一度に一人しか精神攻撃ができないけど、『神言』の躬業を手に入れた者は、一度に複数の人を従わせる事ができるのよ」


 その従わせる力もパルミロの魔法より強いという。『神言』の躬業を持つ者は絶対的なカリスマ的支配力を持つ事になる。その人物が望めば、第二のヒトラーになる事もできる。

 ジョンソンは政府が誰にも『神言の宝珠』を使わせなかった事に納得した。


 ステイシーたちがフィラデルフィアの研究施設に到着し、調査を始めた。その中でステイシーが注目したのは、破壊された金庫だった。


「魔力の残滓ざんしがある。これは攻撃魔法で破壊されたのね。でも、金属が溶けたようになる攻撃魔法となると……」


 ジョンソンは考え込んだステイシーを見て、口を挟んだ。

「生活魔法じゃないのですか?」

 ジョンソンは生活魔法の中に『ジェットブリット』という超高熱のプラズマで攻撃する魔法があるのを思い出して言った。


「いえ、生活魔法にも、こんな風に金属の塊を溶かす魔法はなかったはず。私の知らない魔法かも」


「それだと賢者の秘蔵魔法か、ダンジョン産の魔法を魔法庁に登録しなかったものになる」

「ダンジョン産だといいけど、ディオメルバの組織内に賢者が居るとなると、厄介ね」


 ステイシーたちはディオメルバのアジトへも行った。そこはチンピラや犯罪者がうろうろしているような地域だった。だが、高位の冒険者としての雰囲気を放っているジョンソンが一緒に居るので、そういう連中は近付いて来ない。


「やっぱり、あなたを連れて来て正解ね。邪魔な連中が近付いて来ないわ」

 それを聞いたジョンソンが、顔をしかめる。

「虫除けじゃないんだぞ」

 それを聞いてステイシーが笑う。


「虫除けにするために依頼した訳じゃないわ。あなたほどの護衛じゃないと、ここへ来る許可が下りなかったのよ」


 ステイシーの上司となると、国土安全保障長官である。

「護衛なら要人警護用の警官を配置してもらった方が、いいように思いますけどね」

「私より弱い警護など、必要ないわ」

 ステイシー自身はA級百位以内に入っていたはずなので、それより強い警官など存在しない。


 そのアジトは警官が見張っていた。ステイシーとジョンソンが中に入る。ほとんどの物が警察によって運び出された後で、がらんとしていた。


「ジョンソン、誰も中に入れないように見張ってくれる」

「分かりました」

 部屋の中央に立ったステイシーは、何かの魔法を発動した。魔力が部屋の中に放射され、何かを探しているように隅々に入り込む。ジョンソンも知らない魔法なので秘蔵魔法だろう。


「あったわ」

 部屋の中に隠し金庫みたいなものを発見したステイシーが声を上げた。それを調べると隠し金庫ではなく、冷凍庫だった。中を調べると小さなガラス瓶に入った赤い薬のようなものを見付けた。


 ステイシーは何か残されていないか調べただけだったが、血の霊薬を発見して大きな収穫を得た。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その頃、俺とモイラ、それに天音は水月ダンジョンへ来ていた。モイラはアメリカ政府の特別な許可で、冒険者となっている。


 今ではD級冒険者にまで昇級したので、中級の水月ダンジョンが活動場所となっている。

「今日は、十層のアーマーボアを狩って、それから十一層の廃墟でファントムを狩る」

「ファントム、初めてです」

 モイラが日本語で答えた。勉強して日常会話くらいなら日本語を話せるようになったのだ。


 モイラの傍には、尻尾有り人型シャドウパペットのエイブがモイラを守るように立っている。エイブには『風の神器:イムフル』を持たせており、これはグレイブと呼ばれる武器で、西洋版薙刀なぎなただ。


「天音は、工房を開いたばかりなんだろ。ダンジョンに来ていて大丈夫なのか?」

「工房は内装工事をしているので、商売を始めた訳じゃないんです」

 天音が状況を教えてくれた。それに天音の名前は業界で広まっていないので、客は鳴神パペット工房だけだと言う。


 そんな事を話してから、俺たちは水月ダンジョンへ入った。


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