第635話 水中戦用魔法

 水中戦用の魔法を検討していた俺とメティスは、二酸化炭素の処理は排出する事にした。少し実験したところ、二酸化炭素を分解するより水を分解する方が魔力消費が少なかったのだ。大した違いではないけど、魔力消費の少ない水を分解する事で酸素を得る事になった。


 また二酸化炭素を排出する場合、『ピュア』の魔法を応用して呼気から二酸化炭素だけを抜き取る事に成功した。つまり呼気から二酸化炭素を抜き出した後、水を分解して得た酸素を注入する事で、呼吸に使える空気に再生できるようになったのである。


 俺はD粒子で空気再生チューブというものを作り、空気再生チューブに<分子分解>の特性を付与し、二酸化炭素を抜き取る仕組みも組み込む。そして、水を分解した時に発生する水素も排出する。


 その他の部分は、『フライトスーツ』を参考にした。ちなみに、『フライトスーツ』に付与している特性は、<励起魔力><ベクトル加速><衝撃吸収><ステルス><重力遮断>の五つである。


 最初に、水中なので<ベクトル加速>と<ステルス>の特性を外す。水中は視界が悪いのでどうしてもスピードを出せないし、動くと水の流れを乱す上に音も発生するので<ステルス>もあまり意味がないと判断したのだ。


 その代わりに<ベクトル制御>の特性を付け加え、もっと動きやすくなるようにした。<衝撃吸収>だけだと内側から手足を動かそうとする力も吸収してしまうので、<衝撃吸収>の効果が効いている時は手足を自由に動かせなかった。


 そこで<ベクトル制御>の特性を追加する事で、外からの力や衝撃だけを吸収するように改良したのである。<重力遮断>の特性は浮力の調整に必要なので残した。


『グリム先生、水中だとD粒子センサーの探知範囲は狭くなるんですか?』

「その通りだけど、どうして?」

『視界が悪いためにスピードを諦めたのなら、D粒子センサーでカバーできないかと思ったのですが、ダメなのですね』


「スピードを諦めたと言っても、時速九十キロくらいは出せると思う」

 海で最速の魚であるカジキが、時速八十~九十キロだと聞いた事があるので、たぶんレヴィアタンより速いと思う。


 そこまでの検討を基に、賢者システムを立ち上げて水中戦用の魔法『アクアスーツ』を構築した。『フライトスーツ』と似ているが、口と鼻の部分はブレスマスクに覆われている。このブレスマスクには空気再生チューブが組み込まれている。


 身体を覆う鱗のようなアクアスケイルには、<ベクトル制御><衝撃吸収><重力遮断>の三つの特性が組み込まれており、いざという時には身体を守る事になっていた。


 この『アクアスーツ』を習得できる魔法レベルは、『26』になった。『クロスリッパー』を習得できる魔法レベルが『25』なので、この『アクアスーツ』が最上級の魔法という事になる。


『魔法レベルが、意外と高くなりましたね』

「空気再生チューブの構築が複雑になったので、その影響だろう」

 鍛錬ダンジョンの一層にある湖で試そうと考え、新グリーン館へ向かう。一層の湖へ行くと、タイチたちがブラックオッター狩りをしていた。


 カエル型のシャドウパペットも用意しているようなので、目的はブラックオッターの影魔石だろう。俺はタイチたちから離れた場所で、ネレウスとエルモアを出してから『アクアスーツ』を発動する。


 D粒子が集められ、その一部が励魔球となると胸に移動する。残りのD粒子はブレスマスクやアクアスケイルを形成し、俺の身体を覆った。


 励魔球から放出された励起魔力がブレスマスクやアクアスケイルをコーティングしたので、全体的に淡い青色に輝いている。その場で呼吸ができる事を確認してから、湖に潜った。


 湖の水は透明度が高い方だと思うが、二十メートル先までしか見通せない。推進方法は『フライトスーツ』と同じで、励起魔力を直接推進エネルギーに変換しているため、泳いでいるというより飛んでいるという感じがする。


 呼吸も大丈夫なよう……ん? 何だか歯磨き粉の匂いがする。そうか。呼気を再利用しているので、呼気に残っている匂いが蓄積されるのだ。これは改良点だな。二酸化炭素と一緒に排出しなければ。ちなみに俺はレモングラスの香りがする歯磨き粉を使っている。


 水中を自由自在に動ける事を確認した俺は、満足してテストを終えた。改良点はいくつかあったが、すぐに修正できるだろう。但し、レヴィアタンと戦うには水中戦の訓練が必要だ。


 俺は湖から上がった。

『どうでしたか?』

「いくつかの改良点はあったが、おおよそは問題ない」

『レヴィアタンと戦う武器は、どうするのです?』

「オムニスブレードが、有効なんじゃないかと考えている」


 エナジーブレードで切り裂けば、レヴィアタンも仕留められるのではないかと考えたのだが、それを確かめる必要があるだろう。


 俺がグリーン館へ戻ると、金剛寺が出迎えた。

「グリム様、近藤支部長から、お電話がありました。お会いしたいので、ご都合を教えて欲しいという事です」

「分かった」

 俺は冒険者ギルドに電話を掛け、今日の午後に冒険者ギルドへ行くと伝えた。


 午後になって、冒険者ギルドへ行き支部長室に入ると、近藤支部長が知らない人物と話をしていた。

「グリム君、こちらは穂高支部の支部長をしている渡瀬だ」

 近藤支部長より若い渡瀬は、後輩らしい。自己紹介してソファーに座ると、渡瀬が用件を切り出した。


「最近、穂高ダンジョンについて質問するA級冒険者が増えたのです。しかも、封鎖中なのに中に入れないかと言うのですが、何が原因かグリムさんは知りませんか?」


 冒険者ギルドでは、邪神碑文の新しい発見を知らないらしい。但し、もう少しすればヨーロッパから情報が漏れてくるだろう。


「イタリアのピサダンジョンで発見された碑文の欠片が、原因だと思います」

 俺はギルド以外に漏らさない事を条件に、神の秘宝についての情報を教えた。

「なるほど、龍神の国で氷に閉ざされたダンジョンですか。穂高ダンジョンと一致しますな」


「渡瀬支部長、穂高ダンジョンはA級百位以内の冒険者でも危険なのですか?」

「吹雪いている間は、危険だと思います。霜の巨人は魔力やD粒子の存在も、隠してしまう能力を持っているのです」


 魔力は予想していたが、D粒子は予想外だった。それだと生活魔法使いも危ないという事だ。ただ吹雪がやめば、その姿が見えるので倒すのは難しくないようだ。


「霜の巨人は、髪の毛や体毛が白いので、吹雪の中では見え難いのです。本当に気付かないそうですよ」


「穂高ダンジョンの管理はどうなっているんですか?」

「ダンジョンの入り口に扉を設置して、普段は鍵を掛けています」

「常駐のギルド職員は、居ますか?」

「いえ、穂高ダンジョンの存在は、A級の一部にしか知られておりませんので、封鎖中は無人となっています」


「危ないですね。警備員を置いた方がいいかもしれませんよ」

 俺が進言した二日後、穂高ダンジョンの扉が破壊された。誰かが中に入ったのだ。但し、誰も出て来なかったので、侵入者は死んだと冒険者ギルドは考えた。


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