第614話 神務記

 アリサと咲希が帰って一人になると、俺は自分の部屋に向かった。そこで『神務記』を取り出し、読み始める。


 それは神の日記のようなものだった。『摂理の支配者』と呼ばれし神が書いたもので、この神は命の連鎖を守るという役目を担っていた。


「命の連鎖を守る? どういう意味だろう?」

『私にも分かりません』


 摂理の支配者は、ある力を使って支配領域に監視網を創り上げ、そこに入ろうとする侵入者を監視していたようだ。長い間平穏な時が続き、摂理の支配者は支配領域で知的生命体が育つのを見守っていた。


 ある日、外なる神と呼ばれる存在が支配領域に侵入した。それに気付いた摂理の支配者は、全力で撃退したらしい。


 外なる神は大きなダメージを受け、消滅した。ただ摂理の支配者もダメージを受け、それを癒やすために深い眠りに就いたようだ。


「消滅した外なる神というのは、どんな存在だったのだろう?」

『あっ、ここに書いてあります。その神は『混沌の化身』と呼ばれていたようです』

「混沌と摂理か。ある意味対立するのは、当然の結果だな」


『摂理の支配者は、寝る前に準備をしたようですね』

 『神務記』には、摂理の支配者が眠りに落ちる前に代行者を創り出し、その者に仕える従者たちと三つの力を与えたと書かれていた。


「代行者というのは、何者なんだろう?」

『神の代行者ですから、天使では?』

「どうだろう? 下級の神という事もあるんじゃないか?」

『三つの力というのにも、興味が湧きます』


 その時、閃いた。

「まさか、その三つの力の一つが、神威という事はないだろうな」

『……』

 メティスも分からないようだ。まあ、そうだろうな。神の力というのが、どれほどのものか分からないし、神威自体も理解していない事が多い。


『邪神ハスターは、その代行者によって封印されたという事でしょうか?』

「消滅させられずに封印したという事は、代行者の実力が摂理の支配者より劣っていたのだろう」


 その他にも様々な事が書かれていたが、頭が疲れてきたので寝た。


 次の日、タイチとシュンがグリーン館へ来た。

「グリム先生、留守だったようですが、何をしていたんです?」

 タイチが尋ねた。

「ん、新しく創った魔法を試すために、ダンジョンへ行っていたんだ」


 タイチとシュンは、俺が賢者だという事を知っているので、隠す必要はない。

「どんな魔法なんです?」

「『フラッシュムーブ』を改造して創った飛行魔法だよ」


「へえー、詳しく教えてください」

 俺が『フライトスーツ』の事を話すと、タイチとシュンは興味を持ったようだ。

「両手だけフライトリーフで覆わなかったのは、なぜです?」

「飛行しながら魔導武器で戦うためだ。<衝撃吸収>の特性を付与していると、武器をしっかり握れないんだ」


 <衝撃吸収>の効果で、何かを握っているという感触が分からなくなるのだ。

「それじゃあ、<ステルス>の特性だけでも手袋に付与したらどうです?」

 シュンが提案した。それについては考えなかった訳じゃないが、<ステルス>は魔力やD粒子を敵に感じとらせないという効果がある。


 それは魔力とD粒子を遮断して外に漏らさないという事なのだ。全身を<ステルス>の特性が付与されたもので覆うと、魔力を外へ出せないから魔法が使えなくなる。それを二人に説明した。


「そうか。両手は魔法の発射台という事ですね」

 シュンが納得したようだ。

「ところで、俺に何か用があって来たのか?」


 タイチとシュンは目を合わせてから、タイチが代表して話し始めた。

「グリム先生が、新しいホバービークルを作ろうとしていると聞きました。僕たちのホバービークルも新型にしてもらえませんか」


 タイチとシュンからホバービークルの製作を頼まれていたが、まだエアジェットエンジンを製作している段階だった。


「しかし、今設計しているところだから、完成までに時間が掛かるぞ。いいのか?」

「構いません」

 俺は新ホバービークルの製作を引き受けた。一機製作するのも二機製作するのも大した違いはなかったからだ。そうだ、アリサたち用も作ろうかな。


 タイチたちが帰った後、俺とメティスは空中戦用の魔法を考え始めた。初めに『クラッシュソード』の拡張版である『ニーズヘッグソード』を基に新しい魔法を創る事にした。


 『クラッシュソード』や『ニーズヘッグソード』は、空間振動波の刃を形成して振り抜く魔法だ。なので、空間振動波の刃が形成されている時間は一瞬だけとなっている。これは空間振動波を形成するのに大量の魔力が必要だからである。


 空中戦だと『ニーズヘッグソード』を発動して振り抜くタイミングを合わせるのが難しくなる。できるなら、空間振動波の刃を形成したまま魔物の近くをすり抜けながら飛んで空間振動波の刃で切り裂く、という戦い方がベストなのだ。


 しかし、それだと空間振動波の刃を形成している時間が長くなる。それだけ膨大な魔力が必要だ。そこで励魔球を使おうというアイデアが閃いた。


 つかの部分はD粒子で形成し、その柄の先端に励魔球を組み込む。その励魔球の励起魔力で空間振動波の刃を作り出そうと考えたのだ。


 <空間振動>はD粒子から魔力を生み出し、それをエネルギー源として空間振動波を発生させている。それを励起魔力から空間振動波を発生できるように改造しなければならない。但し、元の魔力から空間振動波を発生させる機能は残して、新しい機能を追加する。


 俺は『痛覚低減の指輪』を指に嵌めて賢者システムを立ち上げた。そして、<空間振動>の特性を改造したのだが、拍子抜けするほど簡単に改造が終わった。ちょっとだけ苦痛を味わったが、新しい特性を創る場合に比べると雲泥の差だった。


 そのまま新しい魔法の開発を進め、長さ十二メートルの空間振動波の刃を形成して三分間だけ維持する魔法が完成する。俺は『クラッシュサーベル』と名付け、その空間振動波の刃を持つ長大な武器を『自在振動サーベル』と呼ぶ事にした。


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