第645話 邪神の使徒ディロル

 俺たちが気配を消して見ていると、三人の冒険者が水晶の柱から離れた。何かの魔法で柱を破壊し、秘宝を取り出す事に決めたらしい。


 ディロルと呼ばれていた攻撃魔法使いらしい男が、『サリエルクレセント』を発動して分子分解の力を持つサリエルブレードを柱に向かって放つ。その刃が水晶の柱に命中した瞬間、サリエルブレードが消失した。まるで強制的にキャンセルされたかのようだ。


 もう一人の男が魔導武器を抜いて柱を斬り付けたが、跳ね返されて傷一つ付けられなかった。

『正式な秘宝の取り出し方を知らないのでしょうか?』

「さあ、説明書きみたいなものが、ありそうな気がするけど」


 小声で答えてから柱の周りを探す。すると、柱の横に小さな石碑があった。刻まれた文字までは読めないが、それに取り出し方が書いてあるような気がする。


 但し、あの三人には実行できない事だったのだろう。その時、後ろで人の気配がした。

「何をしてるんだ?」

 後ろを見て思わず舌打ちする。ジョンソンが現れ、俺に向かって声を掛けたのだ。岩陰から覗き見している俺たちが不審に思われるのは理解できる。だが、タイミングが最悪だ。


「あいつらは敵だ。気を付けろ!」

 俺は柱の傍に居る三人を指差して叫んだ。同時にディロルが、ジョンソンに向かって『ソードフォース』を発動し、魔力刃を放つ。


 ジョンソンは驚いたが、攻撃を躱そうとする。だが、その動きは間に合いそうになかった。俺は『フラッシュムーブ』でジョンソンの前に移動し、直後に多機能防護服のスイッチを入れる。


 魔力刃が胸に当たり、その威力を多機能防護服が吸収した。

「どういう事だ!?」

「あいつらは敵だ。フライベルクを殺した」

 それを聞いたジョンソンの顔色が変わった。素早く武器のジョワユーズを抜くと身構える。


 また『ソードフォース』で攻撃してきたので、『ティターンプッシュ』で迎撃する。ディロルの仲間である二人は魔装魔法使いだったようで、剣を抜いて襲い掛かってきた。


 その二人をエルモアとネレウスが迎撃する。俺はディロルに向かって走り出した。ディロルは『フライ』を使って飛び、『ショットガン』を発動して上から多数の魔力弾をばら撒いた。


 俺は『カタパルト』を発動して身体を横に放り投げる。空中で『カタパルト』の魔法から解放された瞬間、七重起動の『ハイブレード』を発動し、D粒子で形成された長大な刃をディロルに叩き付けた。


 ディロルは避けようとしたが、音速を超えたD粒子の刃はディロルの身体を捉えて弾き飛ばした。本来なら切り裂かれるはずなのだが、ディロルは『ホワイトアーマー』の魔法で防御力を上げていたのである。


 弾き飛ばされたディロルは、地下空間の壁に激突して跳ね返され地面に倒れた。かなりのダメージを受けたはずだが、歯を食いしばって立ち上がる。


「貴様、本当にフライベルクを殺したのか?」

 ジョンソンがキツイ口調で尋ねた。それを聞いたディロルが薄笑いを浮かべる。

「それがどうした。ハスター様のためにやっている事を邪魔したからだ」


 ジョンソンがギリッと歯ぎしりする。

「お前は邪神のために人を殺したと言うのか?」

「邪神ではない。ハスター様は唯一の神だ。お前らも邪魔するなら殺してやる」

 ディロルの目が、ハスターの名前を口にするたびにギラギラと輝く。


 俺はディロルを見詰めた。

「殺すだと? 何を言っている。ダメージを負って倒れそうなのは、お前じゃないか」

 ディロルが不敵な笑い声を上げる。

「ふはぁはは……、私が何も用意せずに、ここへ来たと思っているのか?」


 どういう意味だ? 何か隠し玉を持っているというのか? 俺が考えている間に、ディロルは何かの薬が入っている瓶を取り出して一気に飲み干した。


「何を飲んだ?」

「神になるための進化薬だ。私は一時的に半神となる」

 無茶苦茶怪しい薬である。それを飲んだディロルが、苦しみ始めた。エルモアたちと戦っていた二人の魔装魔法使いが、ディロルの傍に駆け寄る。


「ディロル様、大丈夫ですか?」

 その時、ディロルの全身の筋肉が膨れ上がった。

『何が起きているのですか?』

 メティスが質問したので、俺はディロルが進化薬を飲んだと話した。


 苦しんでいたディロルが、突然、仲間の二人に襲い掛かった。完全に理性が飛んでいるようだ。一瞬で仲間二人を殺したディロルは、仲間の肉体を食べ始める。


「ううっ、何なんだ?」

 ジョンソンが嫌悪の表情を浮かべてディロルを見ている。

『グリム先生、見ている場合ではありません。攻撃しないと』

 そうだった。こういう場合は、完全に変化が終わる前に攻撃した方が良いと分かっているが、あまりにも驚きすぎて攻撃するのを忘れていた。


 攻撃しようと考えた時、先にジョンソンが攻撃を仕掛けた。ジョワユーズを構えてから飛び込み、ディロルの背中に刃を振り下ろす。


 もはや人ではなくなったディロルが、振り向いて剣の側面へ右手を叩き付ける。ジョワユーズが弾かれたが、ディロルも腕に怪我をした。


 だが、その傷が見ている間に塞がっていく。それを見たジョンソンが後ろに跳び退いた。

「半神とか言っていたが、こういうのが半神なら、絶対になりたくないぞ」

「俺も同感です」


 ディロルの肉体的な変化が止まり、内面が変化を始めた。それは魔力や気の変化として表れる。ディロルから溢れ出る魔力が増大し、その魔力に含まれるエネルギーも増え始めたのだ。


「まるで、励起魔力だ」

「何だって?」

 ジョンソンが尋ねた。俺は何でもないと言って七重起動の『コールドショット』を発動し、D粒子冷却パイルをディロルに向けて飛ばす。


 だが、ディロルの魔力が淡い紫に変化してD粒子冷却パイルを弾いた。励起魔力に似ていると思ったが、全然違うものだった。


 エルモアとネレウスが『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジで攻撃した。それに気付いたディロルが紫の魔力を全身から噴き出し、邪神眷属にも有効な聖光分解エッジを弾いた。


 その瞬間、苦しいほどのプレッシャーを感じた。紫の魔力が周りに影響を与え始めたのである。それはジョンソンも感じているようで、一歩二歩と後退する。


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