第611話 空中戦準備

 飛行魔法『フライトスーツ』を構築した翌日、俺は魔法を試すために海へ来た。

『人が居ませんね』

「海水浴や潮干狩りに来るには、時期が早すぎるからだろう」


 ここは地元の者しか知らない小さな湾で、急に深くなっているので海水浴をするには向かない場所だという。俺がここを知っているのは、鉄心が『ウィング』の練習をここでしたというのを聞いた事があったからだ。鉄心の故郷なのである。


 影からエルモアを出し、万一の時には救助に来るように指示した。ホバービークルは壊れたので、ホバーキャノンを収納アームレットから取り出し、エルモアに渡す。


『気を付けてください』

「分かっている。最初からスピードは出さないよ」

 俺は『フライトスーツ』を発動する。今回は時間制限をしていないので発動が失敗するというような事はなかった。


 D粒子を集めるのに少し時間は掛かったが、D粒子が集まると一部が励魔球となる。その励魔球が胸に移動すると残りのD粒子に特性が付与され小さな楕円形の葉っぱのような形になると、俺の身体に張り付いた。


 その瞬間、身体が軽くなる。重力が遮断されたからだ。但し、手首から先の重力だけは感じるので、変な感じがする。


 俺は励魔球から伝わってくる圧倒的に強力な励起魔力に身震いした。『ハイパーバリア』の場合は励魔球まで意識して制御していた訳ではないので感じなかったが、飛行をコントロールするために励起魔力も制御する必要があり、そのエネルギーが膨大で強力な事を意識できたのだ。


 俺は真上にゆっくりと上昇した。高度が五十メートルほどになると停止する。その位置でゆっくり回転して周囲に人が居ないか確認する。


「誰も居ないな。居ても気付かないと思うけど」

 <ステルス>の効果で両手以外は見えないはずなのだ。俺は沖に向かって飛んだ。その瞬間、フライトリーフが身体を締め付けて固定する。


 ほんの少しだけGを感じたが、すぐに感じなくなる。但し、両手だけは別で、加速度を感じて違和感を覚える。まだ時速五十キロほどなので、それほど強いものではない。


 俺は海の上を急旋回したり、宙返りしたりした。太陽の光を浴びてキラキラと輝く海面を見ながら飛ぶと、爽快な気分になる。


 海面から一メートルくらいの高度まで降下し、海面ぎりぎりを高速で飛ぶ。すると、俺が飛行した後ろに水飛沫が上がるのが見えた。段々楽しくなり低空飛行で水飛沫を上げながら旋回して遊ぶ。


『順調なようですが、そろそろ高速飛行のテストをしてはどうですか?』

 メティスから注意された。楽しみすぎたようだ。俺は沖に向かってスピードを上げ始め、時速九百キロまで加速する。


 その途中で手と手首が痛くなった。空気抵抗を感じて筋肉を引き締めて対抗していたのだが、疲れてきたのだ。それに両手が冷たくなっている。強い風にさらされたからだろう。


「手袋が必要だな」

 それから空中で停止した状態から急加速で飛翔を始め、自由自在に飛び回った後に急停止するというようなテストも行った。


 また神剣グラムを取り出し、飛行しながら剣を振るう事を試してみた。だが、この戦闘方法は練習が必要であるようだ。


 その日から何回か海に来て『フライトスーツ』のチェックを行った。それにより小さな不具合が発見されたが、簡単な改良で対応できた。


 『フライトスーツ』が完成した。習得できる魔法レベルが『25』となったので、今のところは俺しか使えない魔法となっている。ちなみに、『ハイパーバリア』を習得できる魔法レベルは『20』だ。


 手袋はワイバーンの革を使った手袋をオーダーメイドで作製した。その手袋の御蔭で両手への負担は減った。風で手から熱が奪われる事が一番負担になっていたらしい。


『飛びながら戦うのは、練習が必要なようですね?』

「無意識に飛行が制御できるほど慣れないと、空中戦は難しいようだ」

 俺は三日に一回くらいの割合で海に来て空中戦の練習をするようになった。その御蔭で意識しなくても空を飛べるようになる。


 そして、この『フライトスーツ』を使えば、特級の出雲ダンジョンまで飛んでいける事も分かった。長時間飛行でも両腕を胸の前で組んで飛べば、両手への負担はほとんどないようだ。


 空中戦の準備が進んだ頃、新型飛行装置開発チームの薬師寺やくしじ教授から連絡があり、新ホバービークルは翼による揚力を使った方法が効率的だと結論をもらった。


 風洞実験などを行い、機体の両脇に長さ一メートルほどの翼があれば十分な揚力を得られると分かったそうだ。揚力は小さくても、新ホバービークルは<重力遮断>の効果で機敏に上昇するという。


 チームは新ホバービークルの完成予想図と思われるデザイン画を送ってくれた。全体的に楕円形で角の少ないデザインだった。


 フロントと天井部分、床の一部が透明で丈夫なアクリルで出来ており、空中での視界は良好そうだ。エアジェットエンジンも改良する事になった。静音性を高めた上で推進力をアップできるという。俺は必要な資金と特性を付与した金属は用意するので、開発を進めてくれと頼んだ。


 その頃になって出雲ダンジョンがある冒険者ギルド支部から、職員をダンジョン入り口に常駐させる事になったという連絡があった。


「久しぶりに行ってみようかな」

『いいですね。出雲ダンジョンで空中戦を試してみましょう』

 冒険者ギルドの情報では、出雲ダンジョンの二層には『フェイロン』と呼ばれる飛竜が棲み着いているという。その他にもワイバーンや巨大なトンボであるブルードラゴンフライも居るらしい。


 空中戦を試す相手に困らないだろう。まずは『フライトスーツ』で出雲ダンジョンまで行けるか試す事にした。


 翌日、グリーン館から最も近い海まで行って、そこで『フライトスーツ』を発動する。太平洋を南下してから進路を西に変え、伊勢湾を目指す。伊勢湾に入って人が少ない山岳地帯に向かう。海から陸地の上空へ達すると、そこから琵琶湖へ飛んだ。


 琵琶湖の上空を飛んで山岳地帯を通過して若狭湾の近くで着陸。ちょっと疲れたからだ。近くの町で昼食を食べて少し休んでから、海岸に出て『フライトスーツ』で飛ぶ。


 出雲に到着したのは、午後の三時頃だった。<ステルス>の効果なのか。誰にも見られなかったようだ。見えたとしても両手だけなので何が飛んでいるか分からなかっただろう。


 その日はホテルに泊まり、翌朝早く出雲ダンジョンへ向かう。

「あっ、グリム先生」

 出雲ダンジョンに常駐している職員が俺の姿を見て声を上げた。俺は挨拶してから更衣室で着替えて、中に入った。


 一層の草原ではレッサードラゴンを狩りながら進み、二つのマジックポーチⅠを手に入れて二層へ下りた。二層は荒涼とした荒れ地が広がっており、緑はちょっとした雑草くらいしかない。


 上を見ると大量のトンボが飛んでいた。たぶんブルードラゴンフライだろう。

『あの巨大トンボは、火を吹くそうですから気を付けてください』

 メティスの注意を聞いてから『フライトスーツ』を発動し飛んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る