第573話 『不動明王の指輪』と金剛棒

「ん? ソルジャーコングは、そこまで強い魔物じゃないでしょ」

「いや、強いだろう」

「そうかな?」

「待て待て、母里はE級かD級の冒険者なんだろ?」


 天音が中級ダンジョンを探索しようとしているので、伊狩はそう思ったようだ。

「いいえ、C級よ」

「嘘だろ!」

 天音がC級だと言うと、伊狩は信じられないという顔をする。天音は口を尖らせて伊狩を睨む。


「失礼ね。嘘でC級なんて言う訳ないでしょ」

「でも、母里の才能は、付与魔法だったんじゃなかったか?」

「付与魔法だけじゃなくて、生活魔法の才能もあったのよ。それより、伊狩君のランクはD級なの?」

 伊狩が一瞬だけ悔しそうな顔をしてから頷いた。


「そうだ。これでも苦労したんだぞ」

 伊狩は攻撃魔法使いだという。魔法学院を出ていないので、全部自己流で魔法と戦い方を覚えたらしい。相当苦労したのだろう。


「冒険者は苦労した分だけ報われるから、頑張ってね」

 そう言ってダンジョンに入ろうとした天音を、伊狩が呼び止めた。

「待ってくれ。途中まで一緒に行っていいか?」

「いいけど、付いて来れなかったら、置いて行くからね」


 天音と伊狩はダンジョンに入り、まず十層を目指した。五層の山岳エリアへ来た時、マウントウルフの群れと遭遇する。


「二十匹くらいは居そうだぞ。まずいんじゃないか?」

「これくらいなら大丈夫よ。数が多くても、相手はマウントウルフよ」

 天音は三重起動の『バーストショットガン』を発動し、三十本の小型爆轟パイルをマウントウルフの群れに向けてばら撒いた。


 群れの中に小型爆轟パイルが弾着し、爆発が起こり六匹ほどのマウントウルフを吹き飛ばす。その直後に伊狩が『バレット』でマウントウルフを仕留めると、生き残っている十三匹のマウントウルフが走り出した。


 天音は低い姿勢になると五重起動の『ハイブレード』を発動し、D粒子で形成された巨大な刃を横に薙ぎ払う。


 その斬撃で四匹のマウントウルフが切り裂かれた。生き残ったマウントウルフが、危険を感じて跳び下がった。それを見た天音は、衝撃吸収服のフードを被りスイッチを入れる。そして、『不動明王の指輪』に魔力を流し込んで筋力を三倍に上げた。


 深呼吸した天音が、先端部分がドリル刃のようになっている金属製六角柱の金剛棒を取り出して構えると、その目が少し吊り上がり鋭いものになる。


 金剛棒は魔導武器であり、その機能は重さを変化させる事である。元々は二キロほどの重さなのだが、百グラムから五キロほどまで重さを変化させる事ができるのだ。


 一番軽くした金剛棒を先頭のマウントウルフの頭に振り下ろす。命中する一瞬前に、金剛棒の重さが五キロに変化する。そのままマウントウルフの頭に打ち付けると頭蓋骨が砕けた。


 次に襲い掛かってきたマウントウルフの体当たりを、滑るようなステップで躱しマウントウルフの背中に金剛棒を叩き付ける。ボギッという音が響きマウントウルフが地面に横たわり消える。


 次々に襲い掛かるマウントウルフを、天音は金剛棒で殴り倒す。グリムから『疾風の舞い』も習っているので、その動きには無駄がない。流れるような動きでマウントウルフを撲殺する。


 伊狩は息が止まりそうになるほど驚いていた。

「生活魔法使いじゃなかったのかよ。……これがC級の実力……当分C級にはなれそうにないな」


 伊狩もマウントウルフを攻撃しようとしたのだが、目まぐるしく動き回る狼たちと天音の動きに付いて行けず、攻撃を断念した。


 ヒヤッとする瞬間もなく、天音はマウントウルフを全滅させた。天音が金剛棒で戦ったのは、最近になって練習を始めた金剛棒を使った戦い方を試したかったからだ。


 はたから見ると無謀な戦い方に見えたかもしれないが、衝撃吸収服を使い安全には十分に配慮している。


 戦いを終えた天音が、『マジックストーン』を使って魔石を回収する。一個だけは伊狩に渡した。

「ありがとう。しかし、母里は魔装魔法も使えるのか?」

「ああ、あれは魔導装備でパワーを上げているだけよ」


 天音はアリサが持っているような素早さと防御力を上げる魔導装備が欲しかったのだが、『不動明王の指輪』と金剛棒の組み合わせは絶妙にマッチしており、金剛棒の威力を十分に引き出す事ができる。


 戦いが終わった天音と伊狩は、少し休憩してから移動を再開した。

「相手がマウントウルフだったとは言え、あの戦い方は無謀じゃないのか?」

 伊狩が天音を心配して質問した。

「おっ、キザ夫が心配してくれるなんて、成長したのね」


「からかうなよ。苦労したって言っただろ」

 中学の頃の伊狩は、クラスメイトを見下したような態度とナルシスト的な行動を取っていたので、天音は近付かないようにしていた。だが、再会した伊狩は、普通の冒険者として成長したようだ。


 十層に到着すると伊狩が、天音に顔を向ける。

「C級というのは凄いんだな。僕も頑張るよ」

「誤解がないように言っておくけど、普段は生活魔法を使って戦っているのよ。今回は偶々金剛棒を使った戦い方を選んだけど、あれはちょっと試してみただけだから」


 伊狩が頷いて、ロックゴーレム狩りに向かった。伊狩と別れた天音は、十層の中ボス部屋へ行き中ボスが復活していない事を確認する。リポップしていても倒すだけなのだが、ちょっと疲れているので戦いたくなかった。


 天音は中ボス部屋から十一層へ下り、十五層へ向かう。十五層で野営する予定なのだ。途中で遭遇したオークソルジャーやアーマーボアなどを蹴散らし、十五層の草原エリアへ到達すると野営に適した場所を探して一泊する準備を始めた。


 今回は執事シャドウパペットのナデシコを連れて来なかったので、見張り番として影から小型犬型シャドウパペットの『ウィル』を出した。


 ウィルはダークファングの影魔石から魔導コアを作って、組み込んだシャドウパペットである。シャドウクレイは二十キロほどを使っているが、大きさは小型犬の範疇はんちゅうだ。


「ウィル、見張りをよろしくね」

「お任せください」

 ウィルはテントの周りを回り始めた。天音が寝て三時間ほどが経過した頃、この十五層に棲み着いているビッグシープが近付いてきた。


 ビッグシープは牛ほどの大きさがある羊だ。その大羊と小型犬の大きさしかないウィルが睨み合う。


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