第577話 氷神ドラゴン

 二十一層は大きな二つの湖と、その二つを囲む森により構成されている。そこには多くの魔物が棲息しており、空にはワイバーンとウィングタイガー、森にはバイコーンと呼ばれる二本の角を持つ巨大馬とグレンデルと呼ばれる身長が八メートルもある巨人が棲み着いている。


 俺たちが森に入るとバイコーンと遭遇した。全長が四メートルほどある巨大な馬である。その馬の頭には二本の角があり、口には鋭い牙が並んでいた。絶対に草食獣ではない。


「タイチ、任せた」

 俺が指示すると、タイチが当然というように前に出た。その時、バイコーンの頭にある角と角の間で火花が飛び散る。それは火花放電だった。


 バイコーンが走り出し、タイチが五重起動の『バーニングショット』を発動し、D粒子放熱パイルをバイコーンの胸に向かって放つ。


 そのD粒子放熱パイルに気付いたバイコーンが跳躍した。D粒子放熱パイルを飛び越えたバイコーンは、空中で二本の角から稲妻を発した。その稲妻がタイチに襲い掛かる。バイコーンが稲妻を放とうとした段階で、タイチは三重起動の『オーガプッシュ』を発動していた。


 稲妻とオーガプレートがぶつかり、どちらも消滅する。着地したバイコーンは稲妻での攻撃が迎撃されると、タイチを踏み潰そうと猛烈な勢いで走り出す。そのバイコーンに向かって『ティターンプッシュ』を発動し、ティターンプレートを叩き付ける。


 激突した衝撃を<衝撃吸収>の特性が吸収し、ティターンプレートの運動エネルギーも加えてバイコーンに叩き返した。バイコーンが叫び声を上げて回転すると、地面に叩き付けられる。


 そこに走り寄ったタイチが、魔導武器の槍アスカロンをバイコーンの首に突き入れる。アスカロンの穂先がバイコーンの首にめり込み、追加効果を発揮して筋肉や血管を凍り付かせる。

 それがトドメとなってバイコーンは、魔石だけ残して消えた。


 それから何匹かのバイコーンと遭遇したが、バイコーンの習性が分かった後は一撃で仕留められるようになった。その習性というのは、跳躍した後に稲妻で攻撃するというものである。なので、そのタイミングで七重起動の『ハイブレード』を発動し、首を薙ぎ払うと簡単に仕留められると分かったのだ。


 バイコーンを続けて撃破した後に、巨人と遭遇した。グレンデルと呼ばれる巨人は、凄まじい怪力の持ち主らしい。その巨人をアリサが『ホーリークレセント』の一撃で仕留めた。


 三日月形をした長さ二メートルの聖光分解エッジが、時速二百キロで飛んで巨人の首を切り飛ばしたのである。アリサは『ホーリークレセント』の特訓をしたようだ。これほど正確に命中させるほどの技量を身に付けるのには、時間が掛かっただろう。


「かなり距離が離れていたのに、あれほど正確に命中させるなんて、凄いですね」

 タイチはアリサの正確な一撃に驚いていた。アリサはダンジョンで探索する機会は減ったが、練習をサボった事はなかった。新しい魔法を習得すると、使い熟せるようになるまで熱心に練習していたのだ。


 アリサの命中精度は、俺以上かもしれない。それに敵の動きを観察して未来位置を予測する技量は、俺も驚くほどだった。


「私が同じ位置で狙い撃ちするような戦い方が得意なだけよ。二人は動き回りながら、生活魔法や武器を使って魔物を倒すタイプじゃない」


 アリサはタイプが違うだけだと謙遜するが、生活魔法の命中精度では世界一かもしれない。


 俺たちは二十一層を通り過ぎ、二十二層へ下りた。この層は広々とした雪原となっていた。一面が真っ白な雪に覆われており、雪が降っているので見通しが悪い。


「うわっ、寒いな」

 タイチが声を上げた。たぶん気温は氷点下になっているだろう。俺たちは急いで防寒着を着る。


「こんな雪だと、氷神ドラゴンを探すのも苦労しそう」

 アリサが声を上げる。その意見には俺も賛成だったので頷いた。

「こういう時こそ、D粒子センサーだ」


 俺はD粒子センサーの感度を上げた。D粒子センサーは常時発動しているが、そこに意識を集中する事で感度が上がる。今の俺なら二百メートル先まで、D粒子センサーの触覚を伸ばす事が可能だった。


 俺たちは少し歩いて、降り積もっている雪にギブアップした。一足ごとに雪に埋まってしまうので、体力ばかり消耗して先に進まないのだ。そこでホバービークルを出して乗り込んだ。


「最初から、ホバービークルを出せば良かった」

 それを聞いたタイチが笑う。

「グリム先生は、生まれも育ちも渋紙市でしょ。雪に慣れていないのは仕方ないですよ」

 渋紙市は雪の少ない地方なのだ。


 ホバービークルで氷神ドラゴンを探し回り、二時間後に発見した。氷神ドラゴンは雪に覆われた丘の上に横たわっていた。体長二十メートルもある巨体を横たえた氷神ドラゴンは、鼻から白い息を吐き出している。


「こんな寒い中で、気持ち良さそうに寝ているのが凄いな」

 タイチが変なところに感心して声を上げる。俺は氷神ドラゴンが内包している膨大な魔力量に注目した。タイで戦ったヴァースキ竜王に匹敵する魔力を持っているようだ。


 これだけ膨大な魔力を持っている点を考えると、その自己治癒力も高いと思う。魔物は魔力量と防御力が比例する傾向にあると分かっているのだ。


「グリム先生、見ているだけじゃ氷神ドラゴンの実力は分かりませんよ」

「その点は考えていたんだが、この雪なら先制攻撃で試してから、逃げられると思うんだ」

 アリサが首を傾げた。

「具体的にはどうするの?」


「それぞれが、『トーピードウ』『クラッシュボールⅡ』『ジェットフレア』で先制攻撃を仕掛けて、それらが着弾前にホーリー系の生活魔法で攻撃しよう」


 攻撃が命中したら、『フラッシュムーブ』の三連続で逃げる事にした。打ち合わせの間、氷神ドラゴンを見張っていたエルモアと為五郎を影に仕舞うと、俺はカウントダウンを始める。


「3・2・1……」

 タイチが『トーピードウ』、アリサが『クラッシュボールⅡ』、俺が『ジェットフレア』を発動して攻撃する。それらの攻撃が命中する前に、タイチが『ホーリーキャノン』、アリサが『ホーリークレセント』、俺が『ホーリークレセントⅡ』を発動して攻撃。


 まず高速振動ボールが命中したが、<邪神の加護>により拒絶されて不発に終わる。その後、D粒子魚雷、D粒子ジェットシェルと命中したが、不発に終わった。


 攻撃に気付いた氷神ドラゴンが立ち上がったところに、聖光分解キーンエッジがドラゴンの背中を掠めて、一メートルほどの浅い傷を負わせる。次に聖光分解エッジが脇腹に命中して、氷神ドラゴンの防御力を削りながら三十センチほど食い込んで消える。


 聖光グレネードは足元に命中して氷神ドラゴンの表皮を削ったが、ほとんどダメージを負わせる事はできなかった。


 次の瞬間、氷神ドラゴンが口を大きく開けて、ブリザードブレスを吐き出す。俺たちは打ち合わせ通り『フラッシュムーブ』の三連続で逃げた。


 雪の上に着地した俺はアリサを探して駆け寄り、タイチも合流した。後ろを振り返ると氷神ドラゴンが雪を蹴散らしながら走ってくる。


 俺たちは慌ててホバービークルを出して乗り込み逃げ出した。最高速で飛ばすホバービークルは、少しずつ氷神ドラゴンから離れていく。


「氷神ドラゴンが飛行できるタイプのドラゴンだったら、逃げられなかったな」

 俺が言うと、アリサとタイチが頷いた。

「その時は、戦闘ウィングで逃げればいいんですよ。それより、ホーリー系の魔法で怪我をしたはずなのに、平気な顔で追って来たのが怖いです」


 俺とタイチが放った聖光分解キーンエッジと聖光グレネードは掠めただけだったが、アリサが放った聖光分解エッジはしっかりと命中した。だが、それほど深い傷を負わせられなかった。この情報を持ち帰って、戦術を考えなければならない。


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