第644話 黒い冒険者

 フォモールの巨人が俺に向かって走り寄り、斧を振り下ろした。魔力バリアを展開して攻撃を防ぐと、『フラッシュムーブ』を発動し、巨人の頭上五十メートルへ移動する。


 空中で『フラッシュムーブ』から解放された俺は、自由落下を始める。その状態で『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジを巨人の上に落とす。


 それに気付いた巨人が頭上に向かって暗黒の盾を向ける。俺はもう一度『フラッシュムーブ』を発動し、巨人の背後三十メートルの場所に移動した。


 その位置から『ホーリークレセントⅡ』を発動し、聖光分解エッジより倍以上も速い聖光分解キーンエッジを放つ。二つの魔法はほとんど同時に巨人に到達した。


 巨人は頭上から落下する聖光分解エッジを暗黒の盾で防ぎ、背後から襲ってくる聖光分解キーンエッジを跳躍して躱そうとした。だが、聖光分解キーンエッジは巨人の右足の足首を斬り飛ばす。


 片足を失った巨人は、上手く着地できずに転倒した。俺は『ニーズヘッグソード』を発動し、拡張振動ブレードを巨人の首目掛けて振り下ろす。


 巨人は慌てて暗黒の盾で防いだ。そして、俺に向かって斧を投げ、床を転がって離れようとする。俺は魔力バリアを展開して斧を弾き飛ばした。


 盾を杖代わりにして立ち上がろうとしている巨人に、五重並列起動で『クラッシュボール』を発動し、一メートル間隔でD粒子振動ボールを縦に並べて放つ。


 盾を杖代わりしていた巨人は、その盾で五発のD粒子振動ボールを防ごうとしたが、四発までしか受け止められなかった。最後の一発が巨人の頭に命中して穴を開ける。


 それがトドメとなって巨人は消えた。

「凄まじい戦い方……援護しようと思っていたけど、その必要はなかったみたいね」

 メリッサと数人の冒険者が、援護する用意をして待機していたようだ。


 それを聞いたフライベルクが頷いた。

「本当ですね。生活魔法使いがA級十四位というのは、何かの間違いだと思っていたのですが、今の戦いを見て納得しました」


 五層の中ボスを倒したフライベルクは、意外にも弁護士のような喋り方をする青年だった。俺はエルモアとネレウスを出してドロップ品を探させた。


「グリム先生のシャドウパペットは、大型なんですね。もしかして戦闘用ですか?」

「ええ、そうです」


 その時、フライベルクの背後から声が上がる。

「あいつら抜け駆けしやがった」

 もう一人の冒険者が、階段のところに居た冒険者たちが、階段を下りた事に気付いたのだ。


 すると、冒険者たちが一斉に階段に向かって走り出し、中ボス部屋から出て行った。最後に残ったのは、俺とメリッサである。


 メリッサがそわそわしている。

「行っていいですよ」

「グリム先生、ありがとう」

 メリッサも走って十一層へ向かった。俺は溜息を吐いてから、ドロップ品を探し始める。


 巨人のドロップ品は、白魔石<小>と『限界突破の実』、それに『魔剣オルナ』である。このオルナという魔剣は剣の速さを三倍にするという機能を持っていた。


「剣速が三倍になるというのは凄いけど、訓練しないと手を傷めそうだ」

『グリム先生、急がないとオルトスドラゴンを先に倒されてしまいますよ』

「そうだった」


 俺たちは十一層に下りた。十一層は巨大な迷路であり、冒険者ギルドにも詳しい情報がなかったので、初めて挑戦する俺には不利だ。


 この迷路に棲み着いている魔物は、ブルーオーガとミノタウロスである。俺たちは魔物を倒しながら、出口を探して進む。心眼とメティスの推理で三時間ほどで攻略した。その二つがなければ、攻略に一日が必要だったかもしれない。


 十二層に到着した。目の前に乾燥した熱帯草原が広がっている。通常サバナやサバンナと呼ばれる土地だ。


 遠くに山頂付近が白くなっている山が見える。あそこにオルトスドラゴンが居るらしい。

『完全に出遅れましたね』

「急いで行こう」

 俺はエルモアとネレウスを影に戻し、戦闘ウィングで山まで飛んだ。そして、山に到着した時、誰も居なかった。


 爆発で出来たクレーターや倒れた木などの激しい戦闘の跡が目に入る。

「オルトスドラゴンとの戦いは終わったようだな」

『残念ですが、神の秘宝は誰かの手に渡ったようです』


「まだ分からないぞ。確認しよう」

 戦闘があった場所の近くに洞穴があった。その洞穴の奥に神の秘宝が隠されているのだろう。俺は影からエルモアとネレウスを出して洞穴に入った。


 百メートルほど進んだところに大きな地下空間があった。そこに入った瞬間、メティスが声を上げる。

『人が倒れています』

 メティスが発見したのは、フライベルクの遺体だった。胸に刃物による刺傷がある。


「誰かに殺されたようだな」

『中ボス部屋で禁忌を犯した者と同一人物でしょうか?』

「どうして、そう思うんだ?」

『A級冒険者が間違って禁忌を犯したとは思えません。あれはわざとだと思います』


「その理由は?」

『全員を強制的に中ボス部屋に放り込んで、巨人と戦わなければならない状況にしたのです。その証拠に最初から戦おうとせず、階段の近くで見物していた者たちが居ました』


 巨人と戦わせて競争相手を脱落させる計画だったのではないかと、メティスは主張した。暗黒の盾を持つ巨人と戦えば負傷したり、死んだりする可能性もあった。それに確実に魔力が消耗する。


 だが、俺一人が戦う事になったので、他の者は魔力を消耗しなかった。それは誤算だったのだろう。誰がオルトスドラゴンを倒したのかは分からないが、神の秘宝を手に入れる段階で争いになったのだ。


 俺は遺体を袋に入れてから、収納アームレットに仕舞った。そして、地下空間の奥へと向かう。すると、話し声が聞こえてきた。


「ディロル様、オルトスドラゴンと他の冒険者は排除できました。問題は秘宝を持ち出す方法です」

 俺たちは岩陰に隠れて様子を窺った。そこには中ボス部屋の前に集まっていた三人の冒険者が居た。名前は知らないが、A級百位以内に入っている冒険者なのだろう。


 あまり有名な冒険者ではないようだ。世界的に有名になるには、大きな実績を上げなければならない。世界に報道されるほどの大きな実績を上げた事のない冒険者なのだ。


 コツコツと小さな実績を積み上げ、百位以内になった者たちなのだろう。そういうのは立派な事だと思うが、どうやらこいつらは立派ではないらしい。


 冒険者を排除と言っていたので、フライベルクを殺したのはこいつらだ。不意打ちでもして殺したと予想される。


 俺は神の秘宝を探した。そして、水晶の柱みたいなものの中に、箱があるのに気付いた。それが神の秘宝らしい。但し、その水晶の柱から取り出せないようだ。


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