第613話 フェイロン

 エルモアが『神務記』をぱらぱらと捲って斜め読みする。

『興味深そうなものですね。ゆっくり読む時間がないのが、残念です』

 予定では二層の主である飛竜のフェイロンを威力偵察する事になっている。一層の主はバジリスクだったので、偵察の必要はなかったが、フェイロンは初めて戦う魔物である。その実力を知るために威力偵察は必要だろう。


 『神務記』を仕舞い、フェイロンが居るらしい二層の奥へと進む。途中、ワイバーンに襲われたが、一匹だけだったので為五郎が雷鎚『ミョルニル』で仕留めた。


 そのワイバーンが消えると赤魔石<大>と宝石の入った袋がドロップした。宝石を確認すると、オレンジ色とピンクのダイヤモンドだ。


「へえー! 特級ダンジョンは凄いな。ワイバーンを倒しても、その皮がドロップするくらいだったのに」

 思わず声を上げるほど驚いた。


 色違いの宝石が数個ずつ入っているので、十億を超す値段になるかもしれない。ただ価値で考えると『神務記』が上だろう。ダンジョン神の私物という事になるので、値段が付けられないほどの価値になる。まあ、写本という可能性もあるが、写本でも価値はある。


『この辺のはずです』

 メティスが丸い形の岩山を目にして言う。フェイロンの棲み家については、冒険者ギルドの資料にあった。この岩山の傍らしい。


 その時、岩山の陰からフェイロンが空中に飛び上がった。体長十メートル、両翼を合わせると二十メートルにもなる立派な翼を持ち、真っ赤な鱗で全身を覆っている飛竜だ。


「想像以上に大きい」

『巨獣ジズに比べれば、小さいです』

「まあね。でも、巨獣は例外だよ」


 俺はいくつかの指輪を取り出して指に嵌めると、『フライトスーツ』を発動する。時間を掛けてD粒子を集めると、俺の身体にフライトリーフが張り付いた。胸には膨大なエネルギーを生み出す励魔球がある。


 フェイロンは『フライトスーツ』の発動に気付いたようだ。上空を旋回しながら、俺たちを見下ろしている。


 俺はフェイロンを見上げると、真上に飛び上がった。完全なステルス状態ではないので、俺の存在に気付いたようだ。フェイロンがこちらに向かって飛んで来る。そのスピードは時速三百キロほど、ジズの速さに匹敵する。


 だが、『フライトスーツ』の最高時速は九百キロである。優位なスピードを活かして攻めよう。小手調べに『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジをフェイロンに向けて放つ。


 フェイロンは聖光分解エッジに気付いた。旋回して聖光分解エッジを避けてから、もう一度軌道修正して俺に向かってきた。


 大きな口が開き、強烈な超音波を発した。至近距離で浴びれば発狂するほどの激痛を引き起こすらしい。フライトリーフで守られているとは言え、両手はワイバーン革の手袋だけだ。


 俺は急降下して超音波を回避。その後、フェイロンの背後に回り込んで『クラッシュボールⅡ』を発動し、高速振動ボールをフェイロンの背中目掛けて撃ち込んだ。


 後ろからなのにフェイロンは高速振動ボールに気付いて旋回を始める。高速振動ボールは外れたが、俺はそのまま追跡を続行する。


 そして、五十メートルまで近付いたところで『クラッシュステルス』を発動し、ステルス振動弾を放った。今度はフェイロンも気付かない。そのまま飛んで追い付くと、背中に命中したステルス振動弾が空間振動波を発し、フェイロンの背中に穴を開けた。


 ただ巨体に比べると穴は小さかった。人間なら重傷なのだが、元々タフなフェイロンには致命傷とならない。


 フェイロンが苦痛の叫びを上げて急上昇する。それを追跡しようとした時、フェイロンがゆらゆらと揺れて奇妙な軌道を描いて後方に居る俺に襲い掛かってきた。


 理解できない動きだ。俺はフェイロンの巨体で撥ね飛ばされた。フライトリーフに付与された<衝撃吸収>の効果で怪我はなかったが、気付いた時にはきりもみ状態で落下していた。


「うわっ!」

 飛行制御を取り戻し、慌ててフェイロンから離れる。フェイロンは全身を捻って奇妙な動きをした。今のは何だったんだろう?


 上空を旋回しているフェイロンへ向かう。それから五分ほど戦ったが、勝負はつかなかった。それで最高時速でフェイロンから離れ、戦闘を中断した。


 フェイロンに気付かれないように、エルモアのところに戻って一緒に丸い形の岩山から離れた。


『フェイロンは、どうでしたか?』

「強敵だな。勘が鋭いので、攻撃を避けられてしまう」

『そう言えば、ステルスを付与した魔法以外は、避けているようでした』

「武器を使えば、仕留められると思うけど、生活魔法で倒せないのは悔しいな」


 光剣クラウ・ソラスや神威刀を使えば、倒せそうだと感じた。ただ巨大なフェイロンと接近戦をするのは、勇気がいる。


 俺たちは一層に戻ってバジリスクが居た洞穴を確認したが、バジリスクは復活していなかった。当然、才能の実もなしである。


 地上に戻った俺は、冒険者ギルドへ行った。宝石や魔石を換金するためである。宝石はピンクダイヤの大きさが同じものを二つだけ残して売った。


 残した二つはイヤリングにして、アリサにプレゼントするつもりだ。代金を銀行口座に振り込むように手続きをしてから冒険者ギルドを出ようとすると、支部長が出てきて話を聞きたいと言う。


 支部長室に行って簡単に報告した。

「ほう、二層のフェイロンと戦ったのですか。倒せそうですか?」

「ああ、何とか倒せそうだけど、ちょっと準備が必要なので、一度帰ってからまた来ます」


 今度こそ冒険者ギルドを出てホテルに向かう。一日ホテルで休んでから渋紙市に戻った。

「お帰りなさい」

 アリサがグリーン館に来ていた。しかも、若い女性を連れている。

「この子が咲希ちゃんよ。私の手伝いをしながら、生活魔法を勉強させる事にしたの」


 俺は自己紹介して、咲希を観察した。素直な子のようだ。それにアリサを尊敬しているというのが分かる。


 話をしてバタリオンに入れても大丈夫そうだと感じた。正式に咲希をバタリオンに加入させ、生活魔法はアリサが教えるという。


「姫川さんも教えているだろう。大丈夫なのか?」

「大丈夫。彼女は生活魔法の魔法レベルが『8』になって、『センシングゾーン』『ハイブレード』『ウィング』を習得したの。今はその練習中で、あまり手助けは必要ないみたい」


 『センシングゾーン』を使ってD粒子センサーの感度を上げているのだろう。『ウィング』はどこで練習しているのだろう? 練習用の場所を確保するべきだろうか?


 俺は最初に『ウィング』の練習をしたダム湖を借りられないか、交渉する事にした。


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