第631話 鍛錬ダンジョン

 一層は直径二キロほどの円形の湖の周りに草原が広がっているという地形をしていた。その湖の中央には幅三百メートルほどの島があり、そこだけは多数の木々に覆われている。


「先生、この一層には、どんな魔物が居るんです?」

 天音がたずねた。

「さあな。俺が選べたのは何層にするかという事と、大まかなエリアの環境だけなんだ。ただ鍛錬ダンジョンは、ダンジョンの木が吸収したD粒子をダンジョンのために使えるという、新しい方式のダンジョンらしい。初級でもポテンシャルは高いそうだ」


 アリサが首を傾げる。

「それがダンジョンに、どんな影響を与えるかですね」

「じっくりと調べてみよう」

 俺たちは湖の周辺を回り始めた。そして、最初に遭遇した魔物は、鬼面ドッグだった。体重が八十キロほどもある犬型魔物で、顔が鬼のように怖い。


 襲い掛かってきた鬼面ドッグを千佳が前に出て斬り捨てた。千佳が攻撃に使った刀は、ボーンドラゴンのドロップ品である天照刀である。この魔導武器は邪神眷属に効果がある【天照斬】という技が使える。聖光に近い光を発しながら邪神眷属を斬る事ができるのだ。


「あれっ、魔法レベルが上がりました」

 千佳は長らく上がらなかった魔法レベルが上がり、『17』になったらしい。このダンジョンで初めて倒した魔物だったので、大量の経験値みたいなものが手に入ったのかもしれない。


 ちなみに、最初にダンジョンに入ったのは、冒険者ギルドの調査員だが、魔物は倒していないらしい。


 湖の周りには、鬼面ドッグやリッパーキャット、角豚などが棲み着いているようだ。それぞれの魔物を倒しながら湖を半周ほど回ったところで、由香里が宝箱を草むらの中で見付けた。


「初級ダンジョンの宝箱だから、大したものは入っていないと思いますが、宝箱を開けるのはドキドキしますね」


 アリサが罠がない事を確かめた後、由香里が蓋を開けようとする。

「待って、これを試してみようよ」

 天音が『祝福の木槌』を取り出した。由香里が頷いたので、天音が『祝福の木槌』で宝箱を叩く。由香里が蓋を開けると中に指輪が入っており、それを鑑定すると『麻痺の指輪』だと分かった。


 『麻痺の指輪』は痛みを取り除く力があるというので、『痛覚低減の指輪』の上位版かと思った。だが、『麻痺の指輪』は全身が痺れ痛みを感じなくなるだけでなく、思考も鈍くなるというのでダメだと分かった。思考が鈍くなるのでは、特性創りには使えない。


「この指輪は、病院で働く事になる由香里が持つべきよ」

 アリサが主張したので、宝箱を発見した由香里のものになった。湖の周りを一周して元の場所に戻ると、湖の中にある島を調べる事にする。


 移動方法を話し合い、アリサたちのホバービークルで島に向かう事にした。千佳が収納ペンダントからホバービークルを出すと、皆で乗り込んだ。俺が操縦して飛び始めると、湖を眺めていた天音が水の中に何かが居るのに気付いた。


「グリム先生、水の中に何か魔物が居ます」

 天音以外が水中に目を向ける。すると、黒い影のような存在が、水中を泳いでいる姿を目にした。だが、すぐに消えて見えなくなる。


「今のは何?」

 千佳が首を傾げている。本当に何だろう? 俺はホバービークルのスピードを落として、影からネレウスを出した。


 それを見た天音たちがネレウスの顔に注目した。

「佐久間象山」「象山」「ウェットスーツを来た象山」

 それを聞いたアリサと俺が苦笑いする。天音たちはネレウスを初めて見たのだ。


「佐久間象山は、幕末の偉人なんだぞ」

 全然言い訳になっていない事を俺が言うと、天音たちが笑う。


 俺はネレウスに水中の魔物を確かめるように命じた。ネレウスはエクスカリバーを持って湖に飛び込んだ。そして、一匹の黒いカワウソを捕獲して戻ってくる。


 ネレウスの手の中で暴れている魔物を、アリサが鑑定すると『ブラックオッター』と判明する。オッターという事はカワウソである。


「これはシャドウ種のカワウソですね」

「へえー、シャドウ種か。カワウソのシャドウパペットができるな」

 ネレウスがブラックオッターにトドメを刺すと、影魔石と三キロほどのシャドウクレイがドロップした。


「シャドウ種のカワウソが発見されたのは、世界で初めてじゃないか?」

 俺が皆に尋ねると、誰も聞いた事がないというので、たぶん初めてなのだろう。


「本物のブラックオッターは、凶暴そうでしたが、カワウソ型シャドウパペットは可愛いんじゃないですか。鳴神パペットで売り出したら、きっと人気になりますよ」

 天音が太鼓判を押した。


「分かった。ネレウス、一時間ほどブラックオッター狩りをしてくれ」

 ネレウスが頷いて湖に飛び込んだ。俺たちは島に上陸して、島の探索を始める。この島に生えている木々は、多種多様なようだ。


「グリム先生、あの木には枇杷びわみたいな実がなっています」

 千佳が果実を発見して声を上げる。俺は影から飛竜型シャドウパペットのハクロを出して、その実を採取させた。ハクロはパタパタと飛んで枝から実をもぎ取り、俺に向かって放り投げる。


 俺はアリサに渡して鑑定してもらった。それは『ミューズ枇杷』という名前らしい。ミューズは芸術の女神である。ミューズ枇杷は食べると喉に良いようだ。喉の炎症や他の病気が治るという効果があるらしい。


 俺はハクロに命じて二十個ほど回収し、後で冒険者ギルドへ提出して調べてもらう事にした。ミューズ枇杷は初めてのものなので、すぐに食べるというのは危険だと判断したのだ。


「初級ダンジョンなのに、シャドウ種や珍しい枇杷があるのは、先ほど話してくれたポテンシャルに関係しているのですか?」

 由香里が質問した。

「そうかもしれない。そうだとすると、強い魔物も出るかもしれないから、気を付けよう」


 島の中を探索すると、島の中央付近に墓地があった。墓地という事は、アンデッドが居るという事だ。

「スケルトンよ」

 アリサが声を上げる。天音が前に出て金剛棒で頭蓋骨を一撃すると、スケルトンは崩れるように倒れて消える。


 次にファントムと遭遇し、天照刀で千佳が斬った。

『あううっ』

 という声を残して、ファントムが消える。

「ここはいいですね。対アンデッドの練習もできるし、水中の魔物と戦う練習もできるんですから」

 千佳が感心したように言う。


 俺たちは一層を大体探索したので、二層へ行く事にした。階段は墓地の奥にあり、ここで練習するのは、船か飛ぶ魔法が必要だと分かった。


 二層に行く前に、ネレウスを呼び戻す。ネレウスは七匹のブラックオッターを仕留め、七個の影魔石を手に入れていた。一個ずつアリサたちに渡す。


 二層へ下りると、八つの山が連なる山岳地帯だった。最初に緑の木々に包まれた山が続き、その向こうに岩山がある。岩山は三十~四十メートルの高さがあり、魔法の標的にするには十分に頑丈そうだ。


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【あとがき】

この作品が書籍化され、2022年11月29日から発売される事になりました。Amazonなどで予約も始まっています。

今後もよろしくお願いします。

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