第610話 飛行魔法(2)

 鳴神ダンジョンの二層にある回復の泉に寄って万能回復薬を補充する。それから地上に戻って冒険者ギルドへ向かった。


 冒険者ギルドでは、生活魔法使いが増え始めていた。ジービック魔法学院の卒業生の一部が、プロの冒険者として活動を始めたのである。


 その中には顔見知りの者も居るが、知らない者も多い。ただ生活魔法使いは、俺の顔を知っている者が多いので、どうしても注目されてしまう。


 受付のマリアのところに行って、鳴神ダンジョンの攻略が進んだかを確認した。

「タイチさんたちが、氷神ドラゴンを倒した後、二十三層への階段が発見されたのは、ご存知ですよね?」


「聞いている」

「その二十三層で攻略は止まっています。草原だそうですが、アーマーラプトルの群れが棲み着いているそうで、探索が難しいそうです」


 アーマーラプトルは体長三メートルほどの二足歩行の恐竜みたいな魔物である。この魔物の特徴は、朱鋼並みに頑丈な鱗で覆われている事と、素早さが尋常ではないという事だ。


 魔装魔法で素早さを五倍にした時に匹敵するほど素早いらしい。それが群れとなって襲って来るのだ。冒険者たちが手子摺るのも無理はないだろう。


 それに二十三層の草原というのは、途轍とてつもなく広いらしい。

「どうです。久しぶりに鳴神ダンジョンで暴れたくなりましたか?」

 冒険者ギルドとしては、鳴神ダンジョンの攻略を進めて欲しいようだ。俺は苦笑いした。

「アメリカに行って、アイスドラゴンとガルグイユゾンビを倒したばかりなんだ。少し休ませてくれよ」


 それを聞いた周りの冒険者たちがざわっとする。

「アイスドラゴンとガルグイユゾンビですか。仕方ありませんね」

 マリアは諦めたようだ。


「ドラゴン二匹とは、凄いじゃないか」

 いつ来たのか、後藤が後ろから声を掛けてきた。

「後藤さん、A級になったそうですね。おめでとうございます」

「ありがとう。その二匹はソロで倒したのかい?」

「アイスドラゴンはソロですが、ガルグイユゾンビは邪神眷属だったので、A級のジョンソンとハインドマン、それにオニールの四人で倒したんです」


 後藤がびっくりした顔をする。

「三人とも、A級二十位以内の冒険者ばかりじゃないか。そんな人たちと肩を並べて戦うなんて、世界的な冒険者になったんだな」


 後藤と少し話してから帰宅した。作業部屋で飛行魔法について考えていると、すぐに夕方になる。

「魔法の事を考えていると、時間の進み具合が早くなるような気がする」

『それだけ集中しているのでしょう。何を悩んでいるのです?』


「『フラッシュムーブ』は、発動者の全身をD粒子の葉っぱのようなもので包んで、高速で移動する魔法なんだけど、身動きが取れないんだ」


『身動きが取れないほど、フラッシュリーフで固める必要があるのですか?』

「急激な慣性力、一般的には『ジー』と言われる力が発生した時、人体を守るために必要なんだ」

『分かりました。部分的に言うと、首や頭を保護しないと鞭打ちになるという事ですね?』


「まあ、そういう事だ」

『それでしたら、急激な慣性力が発生する時だけ、全身を固定するというのはどうです?』

「なるほど、そうするしかないな」


『ところで、その慣性力なんですが、<衝撃吸収>の特性で吸収できないのですか?』

「通常の慣性力は吸収できる。但し、<ベクトル加速>で発生した慣性力を吸収するのに、タイムラグがあるんだ。その一瞬の慣性力が人体に与える影響を、フラッシュリーフが全身を締め付ける事で保護している」


『興味深いですね。それはグリム先生が気付いたのですか?』

「まさか、賢者システムでシミュレートした時に判明して、賢者システムが解析して答えを出したんだ」


 俺一人だったら、未だに答えが出ていないだろう。

『ところで、『ハイパーバリア』の時のように、励魔球は頭の上に固定するのですか?』

「いや、励魔球もフラッシュリーフで包まないとダメだから、胸の中央に固定しようと考えている」


『どうして胸に?』

「拳ほどの大きさの励魔球にするつもりだから、頭の上だとたんこぶのように見える」

 励魔球の大きさは、ある程度変えられる。そこで小さい励魔球にして飛行の邪魔にならないようにしたのだ。


 ちなみに、『ウィング』でも『ブーメランウィング』でもなく、『フラッシュムーブ』を基にしようと考えたのは、身体をGから守るためという事ともう一つ理由がある。


 空中戦で剣を使おうと考えていたのだ。光剣クラウ・ソラスや神剣グラム、神威刀などを使えないのは、戦力低下だと思ったのである。D粒子ウィングに乗った状態で剣を使うのは、座った姿勢で剣を振るう事になるので使い難い。それに間違ってD粒子ウィングを斬りそうな気もする。


 様々な状況を考え開発した結果、新しい飛行魔法は『フライトスーツ』として完成した。本来のフライトスーツは、戦闘機パイロットなどが着るつなぎ服の事だが、この魔法には相応しいと思ったのだ。


 最高時速が九百キロで、航続距離が五百キロになる。高速機動を繰り返す戦闘中だと十五分ほどが限度のようだ。


 この『フライトスーツ』に付与した特性は、D粒子一次変異が<励起魔力>、D粒子二次変異が<ベクトル加速><衝撃吸収><ステルス><重力遮断>になる。


 ちなみに、使用者の身体を覆うD粒子の小片は『フライトリーフ』と名付けた。ただ手首から先だけはフライトリーフで覆わないようにしたので、完全なステルスになっていない。


 剣を持つ手だけは、邪魔になるのでフライトリーフなしにしたのである。また飛行中に呼吸できるように工夫している。


 <ステルス>を付与した手袋を用意すれば良いかもとも思ったのだが、剣を持ったら意味がなくなる。光剣クラウ・ソラスや神威刀は、冒険者より存在感があるからだ。


『飛行魔法は、どこで試験飛行をしますか?』

「そうだな。墜落した場合を考えると、海か湖なんだけど……よし、海にしよう」

 という事で、翌日太平洋側の海へ向かう事にした。


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