第639話 穂高ダンジョンの罠

 二層の砂漠を見渡した俺は、所々に砂煙が舞い上がっているのに気付いた。冒険者たちが使っているバギーのようだ。


「さて、俺はどうするかな」

『『フライトスーツ』で飛んでいくのが、一番速いのでは?』

「そうだな。ここでリードして、十二層に一番乗りするか」


 俺は『フライトスーツ』を発動し、飛び上がった。砂漠を走るバギーを追い越し、砂漠の反対側にある階段を目指して飛ぶ。


 砂漠の空気は五十度以上もあったが、多機能防護服には<耐熱>の特性が付与されているので、身体は快適だった。但し、呼吸すると熱い空気が肺に入ってくるので、呼吸するだけで汗が噴き出す。空気の温度を調節する仕組みが必要なようだ。


 途中、砂の巨人であるサンドギガースを見たが、『フライトスーツ』なら攻撃される事もない。階段に到着した俺は『フライトスーツ』を解除し、階段を下りた。


 三層は草原が広がっており、遠くに森が見える。四層への階段は森を通り抜けたところにあるらしい。

「ここは歩いていこう」

『草原の上空には、ブルードラゴンフライが飛んでいるからですね?』

「ああ、『フライトスーツ』なら、ブルードラゴンフライを避けながら飛べると思うが、魔力の温存にもなるから歩こう」


 不変ボトルの万能回復薬があるので、魔力はあまり気にしなくても良いのだが、残り魔力の計算もできないような冒険者にはなりたくなかった。


 外国のダンジョンで不変ボトルの万能回復薬を使い切り、『魔力回復薬GGZ』を飲まなければならない、という状況に陥るのは絶対に嫌だ。


 俺は影からエルモアと為五郎を出して歩き始めた。

『ここはフォートスパイダーが棲み着いているのでしたね?』

 フォートスパイダーは、家ほどの大きさがある巨大な蜘蛛である。その防御力は高く、最初に遭遇した時は苦戦した。


 但し、今の俺なら苦戦する事もないだろう。草原の奥へと進むと、ギガポイズンスパイダーという大毒蜘蛛と遭遇した。ギガポイズンスパイダーは体長が三メートルほどもある大蜘蛛で、体表が黄色く赤い斑点がある。


『ギガポイズンスパイダーと戦う時に、気を付けなきゃならないのは、蜘蛛糸に毒が含まれているという事です。グリム先生は気を付けてください』


 シャドウパペットは毒が無効なので、気を付けるのは俺一人という事だ。この蜘蛛は素早い動きをするので、『ガイディドブリット』を発動し、D粒子誘導弾をギガポイズンスパイダーの頭にロックオンして放った。


 ギガポイズンスパイダーが素早く後ろを向いてから、尻の先から蜘蛛糸を飛ばした。俺は『カタパルト』を発動し、身体を横に放り投げる。


 俺が空中に居る間に、D粒子誘導弾がギガポイズンスパイダーの頭に命中し、大きな穴を開ける。倒れた大毒蜘蛛が消えるとホッとした。


 手強い相手でなくてとも、毒を持っていると緊張する。それから四匹のギガポイズンスパイダーと遭遇したが、エルモアと為五郎が倒した。


 そして、もう少しで森に辿り着くという場所で、フォートスパイダーと遭遇する。胴体だけで家ほどの大きさがある巨大蜘蛛である。


 俺はオムニスブレードを取り出した。エルモアはブリューナクを構え、為五郎は巨人の斧リサナウトを手に持つ。


 フォートスパイダーが重々しい足取りで、俺たちに近付いてくる。

「迫力があるけど、動きが遅いからな」

 為五郎がリサナウトをフォートスパイダー目掛けて投げる。回転しながら飛んだ巨人の斧は、巨大な蜘蛛の外殻に命中して切り裂いた。体液を噴き出しながら苦しむフォートスパイダー。


 普通の斧だったら跳ね返すのだが、神話級の魔導武器であるリサナウトの切断力は別格だった。五十センチほどの傷を刻んだ斧は、為五郎のところに飛んで戻り、その頭上で停止する。為五郎はリサナウトの柄を掴んで走り出した。


 その時、俺も走っていた。フォートスパイダーの側面に回り込もうとしていたのだ。側面に回り込んだ俺は、三連続で『クラッシュボール』を発動し、D粒子振動ボールを放つ。


 三発のD粒子振動ボールは、巨大な蜘蛛の側面を襲い三つの穴を貫通させた。よろけたフォートスパイダーは、エルモアが待ち構えている方へ近付く。


 エルモアはフォートスパイダーに向かって跳躍し、空中機動の能力で空中に立つ。その直後『ニーズヘッグソード』を発動して拡張振動ブレードを形成し、巨大な蜘蛛の頭に向かって振り下ろした。


 空間振動波の刃は、その巨大な頭を真っ二つにした。草原に倒れたフォートスパイダーの巨体が消えると、そこには魔石だけが残っていた。


「宿無しのフォートスパイダーを倒した時はドロップ品があったのに、この穂高ダンジョンでは普通の魔物と同じ魔石だけか」


『穂高ダンジョンは、上級ダンジョンに分類されますが、鳴神ダンジョンより格上になると思います』

「同じ上級ダンジョンなのに、格上という事があるのか?」

『初級、中級、上級、特級というのは、人間が分類したものですから、上級同士なら同じという訳ではないのです』


 メティスの話では、鳴神ダンジョンが『上級の中』なら穂高ダンジョンは『上級の上』らしい。


 俺たちは、森に入ると用心しながら奥へと進んだ。この森にはスパイクボアという全身が針で覆われた大猪が棲み着いている。


 ハリネズミのように全身に生えている太い針を、スパイクボアは撃ち出す事ができるらしい。霜の巨人のように気配を消す能力を持っていれば、厄介だっただろう。


 だが、実際にはD粒子センサーで探知できるので、先制攻撃が可能だった。但し、数が少なければ先制攻撃で仕留める事が簡単にできたが、多数に追われる場合は厄介だ。


 俺たちはスパイクボアの集団と遭遇し、追われる羽目になった。戦いながら移動していると、森の中に建てられたパリの凱旋門のような遺跡を発見した。


 この遺跡は冒険者ギルドの資料に記載されており、罠などはなかったという。

『後ろからスパイクボアが、迫っています』

 騒々しい鳴き声と足音が聞こえてきた。俺たちは門を潜って反対側に抜けようとした。その瞬間、遺跡の門が光り意識が途絶える。


 次の瞬間、俺とエルモア、為五郎は大きな部屋に立っていた。ドーム状の部屋で幅が七十メートルほどもありそうだ。


『まずいですね。転送系の罠です』

「何でだ? 冒険者ギルドの資料には、罠が存在するなんて書いてなかったぞ」

『ですが、これは明らかに罠です』


 俺は転送された部屋を見回した。その中央に石碑みたいなものがある。近付いて調べてみると、神殿文字で文章が書かれていた。


【その資質を示した者に、神の鏡が授けられる】

 それを読んで猛烈に嫌な予感を覚えた。

「これって、いい物あげるから力試しするぞ、という意味だろ?」

『ええ、意外です。十二層のドラゴンは、何を守っているのでしょう?』


 俺とメティスが話していると、部屋の天井から大量の白い霧のようなものが噴き出し始めた。


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