第632話 鍛錬ダンジョン(2)

 俺たちは二層の山岳地帯を奥へと進んだ。二層で最初に遭遇した魔物は、石喰いトカゲだった。俺はトリプルブレードで石喰いトカゲの首を刎ねる。


 さらに奥に進むと、ブラックハイエナの群れと遭遇した。十二匹ほどの群れだったが、アリサたちが瞬殺してしまう。


「初級ダンジョンの魔物では、アリサたちの相手にならないな」

「そりゃあそうよ。私たちは全員がB級相当の冒険者なんだから」

 B級はアリサと千佳だが、由香里と天音も試験を受ければ、B級になれるだけの実力を持っていた。


 この山岳エリアには、ブラックハイエナの他にマウントウルフやウッドゴーレム、ゴブリンなどが棲み着いていた。ただアリサたちに敵うはずもなく、ほとんどが瞬殺される。


 俺たちは山の中でエメラルドの鉱床を発見した。少し掘ってみたが、あまり質の良いエメラルドではないようだ。若い冒険者たちの小遣い稼ぎくらいにしかならないだろう。


「病院で働き始めたら、今までのようにダンジョンへ行けなくなるんだろうな」

 由香里が溜息交じりで言う。それを聞いた天音が由香里に顔を向ける。

「医療魔法士という仕事は、そんなに大変なの?」

「病院は、どこも人手不足なのよ」

「だったら、看護助手シャドウパペットなんて作れないかな?」


 天音の提案を聞いて、由香里が俺に視線を向けた。

「俺は看護助手の仕事がどんなものか知らないからな」

 由香里から話を聞くと、掃除やシーツ交換、配膳、介助などがあるらしい。そして、患者とコミュニケーションを取る必要があると言う。


「コミュニケーションは難しいかもしれないな。力仕事だったら大丈夫だと思うけど」

 俺が言うと、アリサが頷いた。

「それに病院が、シャドウパペットを信用して、受け入れるかも問題よ」


 現在はシャドウパペットをペットだと思っている人が多いので、シャドウパペットに仕事をさせようという考えが広まっていないのだ。


「いいアイデアだと思ったんだけど」

 天音が残念そうに言った。それを聞いたアリサが諦める必要はないと言う。

「どこか協力してくれる病院を探して、シャドウパペットが使えるか確かめるところから、始めたらいいのよ。それに介護シャドウパペットとかにも、使えるんじゃないかな」


「そうね。あたしたちは今から社会人になるんだから、焦る必要はないか」

 四人は大学を卒業し、社会人になる。アリサは研究所を設立して分析魔法を使った研究を始め、天音は工房を開く。由香里は病院で医療魔法士として働き始め、千佳は冒険者として本格的に活動を始めるという。


「ところで、グリム先生とアリサの結婚式は、いつなんですか?」

 天音が突然質問した。

「秋に結婚式を挙げるつもりだ」

「盛大な式になるんですか?」

 アリサが笑って首を振った。

「家族と親しい者だけで、ささやかなものにするつもりなの。その代わりに新婚旅行はヨーロッパを回るのよ」


「もちろん、三人には招待状を送るつもりだから来てくれよ」

 俺が言うと、天音、由香里、千佳は頷いた。


 そんな話をしているうちに、三層へ下りる階段を発見した。三層へ下りた俺たちは、森の香りを呼吸して見渡す。様々な種類の木が生い茂る森で、そこに棲み着いている魔物も種類が多そうだ。


 実際に探索してみると、ゴブリン、ハイゴブリン、オーク、リザードマン、バトルモンキー、アタックボアなどの魔物が棲み着いていた。俺たちはサクサクと魔物を倒しながら進み、ボス部屋を発見する。


 中を覗くとアーマーベアが部屋の中央に居た。

「初級ダンジョンのダンジョンボスが、アーマーベアか。手強すぎないか?」

 俺が首を傾げると、アリサが同意するように頷いた。

「G級冒険者が探索できるダンジョンなのに、アーマーベアはないかな」


 体長五メートルもある巨大熊は、奇跡でも起きない限りG級冒険者が勝てない相手である。天音がアーマーベアを値踏みするように見る。


「アーマーベアを倒そうとすると、魔法レベル8の『ハイブレード』が必要ですよね。やはりG級冒険者には難しいかな」


 生活魔法使いの場合、魔法レベルが『8』になる前にF級冒険者になるのが、一般的になっている。魔法レベルが『5』になると、『サンダーボウル』『ブレード』『ジャベリン』を習得できるので、F級の昇級試験を合格できるようになるのだ。


「とにかくダンジョンボスを倒そう。誰が倒す?」

 俺が尋ねた。ダンジョンボスを倒せば魔法レベルが上がるかもしれない。

「それじゃあ、忙しくなる由香里が倒すのがいいと思います」

 天音の提案で、由香里がダンジョンボスを倒す事になった。


 俺たちがボス部屋に入ると、アーマーベアが威嚇するように吠えた。由香里が前に出てアーマーベアを睨む。するとアーマーベアが襲い掛かってきた。


 迫ってくるアーマーベアに由香里が五重起動の『クラッシュランス』を発動し、D粒子ランスを放つ。D粒子ランスを避けようとしたアーマーベアが横に跳ぶ。しかし、D粒子ランスの飛翔速度は速く、脇腹に命中して強靭な装甲を貫いた。


 その脇腹から血が噴き出す。それでもアーマーベアの戦意は衰える事がなく、由香里に迫る。由香里は冷静にアーマーベアの動きを見ながら五重起動の『コールドショット』を発動し、D粒子冷却パイルを飛ばす。


 そのD粒子冷却パイルがアーマーベアの胸に突き刺さり、追加効果を発揮して心臓を凍らせた。トドメを刺されたアーマーベアが消えると、由香里がニコッと笑う。


「魔法レベルが上がりました」

 由香里は魔法レベルが『14』になったらしい。ドロップ品を探すと、魔石と皮が見付かった。そして、ボス部屋の隅には宝箱が出現している。


 その皮を調べると、防御力の高い皮だという事が分かった。アーマーベアと同じ防御力を持つものだとすると、高価な防具になるだろう。


 そして、罠の有無を調べてから宝箱を開けると、マジックポーチらしいものが入っていた。マジックポーチを調べると、『マジックポーチⅥ』と分かった。これは容量が六千リットルで時間遅延機能が組み込まれていた。時間の流れが百分の一ほどに遅くなるというものだ。


「初級ダンジョンにしては、豪華ですね」

 由香里が少しびっくりして言った。

「皮は通常通りだと思うが、マジックポーチⅥは初回特典みたいなものじゃないか」

 俺の言葉を聞いて、由香里が頷いた。


 ドロップ品は一人で倒した由香里のものになった。由香里は申し訳なさそうな顔をするが、一人で倒しているのだから遠慮する事はない。


 俺たちは地上に戻り、中の様子をバタリオンのメンバーに報告した。ついでに冒険者ギルドにも報告し、ミューズ枇杷を調べてもらう手続きをする。


 さっさと帰ろうとした俺を、受付のマリアが呼び止め、支部長が呼んでいると教えてくれた。支部長室へ行く。


「ダンジョンの木は、どれほど大きくなったんだね?」

「今は五十メートルほどです。まだ大きくなるでしょう」

「ところで、その木は実を付けるだろうか?」

 俺は支部長をジト目で見た。

「まさか、ダンジョンの種が実るんじゃないかと?」


 支部長が頷いた。冒険者ギルドの支部長会議で、そんな話が出たらしい。俺はきっぱりと否定した。変な事を考える人が居るものだ。


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