第597話 妙義ダンジョンへ

 アリサと姫川は妙義ダンジョンの資料を冒険者ギルドで取り寄せ、十分に調べてからダンジョンへ行く日を決めた。


 その日、アリサと姫川は群馬県の妙義ダンジョンへ向かう。電車の中で、姫川が疑問に思っていた点をアリサに質問した。


「犬型のシャドウパペットを作るために、シャドウウルフの影魔石が必要なんですよね。ダークキャットの影魔石ではダメなんですか?」


「ダメです。シャドウパペットの動きの基本は、影魔石の中にある魔物の動きを基にしているようなんです」


「つまり体形や筋肉が、影魔石の中にある動きの情報とマッチしないと、ダメだという事ですね」

「その通りです。顔の形や体形を犬の形にしても、影魔石が猫のものなら、犬に似た猫になってしまいます」


「さすがシャドウパペットの第一人者、グリム先生の婚約者ですね」

 アリサは微笑んで首を振った。

「私なんて、まだまだですよ。彼の横に並んで歩くためには、もっともっと頑張らないと」


 姫川はアリサの目に強い意志が秘められているのに気付き、何だか羨ましくなった。アリサは運命の人と出会ったのだと思う。


 電車が群馬に入り高崎経由で横川へ行き、そこからバスでダンジョンへ行く。ダンジョンハウスに入り、更衣室へ向かうと一人の少女が着替えていた。


 歳は十代後半で体中に軽い怪我をしている。その少女はかなり無理をしてダンジョン探索している、とアリサは気付いた。


 偶にこういう子が居るのだ。その共通点は魔装魔法や攻撃魔法の才能がない子供が多い。その少女が急に話し掛けてきた。


「お二人はどこまで潜られるのですか?」

 消え入りそうな小さな声だった。アリサは少女に視線を向ける。

「私たちは十層まで行くつもりよ」


 狩りの目的であるシャドウウルフは、十層にある台地の森で発見された。この台地の森は二十メートルほどある崖で囲まれた台地の上にある。


 人が近付くのが難しい場所だが、『フライ』が使える攻撃魔法使いや『エアリアルマヌーバー』が使える魔装魔法使いなら行けた。


「もしかして、シャドウウルフ狩りですか?」

「そうよ。十層へ行った事がある?」

「十層へは行った事がありますが、台地の森へは……」

 少女の顔が暗くなる。勇気を出して狩りに同行させてもらおうかと思っていたようだ。経験の浅い冒険者が経験を積むための方法である。


「そう、十層へ行った事があるなら、一緒に行きましょうか」

 少女の顔がパッと明るくなる。アリサは少女に危うさを感じて、一緒に行く決心をした。こういう子供がダンジョンで何人も死んでいる。一人ひとりがどんな事情を持っているのかは分からないが、グリムやアリサはダンジョンで死ぬ子供を一人でも減らそうと考えていた。


 姫川が苦笑いを浮かべてアリサを見る。お節介だな、とでも思っているのだろう。

「あなたの名前は?」

石見いしみ咲希さきです」


 話を聞くとアリサと同じ分析魔法使いだという。それに三ヶ月前にF級冒険者になったそうだ。分析魔法の才能が『B』で、生活魔法の才能が『D』、他は才能がないらしい。


「だったら、生活魔法を勉強しているのね?」

 アリサが尋ねると、咲希は恥ずかしそうに顔を伏せた。

「それが魔法陣が高くて……」

 生活魔法は『プッシュ』と『コーンアロー』しか習得していないらしい。


 魔法庁で販売している魔法陣は、子供のお小遣いで買えるほど安くはない。『プッシュ』や『コーンアロー』とかは割安なのだが、それでも数千円はする。


 日本の貧困層で生まれた子供たちは、魔法学院に入って魔物と戦う方法を学ばないまま冒険者になりダンジョンで探索している者も多いのだ。


「体中に怪我をしているようだけど、どうしたの?」

「アタックボアに遭遇して、撥ね飛ばされたんです」

「これを飲みなさい」

 アリサはマジックポーチから初級治癒魔法薬を取り出して、咲希に渡す。


 咲希は飲むのをためらった。この魔法薬が高価なのを知っているからだ。それを見た姫川が声を上げる。

「アリサさんにしたら、そんな魔法薬は栄養ドリンクみたいなものだから、遠慮なく飲んでいいのよ」


 ためらいながらも飲み干す咲希。その御蔭で傷の痛みは消え、短時間で傷口も塞がった。アリサたちが外に出ると、ダンジョン前で何人かの冒険者が話をしていた。


 どうやらF級になったばかりの魔法学院の生徒で、何を狩るか相談しているようだ。

「六層に居るリザードソルジャーを狩りたいけど、強敵だからな」

「だったら、三層のビッグシープ狩りだな」


 リザードソルジャーに手子摺るというのなら、魔法レベルが高くないのだろう。その中の一人が、咲希がアリサたちと一緒に居るのを見付けた。


「おい、咲希。一緒に居るのは誰だ?」

「結城さんと姫川さんです」

「ふーん、ベテランの冒険者らしいな。何で一緒に?」

 ベテランと言われて、姫川が眉をひそめる。そんな歳じゃないと思ったのだ。


「十層まで案内してもらうからよ」

 生徒たちの質問を聞いたアリサが代わりに答えた。

「咲希が十層へ行ったのは、行方不明者が出た時に、ギルドの緊急依頼で十層へ行った時だろ。あの時は十数人の集団で行ったはずだ」


 集団の後ろから付いて行っただけの咲希は、当てにできないと言いたいらしい。

「ルートを記憶しているのでしょ?」

 アリサは咲希に確認した。

「はい、私は記憶力がいいんです」

「なら、大丈夫ね。行きましょう」

 アリサたちはダンジョンに入った。後ろで魔法学院の生徒たちが何か言っているが無視する。


 一層は森林エリアで、ゴブリンやオークがうろうろしているらしい。

「姫川さんは、生活魔法の実習よ。生活魔法だけで魔物を倒してください。咲希は実力を見たいので、『プッシュ』と『コーンアロー』を使って魔物を倒して」


「でも、私の生活魔法は威力がないんです」

 そう言うので、アリサは咲希に『プッシュ』と『コーンアロー』を使わせた。咲希が三重起動の『プッシュ』を近くの木に向かって放った。


 木に命中して大きな音を立て枝葉を揺すった。普通のトリプルプッシュである。咲希は真面目に生活魔法を練習しているようだ。ちなみに三重起動の『コーンアロー』も普通だった。


「普通ね。後は魔法レベルを上げて、多重起動の数を増やせばいいだけよ」

 咲希が嬉しそうな顔をする。

「本当ですか。他の冒険者から威力がないと言われたんですけど」


 たぶん先ほどの魔法学院の生徒たちがからかったのだろう。


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