第578話 氷神ドラゴンの分析

 俺たちは二十二層から二十一層へ戻った。防寒着を脱いでホッとする。

「あのブレスは凄かったな」

「ええ、あのブレスに触れたものは、瞬時に凍ってしまうようです」

 アリサの顔は青褪めていた。二十二層の寒さだけのせいではなく、あのブリザードブレスの威力に恐怖を感じていたのだ。


 タイチが俺の方へ顔を向けた。

「グリム先生、最初の一撃目には、どんな意味があったんです?」

「あれは<邪神の加護>の効果に、限界があるのかを調べたかったんだ」


 三連続で生活魔法を撃ち込んでも、<邪神の加護>は全てに効果を発揮した。観察していたのだが、D粒子の形成物が氷神ドラゴンの表皮に接触する前から効果を発揮していたようだ。


 アリサが発動した『クラッシュボールⅡ』は、氷神ドラゴンに命中する少し前に空間振動波を放射するように時間設定していたのだが、空間振動波は放射されずにそのまま命中している。その点を二人に伝えた。


「寝ていた氷神ドラゴンは、ホーリー系ではない生活魔法が命中すると、目覚め立ち上がりました。何らかの衝撃を感じたのではないか、と思うの」


 アリサの意見を聞いて、俺はちょっと違うのではないかと思った。

「その可能性もある。一方、<邪神の加護>が発揮された時に、氷神ドラゴンの何かが消費されたという可能性もあると思うんだ」


 タイチが首を傾げた。

「その何かというのは、何です?」

「魔力・精神力・生命力……答えは分からない。それより、アリサは氷神ドラゴンが立ち上がると予想していたのか?」


 氷神ドラゴンが立ち上がったのに、見事に命中させたアリサに尋ねた。

「D粒子の感知能力はあると予想していたので、一撃目は間に合わなくても、二撃目には何らかのアクションをすると予想したのよ」

 分析魔法使い特有の未来予測みたいな勘が働いたらしい。アリサが命中させてくれた御蔭で、氷神ドラゴンの防御力の程度が分かった。


 俺たちは二十一層から二十層へ戻り、転送ゲートで一層へ移動してから地上に戻った。そのまま冒険者ギルドへ行って、支部長に報告する。


 近藤支部長は、黙って報告を聞いた。

「今回は偵察に行っただけなのだね?」

「そうです」

「グリム君の事だから、あっさり倒すのではないか、と思っていたんだが」


「俺が倒したら、勿体ないじゃないですか」

 近藤支部長が、どういう意味か分からないという顔になる。

「勿体ないだって?」

「あれは鳴神ダンジョンの宿無しなんですよ」


 その言葉で、支部長はピンと来たようだ。

「そうか、転送ゲートキーだな」

「そうです。どうせ倒すなら、バタリオンの誰かにトドメを刺させて、転送ゲートキーを手に入れさせます」


「はあっ、欲張りだね。本当に大丈夫なのかね?」

「試した感じでは、『ホーリークレセント』で切り刻めば倒せる、という手応えを感じました。ただもう一つくらい武器が欲しいですね」


 その言葉を聞いた支部長が、デスクから資料を取り出した。

「邪神眷属に対する武器と言えば、生命魔法の賢者が、『アークエンジェルブレス』という生命魔法を完成させたらしい。これは邪神眷属用の魔法になると聞いたよ」


 賢者ルドマンが邪神眷属用の生命魔法を完成させたらしい。習得できる魔法レベルを確認すると『15』だという。由香里の生命魔法の魔法レベルは『13』だったはずなので、もう少し頑張れば取得できそうだ。


「由香里に頑張ってもらって、その『アークエンジェルブレス』を習得させましょう」

 アリサが言い出した。

「医療魔法士の資格は取れたと聞いたけど、大学は大丈夫なのか?」

「ええ、やっと卒業論文を書き上げて自由になった、と言っていましたから、時間は有るはずよ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「ええーっ、やっと病院勤務が始まるまでは、ゆっくりできると思ったのに」

 『アークエンジェルブレス』の件を聞いた由香里が、不満の声を上げる。


 グリーン館に集まったアリサ・天音・千佳・由香里の四人は、作業部屋で話をしていた。

「ダンジョンで邪神眷属に遭遇した時、『アークエンジェルブレス』を習得していたら、絶対に有利になるから」

 天音が言った。


「でも、『ホーリーソード』や『ホーリーキャノン』は習得しているのよ」

「そう言わずに、生命魔法の魔法レベルが『15』の医療魔法士なんて、貴重な存在じゃない」


 生命魔法使いは医療関係で働く者が多いので、ある程度魔法レベルが上がると、ダンジョンでの活動をやめてしまう者が多い。病院の仕事がダンジョンでの活動より重要だと感じてダンジョンへ行かなくなるのである。


「魔法レベルが『15』になると、最上位の治癒魔法『パナケイア』を習得できるそうじゃない」

 『パナケイア』という魔法は、大量の魔力を消費する代わりに中級治癒魔法薬に匹敵する効果を発揮する。


「生命魔法の魔法レベルを上げるという事は、アンデッド狩りか……楽しい狩りにはなりそうにないけど、『パナケイア』は欲しいから」

 由香里は魔法レベルを『15』にするために、アンデッド狩りをする事に同意した。


 アンデッド狩りは、長野にある冥土ダンジョンで行う事になった。このダンジョンはアンデッドだらけのダンジョンで、オーガスケルトンやボーンドラゴンも居るという。


 長野へは由香里と天音、それに千佳の三人で出発した。アリサは『ホーリークレセント』の分析を頼まれて残留である。『ホーリークレセント』の魔法回路コアCを作製するために必要な作業だ。

 その魔法回路コアCはエルモアや為五郎が使う予定になっている。


 由香里たちは長野の冒険者ギルドで冥土ダンジョンについて調査する。四層に居るオーガスケルトン狩りをするのが、効率が良さそうだ。


 三人がダンジョンに入ると、一層は墓地だった。広い敷地に立てられている墓石の間を進んで行くと、最初にオークゾンビと遭遇した。


 由香里が生命魔法の『シャインブロー』を発動する。すると、オークゾンビに向けた由香里の手から銀色の光が発生しオークゾンビに照射される。オークゾンビは電撃を受けたように震えて膝を突き地面に倒れて消えた。


「生命魔法って、地味だよね」

 天音が由香里に言う。

「地味? どういう意味?」

「ドカーンとか爆発しないし、ズバッと切れたりしないじゃない」

「攻撃魔法じゃないんだから、当然でしょ」

 天音は生命魔法の攻撃を受けたアンデッドのリアクションが、物足りなかったようだ。


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