第572話 付与の組み合わせ

「この組み合わせは、本当なのかな?」

 その資料に書かれていた付与の組み合わせは、『カース』『リバース』『プットフォース』というものだった。日本語に翻訳すると『呪い』『反転』『発揮する』であり、その三つの組み合わせで『祝福』という付与魔法になるという。


 この組み合わせで合成された『祝福』の魔法効果は、ダンジョン内での運の上昇というものだった。これはドロップ率や宝箱などで良いものを引き当てる確率が高まるらしい。


 但し、こんな美味しい話が無条件という事はなかった。その条件というのは、そのダンジョン内で一日一回だけしか使えないというものだ。


 つまりAダンジョンに『祝福』を使える冒険者が三人居たら、その中の一人が『祝福』を使えば、他の二人は使えなくなるというものである。


「うわーっ、特殊な付与ね。これは絶対に賢者が秘蔵していたものに違いない」


 グリムが探している邪神眷属の対策となる付与魔法ではなかったが、かなり有益なものなのでグリムに知らせる事にした。


 その翌日、天音はグリーン館へ行った。グリムに『祝福』の件を話した後、魔法庁の支部へ行って『カース』『リバース』『プットフォース』の魔法陣と魔導素子を購入する。


 天音には同時に三つの付与魔法を発動するという技術がなかったので、それぞれの付与魔法と同じ効果を発揮する魔導素子を購入して、魔道具を作製しようと考えたのである。


 グリーン館には作業部屋とは別に実験室という部屋がある。天音はグリーン館へ戻り、実験室へ行った。付与魔法の実験や金属加工をするための部屋で、天音は付与魔法の実験に使っている。


 魔導基盤に『カース』『リバース』『プットフォース』の魔導素子を刻み込み、魔力バッテリーやスイッチなどを組み込んで、最終的に外国の裁判所で使われる木槌のような形にした。


 名前は『祝福の木槌』とした。この『祝福の木槌』で叩くと祝福されるという仕組みである。天音は出来上がった魔道具を持って実家へ戻った。


 実家の近くにある風華ダンジョンで、『祝福の木槌』を試そうと考えたのだ。風華ダンジョンの二十層にある中ボス部屋は、中ボスを倒すと必ず宝箱が出現する。


 その宝箱に『祝福の木槌』を使って試そうと考えたのだ。その宝箱に入っていたものは、中級治癒魔法薬五本か、上級治癒魔法薬、または『治療の指輪』だと聞いている。


 この中の出現率を記録から計算すると、六十三パーセントが中級治癒魔法薬で、三十四パーセントが上級治癒魔法薬、そして残り三パーセントが『治療の指輪』だという。


 もし『祝福の木槌』を使って、上級治癒魔法薬や『治療の指輪』が連続で出るような事になれば、間違いなく確率が変わったという事になる。


 天音は父親の弘樹に風華ダンジョンを探索すると伝えた。

「風華ダンジョンへは、ほとんど潜った事がなかっただろ。急にどうしたんだ?」

「新しく作った魔道具の実験をしたいの」


「へえー、魔導職人らしい事もしているんだな」

 冒険者ギルドの支部長である弘樹は、天音を魔導職人としてではなくC級冒険者として評価しているようだ。


「卒業したら、新しい工房を設立しようと考えているんだから、当然でしょ」

「ふーん、私は冒険者になるとばかり思っていたんだがな」

「ダンジョンでの活動も続けるけど、メインは魔導職人として魔道具作りをするつもりなの」


「魔導特許も持っているようだから、心配はないと思うが、工房の経営も難しいんだぞ。大丈夫なのか?」

「その辺は、これからゆっくりと勉強するつもりだけど」


「心配だな。その工房は家の近くで始められないのか?」

 父親の無茶な要求に、天音が苦笑いする。渋紙市はある程度の人口も有る都市だが、実家のある町は本当に小規模な町なのだ。


「この町に工房を開いても、お客さんが来ないでしょ」

「しかし、新しい工房を設立するとなると、大忙しになるだろう。そうなると、食事や掃除が大変じゃないのか?」


「あれっ、お父さんたちには、ナデシコを見せてなかったっけ」

「そのナデシコというのは何だ?」

「執事シャドウパペットよ」

 天音は影からナデシコを出した。身長百六十センチほどの人型シャドウパペットである。


 一応戦闘もできるようになっているが、基本は執事として使っている。母親がどのくらい便利になるのか知りたいというので、予備の制御用指輪を渡した。


 このナデシコは、グリムの執事である金剛寺に頼んで、一般的な家事ができるようにしてあるので、母親は便利に使い始めた。


 家政婦シャドウパペットを売り出したら、凄く儲かるのではないかと思う天音だった。但し、家政婦シャドウパペットは製造費や教育費が高くなるので、どれほど安くできるかが鍵になるだろう。


 その翌日、ナデシコは母親が使っているので、ナデシコなしで風華ダンジョンへ向かう。

「アリサみたいに、護衛用シャドウパペットを作るべきかな」

 天音が護衛用シャドウパペットを作るなら、エルモアのような人型にするだろう。犬好きのアリサは大型犬のシャドウパペットにしたが、天音なら武器が使えるシャドウパペットにしたかった。


 ダンジョンハウスで着替えて外に出ると、見覚えのある冒険者が居た。天音がその冒険者を見ていると、冒険者も気付いて天音に近付いてきた。


「何か、僕に用かい?」

 その声を聞いて天音は思い出した。中学生時代のクラスメイトの『キザ夫』だった。渾名あだながキザ夫で、本名は……ダメだ、思い出せない。


「あなた、キザ夫でしょう。あたしよ、母里天音」

 キザ夫と呼ばれた冒険者は、一瞬ムッとしたが、天音の名前を聞いて思い出したようだ。


「ああ、中学の時の母里か。冒険者になったのか?」

「ええ、キザ夫も冒険者になったの?」

「キザ夫なんて古い渾名で呼ばないでくれよ。伊狩いかりか庄司と呼んでくれ」


「ごめん、名前より先にパッと渾名が頭に浮かんだのよ。ところで、伊狩君は弁護士になるんじゃなかったの?」

 伊狩が肩を竦めた。

「弁護士なんてダサいよ。今は冒険者が一番だ」


 確実に弁護士を敵に回すような発言に、天音は苦笑いする。きっと途中で弁護士への道を諦めて、冒険者になったのだろう。


「一人で探索するの?」

「ああ、ソロでロックゴーレム狩りをしている」

 伊狩はゴーレムコアを狙って、ロックゴーレム狩りをしているらしい。アリサがゴーレムコアの新しい利用法を発表して、ゴーレムコアの相場が高くなったからだろう。


「母里は何を狩りに行くんだ?」

「二十層の中ボス狩りよ」

 伊狩が驚いた顔をする。

「それは無謀だ。あそこの中ボスはソルジャーコングだぞ」


 言っている意味がピンと来なかった。天音にとって、ソルジャーコングは手強い魔物ではなかったからだ。


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