第633話 意外な来客

 冒険者ギルドから戻った俺は、シャドウパペットたちを影から出して食堂の椅子に座った。

「グリム様、お食事になさいますか?」

 金剛寺が夕食にするか尋ねたので、俺は頷いた。

「ああ、頼む」


 トシゾウが料理を運んできた。メインが豚肉料理で春野菜とエビのマリネもある。スープは卵スープで、これが絶品だった。食事を終えた俺は、自分の部屋に戻るとベッドに横になる。


 まだ眠るつもりはなく、少し横になって考え始めた。三大巨獣の一つであるジズを仕留めたので、次はベヒモスかレヴィアタンが目標になる。ベヒモスが居るのは地中海に面した国の特級ダンジョンである。政情不安な国にあるので簡単に行ってダンジョンに入るという事はできない。


「次に狙うのは、レヴィアタンにするか。そうなると、水中戦を考えなきゃならない」

 『フライトスーツ』を改造する事で、水中で戦えるようにならないかと考えた。問題は水中での呼吸だが、水中で呼吸できるようになる魔法とか創れないだろうか?


 エアボンベを担いでという事も考えたが、戦闘の邪魔になりそうだ。そんな事を考えていたら、眠ってしまった。


 翌日起きた俺は、支度をしてから食堂へ向かう。すると、多くのバタリオンのメンバーが集まっているのに気付いた。


「こんな朝早くから、どうしたんだ?」

 俺が尋ねると、タイチが代表して答える。

「鍛錬ダンジョンに潜ろう、と思って来たんです」

「しかし、鍛錬ダンジョンは初級ダンジョンだぞ。C級が潜っても意味がないんじゃないか?」


「だとしても、どんなダンジョンか、知りたいんですよ」

 集まって来ている冒険者は、全員一人前の者たちだった。

「まあ、一人前の冒険者なら問題ないと思うけど、気を付けてな」

 タイチたちは鍛錬ダンジョンへ向かった。


 俺はグリーン館でゆっくりと過ごし、昼をすぎた頃に意外な客を迎える事になった。その客というのは、アメリカの冒険者育成庁の長官であるステイシーだ。


「長官は、暇なんですか?」

 ダンジョンの木を植えた時も来ていたので質問する。

「そんな訳ないでしょ。但し、冒険者育成庁の長官ではなくなるわ」

「もしかして、賢者養成プロジェクトの失敗が関係しているんですか?」


 責任を取らされたのかと尋ねると、ステイシーは顔をしかめてから頷いた。賢者養成プロジェクトだけでなく、死んだオニールの事もあるのだろうが、それは言わなかった。


「あの計画は元々無理があったのを、政府が強引に始めたものなのよ。その御蔭でプロジェクト参加者に犠牲者が出た。その責任は取らなくてはならないと私自身も考えていたから、当然の事よ」


 ステイシー自身は地位に固執していないようだ。まあ、賢者なのだから、それ自体が地位とも言える。俺は用件を尋ねた。


「賢者養成プロジェクトが解散する事になり、賢者となった子供たちをどうするかが、問題になっているの」


「モイラの件?」

「ええ、モイラはここで勉強したいと言っている。受け入れてもらえるかしら?」

「母親のところへ戻さなくて、いいんですか?」

 モイラの父親はダンジョンで亡くなり、母親は再婚していると聞いていた。


「モイラは新しい父親と気が合わなかったようなの。ここでの生活が一番楽しかったそうよ」

「いいでしょう、引き受けます。ところで、よくアメリカはモイラを手放しましたね?」


 ステイシーが笑った。

「手放す気はない。少し留学させ、生活魔法の賢者として学ばせる事にしただけよ」

 調子の良い事をアメリカは考えているようだ。だが、モイラを賢者として成長させる事は、生活魔法の発展にプラスになるので、悪い事ではない。A級冒険者にまで鍛えたらアメリカも手を出せなくなるので、モイラには頑張ってもらおう。


 それからステイシーと話したが、冒険者育成庁の長官を辞めた後、ダンジョン対策本部の本部長に就任する事になっているという。


 アメリカはステイシーの能力を高く評価しているのだ。ちなみに、ダンジョン対策本部というのは、ダンジョンから外に出た魔物を倒す部署である。


 それを聞いて、ジョンソンがステイシーにこき使われる光景が目に浮かぶ。可哀想だけど、これも運命だと諦めるしかないだろう。その代わり、アメリカ国民にはヒーローとして扱われるはずだ。


「ところで、巨獣ジズはまだ出雲ダンジョンに居るの?」

「ジズはダメージを受けると、別のダンジョンに移動するという癖がありますから」

 それを聞いたステイシーが顔をしかめる。


「単独討伐などという無理はせずに、我々と協力して倒すという事を考えて欲しかったわね」

 協力してジズを倒したら、ドロップ品の『心眼の宝珠』をどうするかで揉めそうだ。ソロ討伐が正解だったような気がする。


 話が終わって数日後、モイラがグリーン館を訪れた。再会を喜んだモイラは、俺に抱き着いてきた。よほど嬉しかったようだ。


「アメリカでは何をしていたんだい?」

「指導官に言われた魔法を創っていました」

 グリーン館を離れアメリカに戻ったモイラは、いくつかの特性を使った魔法を創らされたらしい。


 その中には『レインコート』の魔法に<耐熱>と<耐雷>の特性を付与した『サンダーコート』という魔法や『エアバッグ』の魔法を基に、魔物の突撃を受け止める『エアガード』という魔法などがあったらしい。


 モイラが来た事を根津や金剛寺、アリサたちが歓迎した。その歓迎を受けて、モイラは嬉しそうだった。


「皆さん、また生活魔法を教えてください」

 モイラが言うと、皆が『もちろんだ』というように頷いた。


 その頃からバタリオンに入りたいという者たちが、グリーン館に殺到した。ダンジョンの木のニュースを見て、入りたいと思ったようだ。


 そのせいで俺とアリサは、忙しくなった。入りたいという希望者を調べて、その結果でバタリオンに入れるかどうかを判断するという仕事が発生したからだ。俺一人だと無理なので、アリサに手伝ってもらう。


 その中にはミューズ枇杷やエメラルド鉱床の事を聞いて、入りたいと思った者も居る。そういう冒険者は排除した。それでもバタリオンのメンバーは倍になり、渋紙市では最大のバタリオンとなった。


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【あとがき】

 今回の投稿で『第14章 巨獣編』は終了となります。次章もよろしくお願いします。


 追伸、書籍化される『生活魔法使いの下剋上』には、『緑林ダンジョンの探索』という短編を追加しています。


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