第653話 万里鏡

「その万里鏡は、どういう風に使うの?」

 アリサが俺に尋ねた。

「万里鏡をどこかに固定して、鏡を覗き込みながら神威エナジーを流し込むらしい」


 俺はエルモアと為五郎、ネレウスを影から出し、アリサの指示に従うように命じた。四角い万里鏡をテーブルの上に置き、鏡面になっている部分を覗き込みながら神威月輪観の瞑想を始める。


 心の中に丸い月が浮かび上がり、その月が門になって神威エナジーを取り込み始めた。俺は神威エナジーを万里鏡へ導き流し込む。


 その瞬間、俺の精神は肉体から離脱した。幽体離脱というものだ。俺は精神だけの存在であるアストラル体になった。但し、強い力で肉体に繋がっているように感じる。いつでも肉体に戻れるようだ。


 俺は自分の肉体に目を向けた。と言っても、肉体的な眼がある訳ではない。見ようとした瞬間、自分の肉体が見えたのだ。


 肉体は万里鏡を見詰めたまま微動だにしていない。ただ神威エナジーを流し込み続けている。ふと万里鏡を見ると、アストラル体である俺が見ている光景が万里鏡に映し出されている。


 その映像を見てアリサたちは驚いているようだ。

『グリム先生、聞こえますか?』

 メティスがいつものテレパシーのようなもので質問した。

『ああ、聞こえているぞ』

 俺も肉体がないので、テレパシーのようなもので答える。アストラル体の場合は、それが可能なようだ。


『どういう状況なのですか?』

『俺は幽体離脱して、精神だけのアストラル体として空中に浮いているようだ。どこまで遠くへ行けるか確かめてみる』


 俺はダンジョンの木へ行こうと思った。すると、一瞬でダンジョンの木の真上に移動していた。瞬間移動のようだ。もっと遠くならどうだろう。


『メティス、これから富士山へ行ってくる』

『了解しました。アリサさんへ伝えます』

 俺は富士山の方角を見ると『飛べ』と考えた。次の瞬間、俺は富士山の真上に居た。速すぎる。一秒と掛かっていないのじゃないか?


『聞こえているか?』

 俺はメティスに話し掛けた。

『聞こえます。富士山に到着したようですね』

 万里鏡に上空から見た富士山が映っているようだ。ダンジョン神は、なぜ万里鏡のようなものを作ったのだろうかと疑問に思った。


『メティス、万里鏡に映っている映像をカメラで撮影してくれ』

『今、アリサさんの指示で準備しているところです』

 さすがアリサだ。何をすればいいか理解している。俺はカメラの準備が終わって撮影を開始したと連絡を受けると、上を見た。そこには青空が広がっていた。


 俺はゆっくりと上昇するように意識した。すると、数秒で衛星軌道にまで上昇した。万里鏡は本当に神鏡と呼ばれる力を持っている秘宝だと思う。


 衛星軌道から下を見ると地球が見える。中国、東南アジアの国々、インド、中東の国々、そして、地中海とヨーロッパの国々が見える。


 俺はアラブ世界の一員であるリビアに注目した。このリビアのダンジョンに巨獣ベヒモスが居る。ブレガダンジョンへ移動するように考えた瞬間、ブレガの石油精製所近くにあるブレガダンジョンの上空へ移動していた。


『ブレガダンジョンへ入ってみる』

『その状態で入れるのですか?』

『分からない。試してみる』

 俺はダンジョンへ入った。その瞬間、メティスとの繋がりが切れたように感じた。


『メティス、聞こえるか?』

 返事は返って来なかった。だが、俺自身の肉体との繋がりは切れておらず、いつでも戻れると感じた。


 ダンジョンへ入った瞬間、もう一つ感じた事がある。それは莫大なエネルギーを秘めた存在である。それが巨獣ベヒモスだと直感した。


 俺が確かめようと考えた瞬間、ダンジョンの構造を無視してベヒモスが居る層へ移動していた。アストラル体なので壁抜けくらいはできるだろうと思っていたが、ダンジョンの地面を通り抜けてしまうとは思ってもみなかった。


 ベヒモスを見た瞬間、魂が恐怖した。全長が五十メートルほどで信じられないほどのエネルギーを秘めている。旧約聖書にベヒモスの事を神の傑作であり、最高の生物だと書かれているらしいが、本当の事かもしれないと感じた。これは神が創り上げた最高の獣なのだ。


 それはカバのような胴体に猪の頭を持つ化け物で、全身がオレンジ色の毛で覆われていた。その化け物が向きを変えて俺に視線を向ける。


 まさか、見えているのか? ベヒモスの目が俺を睨む。その直後、ベヒモスが口から真っ赤な光線を放った。攻撃されるとは思っていなかった俺は、殺されると思い全力で逃げた。そして、意識が途切れる。


「大丈夫? しっかりして」

 アリサの声が聞こえた。

「ううっ、だ、大丈夫だ」

 俺は一瞬で肉体に逃げ戻ったらしい。身体が震えている。ベヒモスから受けた恐怖が身体にも影響しているのだ。


「無茶するからです」

 アリサがキツイ声で言う。その目には涙が溜まっている。心配してくれたのだと分かり、少し恐怖が和らいだ。

「済まない。ベヒモスが攻撃してくるとは、思ってもみなかったんだ」


 メティスとの繋がりは切れたが、万里鏡はダンジョン内の光景も映し出していたらしい。

「万里鏡か……とんでもないものだな」

『同意します。特に移動速度が尋常ではありません』


 俺は一瞬でリビアのダンジョンまで移動した時の事を思い出した。本当に瞬間移動したかのような速さだった。


「これで万里鏡の使い方は分かった。使い方によっては凄い事ができると思うけど、今の俺には使い熟せないかな」


 アリサが首を傾げた。

「十分に使い熟せていたと思うけど」

「万里鏡は、全宇宙を見渡すために使用する鏡だという言い伝えがある。全宇宙と言うのは大袈裟おおげさだと思うが、ダンジョン神は、本当に宇宙を見張るために使っていたのかもしれない」


 メティスは万里鏡の移動速度を尋常でないと言っていた。それには俺も同意する。その移動速度は月にさえ一瞬で行けそうなほどエネルギーに満ちていたのだ。


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