第571話 付与魔法の賢者
草原ダンジョンへ入ると、まずゴブリンの居そうな場所へ向かう。
『まずはゴブリンで威力を試すのですね?』
「そうだ。初級ダンジョンで代表的な魔物と言えば、ゴブリンだからな」
俺はゴブリンを探し出すと、邪神眷属用の『プッシュ』である『ホーリープッシュ』を発動する。多重起動なしなので、ホーリープレートがゴブリンの顔にバチッと命中して、ゴブリンを転倒させた。
何回か実験して『プッシュ』の二倍ほどの威力があると判明した。これは<聖光>の効果なのだろう。
次に三重起動の『ホーリープッシュ』を試してみた。遭遇したオークに対して使うと、金色に輝くホーリープレートが空気を切り裂いて飛んで、オークに命中してドンという音を響かせた。
ホーリープレートを叩き付けられたオークは、三メートルほど後ろに弾き飛ばされて背中から落下する。そのまま転がったオークは、よろよろしながら立ち上がる。
そのオークに向かって五重起動の『ホーリープッシュ』を発動し、ホーリープレートを叩き付ける。その瞬間、オークの顔面が押し潰された。そして、鼻血を噴き出しながらオークの肉体が宙を舞う。オークは頭から地面に落ちて、太い首がグギッという音を立てる。
俺は死んだかと思ったが、オークは立ち上がった。但し、首が変な方向を向いている。魔物は驚くほどタフだ。
『今度は『ホーリーブリット』を試してみましょう』
『ホーリーブリット』は『コーンアロー』を基に創った魔法である。小さくしたので威力に不安はあるが、試してみる事にした。
最初に三重起動の『ホーリーブリット』を発動し、半死半生のオークに向かって聖光ブリットを放った。音速の半分ほどの速度で飛んだ聖光ブリットが、オークの頭を貫く。
オークは光の粒となって消えた。
『やはり速度を上げた事は、正解でした』
「確かに貫通力は増したけど、仕留めるには急所を狙わないとダメだな」
俺はオークの額に開いた穴が小さかったのに気付いていた。
立木の幹を的にして、五重起動と七重起動も試してみた。七重起動だと直径三十センチもある幹を貫いた。ライフル弾並みの威力が有るらしい。
「これは凄いな。大型の魔物でなければ、かなり手強い魔物でも通用しそうだ」
防御力が高い虫型の魔物でも、仕留められそうだと感じた。ただ射程が短いので、使い勝手はそれほど良くない。
いろいろ試してみて、初級ダンジョンなら十分だろうと判断した。グリーン館に戻ると魔法庁に登録する書類を書いて、すぐに松本長官宛に送った。
但し、本当に邪神眷属に有効かは、確認するように頼んだ。魔法庁に頼んだのは、そのためだけに海外まで行きたくなかったからである。魔法庁ならば、登録した後に初級ダンジョンに邪神眷属が居る海外の魔法庁に依頼して、倒せるか確認できるだろうと考えた。
その確認が終わった後に、正式に販売を始める事になるだろう。『ホーリーブリット』と『ホーリープッシュ』が購入できるようになれば、初級ダンジョンの状況も少しずつ改善されると思う。
この二つの魔法なら、生活魔法の魔法才能が『E』の者でも努力すれば習得できるので、魔法学院の生徒たちや大勢の冒険者が購入するはずだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
大学四年生の天音は、すでに進路を決めていた。自分の工房を立ち上げ、冒険者としての活動を続けながら、付与魔法の研究を続けるつもりなのだ。
卒業論文も提出し、卒業に必要な単位も取得しているので、後は卒業を待つばかりの状態となっている。
そこにグリムから付与魔法の賢者坂下美乃里の遺品である資料が手に入ったので、調べるのを手伝ってくれないかと頼まれた。天音はすぐに承諾した。
賢者坂下の資料がよく手に入ったものだと思って、グリムに確認してみると、邪神眷属の件でグリムに恩を感じていた松本長官が、魔法庁に保管してあった資料を貸してくれたらしい。
ダンボール箱で三つある資料の一つだけを実家に持ち帰った天音は、資料を調べ始めた。賢者の資料なのに管理が
グリムが天音に調査を依頼したのは、付与魔法の専門知識が必要な資料だったからである。
「さて、調べますか」
ダンボール箱から適当に資料を選んで読み始める。坂下という賢者は、効率的な魔石発電炉を研究していたようだ。
但し、坂下が研究していたものは、すでに実用化されている。それだけ古い資料だという事である。まず資料を分類分けする。
半分ほどは魔石発電炉に関するものだったが、残りの半分は雑多な研究のメモのようなものだった。天音は雑多な研究メモを調べ始めた。
三時間ほど経った頃、母親が食事だと呼びに来た。
「何をしているの?」
「グリム先生から調べものを頼まれたの」
「そうなの。凄いのね」
グリムの名前は時々ニュースで流れるようになったので、専業主婦である母親も日本のトップ冒険者だと知っている。
「ところで、卒業したらどうするの?」
「前に言った通り、工房を立ち上げるよ」
「でも、お金が掛かるんじゃないの?」
母親は娘の天音が、金持ちだという事を理解していないようだ。
「大丈夫だよ。お金は有るから」
「でも、一千万や二千万では足りないんでしょ。銀行で借りる事になるんじゃないの?」
「それくらいの預金は有るから大丈夫」
「そうなの。それならいいけど、あたしのへそくりを出そうか?」
天音は苦笑いして首を振った。天音はダンジョンでの活動や付与魔法の研究結果を魔導特許として登録して手に入れた利益が、毎年億単位になっている。
そんな話をしていると、天音の父親である
「あっ、支部長さんが帰ってきた」
「からかうんじゃない。慣れない仕事で疲れているんだ」
支部長になったばかりの弘樹は、苦労しているらしい。
一緒に食事をして、また部屋に戻った天音は、資料を調べ始める。
「これは?」
その資料の中に気になる部分を発見した。それは知られている三つの付与を同時に行うというものだった。
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