第598話 妙義ダンジョンの十層
アリサは咲希を鍛えてやろうと考えていた。魔法レベルが『5』になれば、生活に困らないだけの収入を得られるようになるだろう。
その事を咲希に話すと、跳び上がって喜んだ。
「本当ですか?」
「ええ、咲希は魔法学院には通ってないのよね?」
「うちの家には、そんな余裕はありません」
咲希の家庭は、母子家庭である。兄弟姉妹は居らず、
そこで唯一誇れる才能の分析魔法を活用しようと思い、冒険者になったそうだ。分析魔法の魔法レベルを上げるには、ダンジョンで分析魔法を使い魔物を倒す必要があったからである。
「アリサさんの後輩ね」
姫川が言った。それを聞いた咲希がアリサに視線を向ける。
「結城さんも分析魔法使いなんですか?」
「そうよ。もう少しで大学を卒業して、独立した研究所を設立する事になっているの。ところで、私の事はアリサと呼んで」
「研究所? 何を研究するのですか?」
「ダンジョンで発見された碑文などを研究して、ダンジョンの目的が何かを研究しようと思っているの。ただそれは利益にはならないから、生活魔法や他の魔法も研究するつもりよ」
「分析魔法使いは、どんな仕事をしているのです?」
「そうね。一番多いのが、アイテムの鑑定ね。『アイテム・アナライズ』という分析魔法を使って、ダンジョン産のアイテムを調べる仕事が、多いみたい」
「『アイテム・アナライズ』ですか。まだ習得できません」
咲希は分析魔法の魔法レベルが『2』、生活魔法が『3』だという。
「教えて良かったの?」
冒険者の中には、魔法レベルを秘密にしている者が居るので確かめた。
「秘密にするほどの魔法レベルじゃありません」
「もしかして、咲希は剣が得意なの?」
咲希は背中に細剣を背負っていたのだ。
「得意という訳ではないですが、魔物の多くを剣で倒しています」
それを聞いてアリサは微笑んだ。少しグリムに似ていると思ったのだ。一層の魔物を倒して二層に下りると、草原が広がっており、ところどころに背の高い草があり魔物の姿を隠している。
「オークの集団よ」
姫川が魔物に気付いて声を上げる。
アリサが確認すると、背が高い草の茂みから四匹のオークが現れた。姫川が先制攻撃として三重起動の『ジャベリン』で攻撃した。大型のD粒子コーンがオークの胸に命中して倒した。
オークたちが叫びながら走り出す。射程ギリギリで咲希がトリプルアローを放ち、姫川はトリプルブレードでオークを切り裂いた。
咲希が攻撃したオークは右肩に穴を開けられて倒れた。残った一匹がアリサに向かって来る。アリサは三重起動の『ホーリーブリット』を発動し、聖光ブリットをオークの額に撃ち込む。そのオークは額に穴が開き、倒れて消える。
咲希に肩を撃ち抜かれたオークが呻き声を上げながら立ち上がる。
「咲希、トドメを刺して」
「はい」
咲希はもう一度トリプルアローでオークの胸を撃ち抜いた。オークが消えるのを確認してから魔石を回収する。
姫川と咲希に魔物を倒してもらいながら進み、アリサたちは六層まで到達した。そこまでの戦いを分析して、アリサは姫川に指導した後、咲希に視線を向ける。
「咲希は、発動速度と命中精度を高めないとダメね」
アリサはどうやったら命中精度を高められるかを教えた。それは的から目を離さないとか、自分の癖を把握するという基本的なものだ。
「それじゃあ、私が見本を見せるから」
アリサは見本を見せるために魔物を探した。D粒子センサーにリザードソルジャーの集団らしいものが引っ掛かったので、そちらに進む。
「リザードソルジャー……大丈夫なんですか?」
咲希が五匹のリザードソルジャーを見て心配そうな顔をする。それを聞いた姫川が笑い出した。
「そう言えば、アリサさんがどんな冒険者か言っていなかったわね。彼女は一人でアイアンドラゴンを倒したB級冒険者なのよ」
咲希は驚いて目を丸くする。
「凄い、もしかするとC級かもと思っていましたが、B級だったんですね」
そんな声を聞きながら、アリサはスタスタとリザードソルジャーの集団に近付く。そして、リザードソルジャーたちがアリサに気付いて走り出すと、先頭の一匹に五重起動の『ジャベリン』を撃ち込む。
「凄い、胸の真ん中です」
残りの四匹がアリサを囲むように近付いた瞬間、アリサが連続でクイントプッシュを発動し、D粒子プレートでリザードソルジャーたちを撥ね飛ばした。
倒れたリザードソルジャーたちが起き上がろうとした時、アリサが次々に五重起動の『コーンアロー』を発動し魔物の胸を貫いた。そのコントロールは完璧で、どのリザードソルジャーも心臓を貫かれている。
リザードソルジャーの動きを見切って、ほとんど動かずに仕留めてしまったアリサを、咲希が眩しいものを見るかのように見詰めていた。
「リザードソルジャーは『プッシュ』で倒してから、『コーンアロー』でトドメを刺すのが効率的なのよ」
アリサは姫川と咲希に教えた。
それから十層までは順調に進んだ。途中で咲希の生活魔法の魔法レベルが『4』に上がって喜んだ以外は、特別な事はなく十層の森に入った。
咲希が疲労しているようなので、シャドウウルフ狩りは明日にする事にした。十層の中ボス部屋で野営しようと考え中ボス部屋へ向かう。
すると、中ボス部屋の前で四人の冒険者が話をしていた。
「どうかしたんですか?」
咲希が冒険者たちに声を掛けた。顔見知りらしい。
「咲希か、お前も運が悪いな。中ボスが復活したんだよ」
ここの中ボスはレッサードラゴンだった。入り口から中を覗くと、体長五メートルほどで二足歩行のドラゴンが、背中の小さな翼をパタパタさせている。
「可愛い」
咲希がレッサードラゴンを見て呟いた。アリサは苦笑いする。可愛いと感じるものは個人により変わるものだが、ドラゴンを可愛いと感じる者は初めてだった。
「皆さんは、レッサードラゴンを倒さないのですか?」
アリサが先に来ていた冒険者たちに尋ねた。たぶんE級かD級の冒険者だろう。
「僕たちはE級冒険者なので、レッサードラゴンは無理です」
「それじゃあ、私たちが倒します」
アリサが大した事ではないという感じで宣言した。
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