第643話 十層の巨人

 俺たちは地下通路を引き返し、廃墟に戻った。

『マルチ鑑定ゴーグルか、心眼で分からないものですか?』

「鑑定すると『階段』と表示されるから、ダメだ。心眼は一つ一つ調べると疲れる」

 心眼だと膨大な量の情報を解析する事になるので、精神的に疲れる。まだ直接調べた方が負担が軽い。


 結局、七つ目の階段が当たりだった。階段を下りた俺たちは、十層の湿原を目にする事になった。

「ジメジメしたところだな。水草や花が咲いているような綺麗な湿原だったら良かったのに」


 水草は少なく、泥と水溜りが目に入る。ここに棲み着いているのは、巨大なトカゲ型の魔物が多い。シルバーリザードやレッドポイズンリザードという魔物である。


 どちらの魔物も体長が五メートル以上もある大物である。但し、クラッシュ系の魔法が有効なので遭遇すれば瞬殺できる。とは言え、ここで時間をロスするのは惜しい。


 俺はエルモアとネレウスを影に戻し、戦闘ウィングで飛んでいく事にした。

『十層の中ボスと戦うのですか?』

「それが問題だよな。それだと中ボスと戦った後に、オルトスドラゴンと戦う事になる」


 十層の中ボスは、フォモール族と呼ばれる巨人の戦士だ。体長が七メートルで右手に朱鋼製の戦斧を持ち、左手に暗黒の盾を持っている。


 その暗黒の盾が問題だった。その盾は全ての物や力を吸い込むというブラックホールのような力を持っていたのだ。フォモールの巨人を倒すには、その盾を避けて攻撃しなければならない。厳しい戦いになるだろう。


『中ボスは誰かに譲って、私たちは狙いをオルトスドラゴン一本に絞りましょうか?』


 その提案を聞いて、俺は悩んだ。

「中ボス部屋を覗いて、その巨人を見てから決めよう」

 俺は『ブーメランウィング』を発動し、戦闘ウィングに乗ると飛び上がった。目指すのは湿原の奥にある山だ。その山の中腹に中ボス部屋がある。


 今度こそ一番乗りだと思っていたのだが、先客が居た。俺が階段探しに時間を掛けている間に先を越されたようだ。


「オランダのメリッサ・ハルデマンよ」

 美人の冒険者が英語で自己紹介してきたので、俺も自己紹介する事にした。

「日本のさかき緑夢ぐりむだ」


 メリッサが頷いた。

「活躍は聞いているわ。グリム先生ね」

 俺は中ボス部屋の扉が開いているのに気付き、メリッサに質問した。

「中ボスと戦わないのですか?」

「魔力を温存する事に決めたのよ」


 三十五歳前後だと思われるメリッサは、不変ボトルは持っていないようだ。自分の魔力がどれほど残っているか気になって調べると、半分を切っている。


 俺は不変ボトルを取り出して万能回復薬を飲んだ。魔力が満タンに回復し、不変ボトルを仕舞う。


「グリム先生は挑戦しないの?」

「どうするか迷っているんですよ。本命はオルトスドラゴンが守っているという神の秘宝ですからね」

 メリッサの事を思い出した。A級二十六位の攻撃魔法使いだ。俺は中ボス部屋の入り口から中を覗いてフォモールの巨人を確認した。


 七メートルの巨人は強敵だと思わせる迫力があった。そして、暗黒の盾が尋常ではない存在感を放っている。やはり戦わないのが正解かもしれないと思い始めた。


 その後、他の冒険者たちが次々に中ボス部屋の前に到着したが、誰も中ボスと戦おうとはしなかった。たぶんオルトスドラゴンとの戦いのために、魔力を温存したいと考えているのだろう。


 八人目のA級冒険者が来た。知らない顔だ。俺も全員の顔を知っている訳じゃないので不思議ではない。三十代だと思われる精悍な感じの男である。


「あの男は誰?」

 メリッサが俺に質問した。

「さあ、俺も知らないです」

 その男が中ボス部屋を覗いている。誰でもする事なので、気にもとめなかった。その時、誰かが切迫した感じの声を上げる。


「やめろ! 馬鹿な事をするな」

 英語だったので意味は分かったが、何の事なのか分からなかった。だが、次の瞬間に俺の身体が何かに掴まれ、中ボス部屋の中に放り込まれた。


「な、何が起きた?」

『誰かが、外から中ボスを攻撃したようです』

 ダンジョンで誰かが禁忌きんきを犯したようだ。中ボス部屋の外から中ボスを攻撃する事は、ダンジョンが禁じている。それを犯した場合、中ボス部屋の傍に居る者は強制的に中ボスと戦う事になる。


 中ボス部屋の外で休んでいた七人と、この事態を引き起こした誰かが中ボス部屋に放り込まれた結果、巨人が動き出した。


 巨人はメリッサに狙いを定め、巨大な斧を振り被る。俺は『マナバリア』を発動し、D粒子マナコアを腰に巻く。そして、メリッサに走り寄り魔力バリアを展開した。


 その瞬間、巨大な斧が魔力バリアに打ち付けられた。斧が途中で止まったので、メリッサが俺に目を向ける。

「ありがとう。助かったわ」


 俺が巨人の攻撃を受け止めている間に、他の冒険者たちが落ち着いて戦闘態勢になった。但し、何人かは戦おうとせず階段の近くに退避した。ただ階段は中ボスを倒さないと下りられない。


 俺が攻撃を防いだので、巨人は俺を敵だと認識したようだ。集中的に俺を狙って攻撃してくる。『カタパルト』を発動し、身体を後ろに放り投げる。それを追って巨人が走り寄る。


 その足音がドスンドスンと聞こえた。俺は連続で『クラッシュボール』を発動し、D粒子振動ボールを巨人目掛けてばら撒いた。


 巨人はD粒子振動ボールに向けて暗黒の盾を突き出した。D粒子振動ボールが暗黒の盾に吸い込まれるように消える。


「まるで、ブラックホールだな」

『あの盾は危険です。攻撃にも使えるでしょう』

 巨人は俺に向かって盾を突き出した。盾との距離が近付くに従い引き込まれるような力を感じ、背筋に寒気が走る。


 俺は『ニーズヘッグソード』を発動し、空間振動波の刃である拡張振動ブレードを巨人に向かって振り下ろす。俺に向かって迫っていた暗黒の盾が上に向けられ、十メートルもある空間振動波の刃を防ぐ。空間振動波のエネルギーが暗黒の盾に吸い込まれて消えてしまった。


『エルモアを影から出しましょうか?』

「いやいい」

 二方向から同時に攻撃すれば巨人を倒せるだろうと思ったが、エルモアの助けを借りなくても何とかなりそうだった。


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