第654話 ディオメルバとアメリカ
俺とアリサ、それにメティスを交えて万里鏡の可能性について話をしていると、根津がドアを開けた。
「グリム先生、ここに居たんですね」
根津は俺を探していたようだ。
「何か用なのか?」
「ジョンソンさんが、いらっしゃいました」
「はあっ、A級冒険者の?」
「そうです。あのジョンソンさんです」
俺は作業部屋へ案内するように言った。秘密で何かをしようとする時、この作業部屋しか適当な部屋がないのだ。そして、来客の時も作業部屋を使う事が多い。
「きちんとした応接室を作るかな」
『そうした方がいいと思います』
「でも、新グリーン館には、ちゃんとした応接室を作る予定なんでしょ」
アリサに言われて二つも応接室が必要か? という疑問が湧いた。まあ、後でゆっくり考えよう。
ジョンソンが根津に案内され、作業部屋に入ってきた。挨拶を交わしてから用件に入る。
「今日は、以前に借りたホバーバイクを、また貸して欲しくて来たんだ」
「まさか、ジズが居るか確かめに行くのですか?」
ジョンソンが呆れたような顔をする。
「ステイシー本部長が使える手駒は、私だけではないのだぞ。他の冒険者が確かめに行って、居ない事は確認済みだ。今回必要なのは、カリフォルニア州のヨセミテダンジョンに潜る時に必要だからだ」
ヨセミテダンジョンは上級ダンジョンで、一層が巨大な
「普通は装甲車で巨大な蛭『ラージリーチ』を踏み潰しながら進むのだが、時々多数のラージリーチに攻撃され、装甲車が動けなくなる事があるのだ」
「へえー、そういう時はどうするのです?」
「仕方ないから、外に出てラージリーチを殺して動くようにする」
それを聞いたアリサが嫌悪の表情を浮かべる。
「なるほど、それで飛んで行けるホバーバイクが欲しいのですね」
俺はジョンソンの事を気に入っていたので、ホバーバイクの作製を引き受ける事にした。但し、好き嫌いだけで決定した訳ではない。ジョンソンからアメリカの情報を聞き出せると考え、良好な関係を築いていこうと思ったのだ。
ちなみに、ホバーバイクも実験機ではなく、完成形が設計を終えて製作段階に入っていた。ホバーバイクは戦闘にも使うかもしれないので、最高速度を時速三百五十キロとした。
製作に使う金属には、<重力遮断><反発(地)><ベクトル制御><衝撃吸収>の四つの特性を付与しており、今のところ俺にしか作れないものだ。
ちなみに、ホバーバイクを調べても、その材料にどんな特性を使っているかは分からないだろう。それを調査するには生活魔法の賢者システムが必要なのである。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
邪神を崇拝する組織ディオメルバの信徒であるチェルヴォは、精鋭部隊を率いてアメリカに渡った。この精鋭部隊のメンバーは、血の霊薬によって強化されていた。
血の霊薬の一つに、材料とした血の持ち主と同じ魔法レベルになるという効果を持つ霊薬がある。それは八日間ほど一時的に薬の使用者の魔法レベルを変化させるものだが、魔法レベルが変化している間に習得した魔法は、効果が消えても習得したままとなる。
その効果を使って威力のある魔法を習得し、その魔法で魔物を倒して本来の魔法レベルを上げるという事を繰り返して精鋭部隊を育てた。
そうして育てた精鋭部隊を率いたチェルヴォは、アメリカのフィラデルフィアにある魔法庁の施設に来ていた。ここは魔法庁の研究施設なのだが、貴重な魔法の品々を保管する金庫もある。研究施設なので警備も厳重になっている。
深夜、黒い衣装に着替えたチェルヴォたちは、夜の闇に
地上では警備員が巡回しているのだが、チェルヴォたちは気付かれなかった。問題はここからである。研究施設内部では、多くの警備員が巡回している。入れば見付かって攻撃されるだろう。
「作戦通り、部隊を二つに分ける。陽動チームは東の研究棟で騒ぎを起こし、警備員の注意を惹き付けろ。我々は躬業の宝珠が仕舞ってある金庫へ向かう」
陽動チームが東へ向かい、チェルヴォたちは西の金庫がある場所へと移動する。その時、東側の研究棟で爆発音が鳴り響いた。陽動チームが陽動作戦を開始したのだ。
研究施設の全域に警報が鳴り響く。警備員の半分が研究棟へ向かって走り出した。その隙に窓を割って侵入する。
元から警報が鳴り響いているので、窓が割れた音は気付かれなかったようだ。チェルヴォは前回盗み出した『支配のサークレット』を使って、研究施設の研究員から情報を聞き出していたので、迷わず金庫へと進んだ。
偶に居残っていた研究員と遭遇する事はあったが、チェルヴォたちはサイレンサー付きの銃で射殺した。そして、金庫室へ辿り着いたチェルヴォたちは、警備していた者たちに攻撃魔法を放って殺した。
「ここからは時間との勝負だ」
チェルヴォたちは、ある賢者から手に入れた『メルトダウン』という魔法を使って金庫を開け、中にあった躬業の宝珠を盗み出した。そして、気付いた警備員たちが金庫室に集まろうとした時、窓を破って『フライ』で逃げ出す。
但し、チェルヴォのチームが無傷で逃げられた訳ではない。陽動チームのほとんどが殺され、逃げ出せた者は居なかった。
この事件の通報を受けて駆け付けた警察は、狂信的なプロの仕業だと断定した。そして、包囲網を敷き犯人を追跡した。犠牲者を出しながらもチェルヴォたちを追い詰めたが、チェルヴォ一人だけ逃してしまった。それはチェルヴォの仲間が自爆テロの真似までして、チェルヴォを逃がそうとしたからだ。
アメリカを脱出したチェルヴォは、躬業の宝珠を持って指導者ピゴロッティの下に戻ってきた。
「首尾はどうであった」
ピゴロッティの問いに、チェルヴォはニコッと笑い躬業の宝珠を差し出す。
「よくやった。この躬業を使えば、封印の鍵であるギャラルホルンを、手に入れる事も可能だろう」
ピゴロッティは高笑いし、チェルヴォを褒めた。
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