第638話 穂高ダンジョン一層

 俺は高瀬と話してからダンジョンハウスで着替えた。今回用意した防具は、衝撃吸収服ではなく新しく製作した多機能防護服である。衝撃吸収服を基に魔法にも高い耐性がある服に改良したのだ。


 D粒子の糸で織った布に<衝撃吸収>と<ベクトル制御>、<耐熱>の特性を付与し、魔法無効の布を裏地として使った服を仕立てた。その服に魔力バッテリーと神威石を取り付け、スイッチを組み込む。


 そのスイッチをオンにすれば、衝撃や魔法の攻撃から身を守る事ができる。但し、魔力バッテリーや神威石に溜め込んでいる魔力や神威エナジーだと、何度もドラゴン級の打撃や強力な魔法を受け止める事はできない。


 以前にドラゴンの尻尾の攻撃を衝撃吸収服で受け止めた事があるが、あのレベルの攻撃なら二回までが限度である。


 まあ、多機能防護服が万能なら防御用の魔法など開発しない。限界を分かっているから、『ハイパーバリア』の魔法を開発したのだ。


 穂高ダンジョンの扉は、修復されていた。その前には大勢のA級冒険者たちが、扉が開くのを待っている。


「やっぱり来たな」

 後ろから声を掛けられて振り向くと、アメリカのA級冒険者ジョンソンの姿があった。

「またステイシー本部長の依頼で、日本に来たんですか?」


 ジョンソンが顔をしかめた。

「冗談じゃない。今回は純粋な冒険者としての活動だ。神の秘宝なんて、世界初だからな。発見すれば、歴史に名前が残るぞ」


 そう言った後、ジョンソンがジロリと俺を睨む。

「吹雪がやんでいると言っても、中は寒いんだぞ。そんな格好で行くつもりなのか?」


 俺が着ている多機能防護服は、モータースポーツ用のレーシングスーツに似ている。その多機能防護服にベルトを巻き、ベルトポーチを装着していた。


 確かにマイナス数十度という寒い環境に行くには、不適当な格好に見えるだろう。だが、多機能防護服には<耐熱>の特性を付与しているので、ある程度の断熱効果があるのだ。


 とは言え、目立ちそうなので防寒着を取り出して羽織った。

「ほら、ちゃんと用意していますよ」

「それならいいんだが……ところで、ここの十二層に居るドラゴンというのは、多頭竜だというのは本当なのか?」


「そうらしいですね」

「まさか、ヴァースキ竜王じゃないだろうな?」

「いえ、ここのドラゴンは双頭のドラゴンで、『オルトスドラゴン』と呼ばれているそうですよ」


 オルトスドラゴンは瑞獣ずいじゅうである麒麟きりんを巨大化し、頭を二つにしたようなドラゴンらしい。手強い魔物であり、ソロで倒すのは難しいと言われている。


 そんな事を話していると、扉が開放される時間が来た。冒険者ギルドの職員が、鍵を開けて扉を開ける。その瞬間、冒険者たちが争うようにダンジョンに突入した。


 俺は後ろからゆっくりとダンジョンに入る。入った瞬間、むき出しの顔に極寒の空気が当たる。

「うわっ、冷たい」

 寒いという程度を超えてこごえるような冷気を感じ、多機能防護服のフードを被る。


「こんなに寒いのに、吹雪いている時期より暖かいと言うんだからな」

 周りを見回すと真っ白な雪原である。遠くに白い山が見える。俺は山の方へ歩き始めた。


『飛ばないのですか?』

 メティスが声を上げる。

「身体を動かしたい気分なんだ」

 多機能防護服の防寒機能は優秀だが、それ以上に寒い。やはり<耐熱>の特性ではなく、<耐冷>の特性が必要だったらしい。


 俺は多機能防護服の上に防寒着を来たまま歩き、五分ほど進んだ。そこで霜の巨人と遭遇した。身長五メートルほどで白い毛に覆われた巨人である。


 その巨人がいきなり現れて俺に向かって棍棒を振り下ろした。俺は多機能防護服のスイッチを入れ、左腕で受け止める。


 <衝撃吸収>の特性が棍棒の威力を受け止めた。俺は『クラッシュボール』を発動し、D粒子振動ボールを巨人の胸に叩き込む。空間振動波が放射され、巨人の胸に穴が開いた。


 空間振動波は巨人の心臓を破壊したらしい。霜の巨人が雪原に倒れて消える。白い雪原には黒魔石<中>がドロップしており、それを拾い上げた。


 周りを注意深く見ると、複数の霜の巨人が俺に向かって集まり始めている。吹雪がやんでいるので発見できたが、吹雪だと見付けられなかっただろう。


「霜の巨人に、魔力やD粒子の存在を隠す特殊能力があるというのは、本当らしい」

『グリム先生のD粒子センサーでも、霜の巨人を発見できないのですか?』

「ああ、全く感じられない」


 左の雪原で爆発音が響いた。攻撃魔法使いが霜の巨人と戦っているのだろう。一方、俺は霜の巨人に取り囲まれそうになっていた。


 四方向から霜の巨人が近付いてきている。俺は『オートランチャー』を発動し、グレネードガンが形成されると掴み取る。そして、右手の霜の巨人に狙いを付けて引き金を引いた。


 グレネードガンの銃口から聖光励起魔力弾が連続で発射される。十発ほど連射したところで、目標を左手の霜の巨人に変えて引き金を引く。そして、前後の霜の巨人も攻撃する。聖光励起魔力弾が命中した霜の巨人は吹き飛ばれて雪原を転がり、追い撃ちの聖光励起魔力弾がトドメを刺す。


「連射速度が速くて、無駄弾が多くなる。霜の巨人には『ガイディドブリット』のD粒子誘導弾で、確実に仕留めた方が良かったな」


『ですが、魔力消費という点だけを見ると、あまり変わらないと思います』

 『ガイディドブリット』四回分と『オートランチャー』一回分は、あまり魔力消費が変わらないとメティスは言う。


「封鎖解除前に侵入した者たちは、生き残っている可能性があると思うか?」

 俺は以前から気になっている事をメティスに尋ねた。

『可能性は極めて低いです。魔力とD粒子を隠した霜の巨人が、突然現れて襲い掛かるのです。その攻撃を避けるのは、容易な事ではありません』


「そうだよな。生き残っていたら、二層以降に下りているだろうな」

 俺は『マジックストーン』を発動して魔石を回収した。

「あれっ、魔石だけじゃなく、指輪もドロップしていたらしい」

 俺の手の中には、『マジックストーン』で集められた魔石と指輪があった。


 その指輪をマルチ鑑定ゴーグルで調べると『防寒の指輪』と表示された。

「もっと早くドロップして欲しかったな」

 俺は二層へ下りる階段の近くまで来ていた。

『帰り道で使えますよ』


 俺は指輪と魔石を仕舞い、階段を見付けて下りた。二層は乾涸ひからびてしまいそうな砂漠だった。『防寒の指輪』を手に入れた直後に、砂漠という皮肉に苦笑いする。


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