第15章 邪神使徒編

第634話 邪神碑文

 イタリアのピサダンジョンの二十三層に、『邪神碑文』と呼ばれているものがある。その碑文は正方形の石碑に刻まれていたものなのだが、何かにより壊され三割ほどが読めなくなっていた。


 その石碑は広大な草原に出来た窪地のような場所にあった。その窪地も雑多な草に覆われており、濃い緑の中に白っぽい石碑が立っている。その石碑の上の部分が欠けていた。


 その碑文を解読したイタリアは、邪神がどこかのダンジョンに封印されている事を各国政府に伝えた。日本で行われた賢者会議においてもイタリアの賢者ジーナが発表している。


 攻撃魔法使いでもあるダンジョン学者のジルド・ギルランダは、その碑文から四十メートルほどの範囲を調査していた。破壊された碑文の欠片が落ちていないか探しているのである。


「あるはずなんだが」

 精悍な感じがするギルランダが残念そうに言うと、助手のサルヴォが肩をすくめる。

「やっぱり、無駄だったんじゃないですか。冒険者たちが探して見付からなかったんですから」

「冒険者たちの荒っぽい調査なんか、信用できるか」


 ギルランダは根気強く探し続け、場所を移動しようとした時に何かにつまずいて転んだ。

「イテッ!」

 何に躓いたのか探したギルランダは、草の間に小さな石があるのに気付いた。

「石……これは碑文が刻まれていた石碑と感じが似ている」

 その石の周囲を掘り始めたギルランダにサルヴォが近付く。


「どうしたんですか?」

「いいから手伝え」

 サルヴォも一緒になって掘り始める。すると、石碑の一部が掘り出された。ギルランダはそれを綺麗にして解読を始める。ギルランダはイタリアで神殿文字が読める唯一の学者だった。


「……龍神の国……氷に閉ざされたダンジョン……神の秘宝が眠る。選ばれし者だけが、触れる事を許され……」


 ギルランダは夢中で解読を始めた。それを聞いたサルヴォが確認する。

「先生、龍神の国というのは、どこでしょうか?」

「龍神と聞いて最初に頭に浮かぶのは、中国かな」


 ギルランダは掘り出した石碑の一部の写真を撮ると、また埋め戻した。それから地上に戻ったギルランダは、冒険者ギルドへ報告に向かう。そのギルランダと別れたサルヴォはフィレンツェにある病院へ行った。


 受付で院長が居るか尋ねる。

「サルヴォ様ですね。院長は部屋でお待ちしております」

 頷いたサルヴォは、院長室へ行って中に入った。

「ミラネッティ院長、目的のものがどこにあるか、分かりましたよ」


 ギルランダと一緒に居た時は、誠実そうな感じの青年だったサルヴォは、ここでは一癖ありそうな男に変わっていた。


「どこなんだ?」

 サルヴォは発見した碑文の内容を院長に伝えた。聞いた院長がニヤッと笑う。

「よくやった。龍神の国は、中国か日本だな」

「ギルランダは、中国だと言っていました」

「龍と言えば中国だが、日本にも龍神の信仰がある」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は大きく育ったダンジョンの木を見上げてから、新グリーン館を見に行った。それは三階建ての建物で、優雅な貴族の屋敷という外見をしている。


 この新グリーン館には客室が三十部屋もあり、大勢が寝泊まりできるようになっていた。これは遠方からバタリオンのメンバーになるために来る者が増えたからだ。


 エルモアが俺の横に並んだ。

『六割ほどは完成したようですね』

「ああ、後は内装と電気、水道、ガスだな」

『今のグリーン館は、どうするんですか?』

榊家さかきけの屋敷にする。ただモイラは、俺たちと一緒に住む事になるだろう」


 工事の進捗具合を確認した俺は、グリーン館に戻った。

「フランスから、お手紙が来ております」

 執事の金剛寺から封筒を受け取った。差出人はフランスの賢者エミリアンになっている。封を切って手紙を取り出すと、神殿文字で書かれた文章が目に入る。


「他の者が読めないように、わざわざ神殿文字で書いたのか」

 エミリアンも『知識の巻物』を手に入れて神殿文字が使えるようになったらしい。読んでみると、『邪神碑文』の一部が新たに発見され、そこに龍神の国の氷に閉ざされたダンジョンに神の秘宝があるみたいな事が書かれていたらしい。


『エミリアン殿は、なぜグリム先生に知らせたのです?』

「龍神の国が日本ではないかと考えているようだ。そして、氷に閉ざされたダンジョンについての情報がないか、調べて欲しいと書いてある」


『氷に閉ざされたダンジョンというと、封鎖ダンジョンの一つ、穂高ダンジョンではありませんか?』

 穂高ダンジョンは一層が吹雪に閉ざされた世界になっている。吹雪が発生している最中は、気温がマイナス九十度ほどになっており、探索できるような状況ではないという。


 しかも、この一層には『霜の巨人』と呼ばれる魔物も棲み着いており、この巨人が棲み着いているせいで封鎖されている。


 霜の巨人は気配を消す事ができる。吹雪の中で霜の巨人と戦うのは自殺するようなもので、何も見えない吹雪の中から霜の巨人の攻撃がいきなり襲うらしい。穂高ダンジョンが発見された当初、十四名の冒険者が一層で死に封鎖されたという。


 但し、その穂高ダンジョンも六年に一回の割合で春が訪れる。吹雪がやみ一層を通り抜けられるようになるのだ。


「神の秘宝というのは、何だろう?」

『想像も付きません』

「そう言えば、穂高ダンジョンは、今年の七月に封鎖が解かれるらしい」


 穂高ダンジョンの一層に春が訪れるのだ。但し、二ヶ月で元の状態に戻る。その事を手紙に書いて、エミリアンに送った。


 この時はまだ神の秘宝というものに、あまり興味を持っていなかった。こういう碑文というのは、大げさに書かれているものが多く、実際に発見されるとガッカリという事があるのだ。


「穂高ダンジョンの封鎖が解かれるのは、二ヶ月も先だ。それより水中戦ができる魔法を開発しよう」

『それについてですが、<分子分解>の特性を使って、二酸化炭素や水を分解するというのは、どうでしょう?』


 メティスが提案した方法だと可能なような気がする。大気は窒素がおよそ七十九パーセント、酸素がおよそ二十一パーセントである。他の成分は誤差の範囲なので除外できるようだ。


 但し、二酸化炭素の濃度が高くなると身体に害となるので、二酸化炭素を排出するか分解する必要がある。俺とメティスは検討を始めた。


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