第647話 秘宝の管理

「グリム先生は、神殿文字も読めると聞いている。何と書いてあるのだ?」

「どうして読めると?」

「ステイシー本部長から聞いた」

 さすがアメリカ、よく調べている。嘘を言っても仕方がないので『神の力を満たした手で取り出せ』と刻まれていると教えた。


「神の力か……その力について、何か知っているか?」

 ジョンソンが俺に尋ねた。

「少しなら知っています」

「そうか、私も少しなら知っている」


 意外な事を聞いて驚いた。神威の事を知っている者が他にも居るのか、と思ったのだ。

「情報交換だ。私が知っている事を話すから、グリム先生の情報も教えてくれ」

「いいでしょう」


「私が知っている神の力は、『天意』と呼ばれている。それは神の力以外の全てのものを操る事ができるそうだ」


 ジョンソンの話では、『バタフライ効果』のような現象を引き起こす力なのだという。バタフライ効果というのは、気象学者のエドワード・ローレンツが行った講演のタイトルに由来している。そのタイトルというのは『予測可能性:ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきは、テキサスで竜巻を引き起こすか?』というものだ。


 蝶が羽ばたく程度の小さな力でも、遠くの場所の気象に影響を与えるか? という意味である。『天意』は小さな力を連続で何度も使う事で、結果的に大きな現象を引き起こす力らしい。まさに神の力である。


「その『天意』を手に入れる方法は分かっているんですか?」

「ステイシー長官は、巨獣のどれかを倒せば手に入るんじゃないか、と考えているようだが、本当のところは分からない」


 ジョンソンが、今度は俺が話す番だと言う。

「俺が知っている神の力というのは、『神威』です」

「神威?」

 ジョンソンは聞いた事がなかったようだ。

「ディロルを倒す時に使った魔導武器オムニスブレードが、神威エナジーという力を使っています」


 それを聞いたジョンソンが大きく頷いた。

「あの魔導武器から出て来た緑色の刃は、尋常じゃないと思っていたよ。それで『神威』とは、どんな力なんだ?」


「『神威』は、次元を超越して作用する意思を持つパワーだと言われています」

 俺は簡単に『神威』について説明した。

「それで『神威』を手に入れる方法は?」

「それが分かったら、真っ先に手に入れます」

 嘘ではない。分かったから『神威の宝珠』を手に入れたのだ。


 ジョンソンが頷いた。

「もしかしたら、巨獣を倒せば『神威』というのも手に入るかもしれないな」

「もう一つ重要な事ですが、『神威』は『躬業の宝珠』という形で手に入るそうです。アメリカは『躬業の宝珠』を一つ所有していますよね?」


 ジョンソンが顔をしかめた。

「そんな事まで知っているのか。油断できんな」

「アメリカの持つ『躬業の宝珠』は、どんなものなんです? それを使わないのはなぜです?」


「それについては、私も知らない。ただアメリカ政府が『躬業の宝珠』というものを持っている、という噂は聞いている」


 残念だが、ジョンソンはアメリカ政府の『躬業の宝珠』については知らないようだ。

「ところで、秘宝を取り出す手段はあるのか?」

 手段はないと答えて出直す事もできるが、その場合は後から来た冒険者が秘宝を取り出す可能性もある。


 神威以外に神の力がいくつもあるのなら、それを所有している冒険者も居るかもしれない。可能性としては低いと思っているが、絶対ではない。


「ジョンソンさんは、半神化したディロルにナイフを刺しましたよね。あれは神の力じゃないんですか?」

「あれはフランスのエミリアン殿が新しく開発した魔法だ。『イービルスレイヤー』という邪神眷属用だと聞いている」


 やっとエミリアンが邪神眷属用の魔装魔法を登録したらしい。それは良いが、神の力ではないようなので秘宝を取り出すには神威が必要だ。


 俺は心眼で柱の中の秘宝を調べてみた。柱の中だからか、断片的な情報しか得られなかった。この宝箱の中に入っているのは、『ギャラルホルン』と呼ばれる角笛らしい。北欧神話の光の神であるヘイムダルが持つ角笛で、最終戦争であるラグナロクの到来を告げると言われている。


 但し、ここはアース神族の国であるアスガルドではないので、別の目的がギャラルホルンに与えられているようだ。しかも、それは不吉な事だとだけ分かった。


 そこまで調べて、秘宝が厄介なものだと判断した。

「一つ考えがあります。オムニスブレードが使っている神威エナジーを使って、取り出す方法です」


「よく分からんが、任せるよ」

 その言葉を聞いた俺は、しばらく集中するので声を掛けないでくれと頼んだ。そして、エルモアとネレウスに周りを見張るように命じる。


 俺はオムニスブレードを握って神威かむい月輪観がちりんかんの瞑想を始めた。心の中に月が浮かび上がり、それが門となって神威エナジーが流れ込んで来る。最初は少量だったが、少しずつ多くなる。そして、全身に神威エナジーが満たされた。


 その状態の時の俺は、精神が高揚して何でもできそうな気分になっている。ふとジョンソンの方を見ると、ひざまずいて祈りを捧げているような姿勢を取って俺を見ている。何の冗談だろう?


 俺は神威エナジーが満ち溢れる手で水晶の柱に触れた。すると、何の抵抗もなく柱の内部に手が入り、宝箱に手が届いた。その宝箱を掴み柱の外まで引き出した。


 その瞬間、神威月輪観の瞑想をやめる。ジョンソンが変な顔をして俺を見ながら立ち上がった。


「何で祈っていたんです?」

「私にも分からん。グリム先生が神威エナジーを扱い始めたら、凄まじいプレッシャーと神を感じた。それに抵抗できずにひざまずいてしまったようだ。グリム先生はディロルみたいな半神じゃないんだよな?」


「違います」

 神威エナジーの効果だと思うが、神を感じたというのが気になる。まあいい、それより宝箱だ。俺は罠がないかチェックしてから蓋を開けた。


 中に入っていたのは角笛である。マルチ鑑定ゴーグルで調べてみると、『ギャラルホルン』と表示された。そして、邪神ハスターを封印する時の鍵となったものだと分かった。


「これは神の秘宝というより、パンドラの箱じゃないか」

 ジョンソンが不審そうな顔になる。

「パンドラの箱? どういう意味なのだ?」

 俺はマルチ鑑定ゴーグルで調べた結果を、ジョンソンに伝えた。それを聞いたジョンソンは険しい顔になる。


「激ヤバじゃないか」

「という事で、これはアメリカが管理して欲しい」

「何が、という事でだ。そんなものをアメリカに押し付けるな!」

「日本の政府に任せてもいいけど、それでアメリカは安心できるのですか?」


 それを聞いたジョンソンが考え始めた。日本は伝統的に情報管理が甘いと知られている。

「ステイシー本部長に確かめてみよう」


 アメリカは『ギャラルホルン』の管理を引き受けるだろうと思っている。そういう国なのだ。


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